第三章 雪降る神社の落とし物(後編)
境内には静かに雪が降り続いていた。
巫女は奉納箱をそっと抱え、何度も遥と葵へ頭を下げる。
「本当にありがとうございました。」
「お二人がいてくださらなければ、もっと大きな騒ぎになっていたかもしれません。」
神職も穏やかな笑みを浮かべる。
「新年早々、皆さまの願いが書かれた絵馬を探すことになり、不安でした。」
「ですが、無事に見つかって本当に安心しました。」
遥は静かに首を横に振る。
「私たちは少しお手伝いしただけです。」
「本当のきっかけは、運んでくださった方の優しさでした。」
青年は申し訳なさそうに笑う。
「勝手なことをしてしまったと思っていたので……。」
「そう言っていただけて安心しました。」
葵も笑顔で続ける。
「今度からは神社の人に声を掛ければ大丈夫ですよ。」
「はい。」
青年は深く一礼した。
「気を付けます。」
◇
巫女は授与所へ戻ると、小さな袋を二つ持ってきた。
「ほんのお礼です。」
「どうか受け取ってください。」
「そんな。」
遥が遠慮すると、神職が優しく笑う。
「人とのご縁も、新年のご利益です。」
「どうか遠慮なさらず。」
二人は顔を見合わせ、小さくうなずいた。
「ありがとうございます。」
袋の中には、小さな干支の根付と、神社特製のしおりが入っていた。
木で作られた温かみのあるしおりには、小さくこう書かれている。
『人とのご縁を大切に』
遥はその言葉を静かに見つめた。
「素敵ですね。」
「はい。」
巫女は微笑む。
「毎年、宮司が言葉を選んでいるんです。」
「今年は、この言葉になりました。」
葵は根付を手のひらに乗せて嬉しそうに笑った。
「大事にします。」
◇
神社をあとにすると、空は少し明るくなっていた。
「一件落着だね。」
葵が大きく伸びをする。
「うん。」
遥も安心したように笑う。
「初詣で事件に巻き込まれるとは思わなかった。」
「でも。」
葵はいたずらっぽく笑う。
「今年も遥と一緒なら、何があっても楽しそう。」
遥は少し照れながら答える。
「それは……。」
「私も同じ。」
その言葉に、葵は嬉しそうに笑った。
◇
「よし!」
葵が勢いよく歩き出す。
「気持ちを切り替えて!」
「次は初売り!」
「楽しみにしてたんだから!」
二人は駅前のショッピングモールへ向かった。
館内は新年の初売りで大勢の買い物客が行き交っている。
「あっ。」
葵が福袋売り場で足を止めた。
「雑貨屋さんの福袋!」
目を輝かせながら中身の見本を見る。
「かわいい……。」
「買うの?」
遥が尋ねる。
「迷う!」
「でも運試しだよね。」
少し悩んだ末、葵は思い切って一つ手に取った。
「決めた!」
「新年最初の挑戦!」
◇
一方、遥は書店へ足を運んでいた。
「今年も新刊がたくさん出るね。」
「遥は本当に本が好きだね。」
葵が笑う。
「うん。」
「今年もたくさん読みたい。」
「じゃあ。」
葵は本棚を見渡した。
「読み終わったら貸してね。」
「もちろん。」
「葵のおすすめも教えて。」
「任せて!」
二人は新刊コーナーでしばらく話し込み、それぞれ気になった本を手に取った。
◇
買い物を終えたあと、二人はモールのカフェへ入った。
窓際の席からは、雪が降る街並みが見える。
ホットココアとホットミルクティーが運ばれてきた。
「今日は盛りだくさんだったね。」
葵がカップを両手で包む。
「初詣。」
「事件。」
「初売り。」
「全部一日で終わっちゃった。」
遥も笑った。
「充実してたね。」
「うん。」
葵は少し照れながら続ける。
「今年最初の日も。」
「遥と一緒でよかった。」
遥はまっすぐ葵を見つめる。
「私も。」
「今年も、たくさん思い出を作ろう。」
「約束。」
「約束。」
二人は笑顔で小さく拳を合わせた。
◇
夕方。
雪はすっかりやみ、冬空には淡い夕焼けが広がっていた。
駅までの帰り道。
人通りも少なくなり、二人はゆっくり歩く。
「そういえば。」
葵が思い出したように言う。
「来年は着物で初詣って約束したよね。」
「うん。」
遥は笑顔でうなずく。
「今度はちゃんと歩く練習をしておく。」
「ふふっ。」
「私も着付けを覚えなきゃ。」
二人は顔を見合わせて笑う。
今日交わした約束も、クリスマスに交わした約束も、少しずつ増えていく。
その一つひとつが、二人だけの大切な思い出になっていくのだろう。
遥は冬の澄んだ空を見上げた。
春まであと少し。
高校二年生として過ごす時間も、少しずつ残り少なくなっていく。
だからこそ――。
一日一日を大切に過ごしたい。
隣には、いつものように葵がいる。
そのことが、何よりも心強かった。
新しい一年は、まだ始まったばかり。
きっと今年も、笑ったり、悩んだり、誰かを助けたりしながら、二人はまた新しい季節を歩いていく。
そんな予感を胸に、遥と葵は肩を並べて夕暮れの帰り道を歩き続けた。
――第三章 雪降る神社の落とし物 完――




