第四章 春を待つ教室(前編)
冬休み最後の日。
窓の外では木枯らしが庭先の木々を揺らし、灰色の空には淡い冬の日差しが差し込んでいた。
上乃園遥は、自室の机に向かい、最後の宿題に取り組んでいた。
数学は終わった。残るは英語の長文読解と現代文の感想文だけ。
「……あと少し。」
小さくつぶやいたそのとき、机の上のスマートフォンが震えた。
葵
『遥ー! 宿題終わった?』
遥は短く返す。
遥
『あと少し。』
すぐに返信が返ってくる。
葵
『えっ!? 私はまだ英語終わってないよ~!』
遥
『頑張って。』
葵
『応援だけ!?』
遥は思わず笑みを浮かべる。
遥
『分からないところがあったら教えるよ。』
葵
『ほんと!? じゃあビデオ通話しよう!』
通話をつなぐと、画面いっぱいに困り顔の葵が映った。
「遥、助けて~。」
「どこが分からないの?」
「ここ!」
英語の長文を見ながら、遥はゆっくり説明を始める。
「この文は関係代名詞だから……。」
「あっ、そういうことか!」
「前の名詞を説明してるんだよ。」
「なるほど! 遥って本当に教えるの上手!」
「そんなことないよ。」
「あるよ。先生より分かりやすい。」
照れたように目を伏せる遥を見て、葵は楽しそうに笑った。
その後は二人とも静かに宿題を進める。
互いに何も話さない時間が続いても、不思議と気まずさはなかった。
同じ時間を共有しているだけで心地よかった。
夕方。
「終わったー!」
葵が両手を高く上げる。
「全部終わった!」
遥も最後の感想文を書き終え、小さく頷いた。
「私も終わった。」
「これで安心して三学期だね。」
「うん。」
少しだけ沈黙が流れる。
「冬休み、終わっちゃうね。」
葵が寂しそうに笑う。
「そうだね。」
「でも……。」
葵はいつもの笑顔に戻る。
「明日から、また毎日会える。」
遥も自然と微笑んだ。
「……うん。」
その一言だけで、お互いの気持ちは十分に伝わっていた。
◇
翌朝。
三学期始業式。
冷たい空気の中、遥が校門へ向かって歩いていると、後ろから元気な声が響く。
「遥ー!」
振り返ると、神原葵が大きく手を振っていた。
「おはよう。」
「おはよう!」
二人は自然に並んで歩き始める。
「宿題、ちゃんと終わったよ。」
「よかった。」
「遥のおかげ。」
そう言って笑う葵に、遥も小さく笑みを返した。
教室の扉を開くと、一気に賑やかな声が飛び交う。
「あけましておめでとう!」
「久しぶり!」
「冬休みどうだった?」
久しぶりに会うクラスメイトたちが思い思いに話している。
「エデンさん! 今年もよろしく!」
「こちらこそ。今年もよろしく。」
遥が穏やかに答えると、教室には自然と笑顔が広がった。
始業式では校長先生が新年の挨拶を述べ、新しい学期への期待を語る。
三学期。
短いけれど、大切な季節が始まった。
◇
放課後。
文芸部の部室には暖かな空気が流れていた。
部員たちが新年最初の活動に集まり、部長が笑顔で言う。
「今日は作品づくりの前に、冬休みの思い出を話そう!」
その時、部室のドアが開いた。
一年生の白石結菜が、少し緊張した様子で部室へ入ってくる。
遥の姿を見つけると、丁寧に頭を下げた。
「上乃園先輩、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
遥も優しく会釈する。
「こちらこそ。今年もよろしくね、白石さん。」
「はい!」
白石は嬉しそうに笑って席へ向かった。
部員たちは順番に冬休みの出来事を話し始める。
「初詣に行きました!」
「初売りで福袋を買いました!」
「お餅を食べ過ぎちゃって……。」
笑い声が部室に響く。
「上乃園先輩と神原先輩はどうだったんですか?」
白石に尋ねられると、葵が笑顔で答えた。
「私たちも初詣に行ったよ。」
「遥がおみくじで大吉を引いたんだ。」
「神原先輩は?」
白石が興味津々に尋ねる。
「私は吉!」
「来年こそ大吉を引くんだから!」
部室に笑いが起こる。
「そのあと初売りにも行ったよね。」
「うん。」
「遥、服を選ぶのすごく真剣だった。」
「……葵が見て回りすぎ。」
「だって楽しかったんだもん。」
二人のやり取りに、部員たちも自然と笑顔になった。
穏やかな時間が流れ、新年最初の部活動は和やかな雰囲気のまま終わった。
外へ出ると、冬の夕空が校舎を淡い茜色に染めている。
白い息を吐きながら、遥と葵は並んで歩き始めた。
葵がふと笑う。
「また毎日、一緒に帰れるね。」
遥はその言葉に静かに頷き、優しく微笑む。
「……うん。」
それだけで十分だった。
二人は肩を並べ、春を待つ教室から、いつもの帰り道へと歩き出した。
(第四章中編に続く)




