第四章 春を待つ教室(中編)
三学期が始まって数日。
冬の朝は相変わらず冷え込んでいたが、教室には休み時間になるたびに笑い声が響いていた。
窓際の席で本を読んでいた遥のもとへ、葵が勢いよくやって来る。
「遥、お昼食べよ!」
昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴ったばかりだ。
遥は本にしおりを挟み、小さく頷く。
「うん。」
二人はいつものように机を向かい合わせ、お弁当を広げた。
「今日は卵焼き入ってる!」
嬉しそうに声を弾ませる葵。
「お母さんが作ってくれたの?」
「うん。でも一つ焦がしたって言ってた。」
「おいしそう。」
「一個食べる?」
葵が箸で卵焼きを持ち上げる。
遥は少し迷ったあと、小さく頷いた。
「……ありがとう。」
受け取った卵焼きを口に運ぶ。
「どう?」
「甘くて、おいしい。」
「よかった!」
そのやり取りを見ていたクラスメイトが笑う。
「二人とも本当に仲いいよね。」
「いつも一緒だもん。」
遥は少しだけ照れたように視線を落とした。
一方の葵は、いつもの笑顔で答える。
「一緒にいると楽しいからね。」
その言葉に、遥も小さく笑みを浮かべた。
◇
放課後。
文芸部の部室では、それぞれが今年最初の作品づくりに取り組んでいた。
静かな空気の中、ページをめくる音だけが聞こえる。
部長がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、図書委員の先生が面白い話をしてたよ。」
部員たちが顔を上げる。
「面白い話ですか?」
白石結菜が首をかしげる。
「旧校舎の資料室にね、誰もいないはずなのに、本をめくる音が聞こえる日があるんだって。」
「えぇ?」
何人かの部員が顔を見合わせる。
「風じゃないんですか?」
「そう思うでしょ? でも先生も何度か聞いたらしい。」
「ちょっと怖いですね……。」
白石が肩をすくめる。
葵は興味津々といった様子で身を乗り出した。
「遥、気にならない?」
遥は少し考えてから答える。
「……少しだけ。」
「よし、放課後に見に行こう!」
「今日はだめ。」
「え?」
「部活が終わる頃には暗いから。」
冷静な返事に、部室から笑いが起こる。
「確かに。」
「神原先輩らしいですね。」
白石もくすりと笑った。
葵は頬を膨らませる。
「じゃあ明るいうちならいい?」
遥は少しだけ考え、
「……先生に許可をもらってから。」
と答えた。
「それなら決まり!」
葵は満足そうに頷く。
◇
部活が終わると、二人はいつもの帰り道を歩いていた。
冬の夕焼けが校舎の窓を赤く染めている。
「今日は楽しかったね。」
「うん。」
「でも、あの話気になるなあ。」
「資料室?」
「うん。本当に音がするのかな。」
遥は空を見上げる。
冷たい風が頬をなで、白い息がゆっくりと消えていく。
「確かめれば分かる。」
「その言い方、もう事件が始まるみたい。」
葵が笑う。
遥も小さく笑みを返した。
「……そうかもしれない。」
そのときだった。
二人の後ろから、小走りの足音が聞こえる。
「上乃園先輩! 神原先輩!」
振り返ると、息を切らした白石結菜が駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
葵が尋ねる。
白石は肩で息をしながら、一冊の古びたノートを抱きしめていた。
「図書室の整理を手伝っていたら……これを見つけたんです。」
表紙には、色あせた文字で『文芸部活動記録』と書かれていた。
「古い文芸部の記録です。」
「それが?」
遥が静かに尋ねる。
白石は不安そうな表情でページを開いた。
「最後のページだけが、どうしても気になるんです。」
そこには、途中までしか書かれていない文章が残されていた。
――『春になったら、この続きを必ず……』
その先だけが、不自然に途切れていた。
冷たい風がページをふわりとめくる。
三人は、誰からともなく顔を見合わせた。
その未完成の一文が、新しい物語の始まりを告げているようだった。
(第四章 後編に続く)




