第一章 読書週間の贈りもの(前編)
文化祭が終わって二週間。
校庭の木々は少しずつ色づき始め、朝夕の風には秋の深まりを感じるようになっていた。
登校してきた生徒たちは、制服の上からカーディガンやセーターを羽織り始めている。
春に出会い、夏を駆け抜け、文化祭という大きな思い出を作った遥と葵も、変わらない朝を迎えていた。
「おはよう、遥。」
教室へ入った遥を見つけ、窓際の席から葵が手を振る。
「おはよう、葵。」
柔らかな朝日が教室へ差し込み、二人の机を照らしていた。
「寒くなってきたね。」
「うん。」
遥は窓の外を見ながら小さくうなずく。
「もうすぐ冬だね。」
葵は笑顔で言った。
「その前に読書週間!」
「あっ。」
遥も思い出したように微笑む。
「今日からだった。」
「文芸部、大忙しだよ。」
◇
昼休み。
文芸部の部室では、美咲が一枚のポスターを壁へ貼っていた。
大きく書かれた文字。
『秋の読書週間 本と出会う七日間』
「今年は図書委員会と合同で展示をすることになったの。」
美咲が説明する。
「おすすめの本を紹介したり、本にまつわる思い出を書いてもらったり。」
「楽しそう。」
葵が目を輝かせる。
「準備、手伝います。」
遥も静かにうなずいた。
「お願いします。」
部員たちはそれぞれ役割を決め、展示の準備を始める。
秋らしい落ち着いた空気が部室を包んでいた。
◇
放課後。
図書室では、展示用の本を選ぶ作業が行われていた。
本棚の間を歩きながら、葵が何気なく一冊の文庫本を手に取る。
「この本、面白そう。」
表紙を開くと、一枚の古い栞がはらりと床へ落ちた。
「ん?」
拾い上げると、手作りの押し葉栞だった。
赤く色づいたもみじの葉が丁寧に挟まれている。
「きれい。」
葵は感心したようにつぶやく。
遥も栞を見つめる。
「ずいぶん古そう。」
裏返すと、小さな字で一言だけ書かれていた。
『この本に、もう一度会えますように。』
二人は顔を見合わせる。
「どういう意味だろう。」
葵が首をかしげる。
「忘れ物かな。」
「……。」
遥はしばらく栞を見つめていた。
「もしかしたら。」
「誰かにとって、大切な栞だったのかもしれない。」
◇
その時、図書室の司書が近づいてきた。
「どうしました?」
遥は栞を見せる。
「この栞、本に挟まっていました。」
司書は驚いたように目を丸くした。
「それ……。」
「見覚えがあります。」
「本当ですか?」
「ええ。」
司書は懐かしそうに微笑んだ。
「十年以上前、この学校を卒業した生徒さんが作った栞だったと思います。」
「そんなに前?」
葵が驚く。
「はい。」
「でも、どうしてこの本に入っているのかは分からないんです。」
遥は栞をそっと見つめる。
色あせてもなお、美しく残る一枚のもみじ。
そこには誰かの大切な思い出が宿っているように感じられた。
◇
帰り道。
校門を出ると、冷たい風が木々を揺らし、一枚の紅葉が二人の前へ舞い降りた。
葵がそれを拾い上げる。
「今日見つけた栞と同じ色だね。」
「うん。」
遥は小さく微笑む。
「きっと、偶然じゃない。」
「そう思う?」
「うん。」
「誰かの思い出は、どこかで誰かにつながっている気がする。」
葵は遥の横顔を見て笑った。
「そういうところ。」
「やっぱり遥らしい。」
遥は少し照れたように笑う。
二人は夕暮れに染まる並木道を歩いていく。
足元には赤や黄色の落ち葉が広がり、秋は少しずつ冬へと近づいていた。
まだ誰も知らない。
一枚の栞との出会いが、文芸部に伝わる小さな約束を再び動かし始めることを。
(第一章・中編へ続く)




