第三章 雪降る神社の落とし物(中編③)
白い雪が、ゆっくりと境内へ舞い始める。
遥と葵は、先ほど聞こえた女の子の言葉を思い返していた。
「『帽子をかぶった人が大きな箱を運んでた』……。」
葵が腕を組む。
「神社の人だったのかな。」
遥は少し考え込み、静かに答えた。
「まだ分からない。」
「でも、その人を見つけられたら、何か分かるかもしれない。」
「うん。」
二人は女の子のもとへ向かった。
◇
「こんにちは。」
遥が優しく声を掛けると、女の子は少し恥ずかしそうに母親の後ろへ隠れた。
母親はにこやかに会釈をする。
「どうかしましたか?」
「先ほど、お嬢さんが大きな箱を運んでいる人を見たと話していたので……。」
遥が事情を説明すると、母親は娘へ目を向けた。
「教えてあげられる?」
女の子は小さくうなずいた。
「あのね。」
「黒い帽子のおじさん。」
「おっきい箱を持って歩いてた。」
「神社の服を着てた?」
葵がしゃがみ込みながら尋ねる。
女の子は首を横に振る。
「ううん。」
「普通のお洋服。」
遥は続けて尋ねる。
「どっちへ歩いて行ったか覚えてる?」
女の子は本殿の横を指差した。
「あっち!」
「ありがとう。」
遥は優しく微笑んだ。
「教えてくれて助かったよ。」
女の子は照れくさそうに笑った。
◇
「神社の人じゃなかったんだ。」
歩きながら葵がつぶやく。
「でも。」
「盗むには目立ちすぎるよね。」
「うん。」
遥も同じ考えだった。
「だから。」
「きっと理由がある。」
二人は本殿の横へ向かう。
そこは参拝客が少なく、静かな空間だった。
雪が石畳をうっすら白く染め始めている。
「遥。」
葵が地面を指差した。
「これ。」
石畳の上には細い筋のような跡が続いている。
木箱を引きずったようにも見えた。
遥はしゃがみ込み、雪の積もっていない部分を見つめる。
「ここだけ跡が新しい。」
「さっき付いたものだね。」
「追ってみよう。」
二人はその跡をたどって歩き出した。
◇
跡は本殿の裏手へ続いていた。
さらに進むと、小さな休憩所の前で途切れる。
「なくなった……。」
葵が周囲を見回す。
その時だった。
「失礼。」
後ろから年配の男性が声を掛けてきた。
黒いニット帽をかぶり、大きなほうきを持っている。
境内の掃除をしているようだった。
「あの。」
遥が一礼する。
「少しお聞きしてもいいですか。」
「はい?」
「この辺りで木箱を運んでいる人を見ませんでしたか?」
男性は少し考えてから答えた。
「ああ。」
「見たよ。」
「若い男の人だった。」
「帽子をかぶっていてね。」
「木箱を抱えて、あっちへ歩いて行った。」
男性が指差した先は、本殿裏の保管庫だった。
「保管庫……?」
葵が目を丸くする。
「そこって。」
「奉納箱を運ぶ場所ですよね。」
「そう。」
遥は静かにうなずく。
「行こう。」
◇
二人が保管庫へ向かうと、扉は少しだけ開いていた。
中には木箱がいくつも並んでいる。
「失礼します。」
遥が声を掛けながら中へ入る。
「……あ。」
葵が思わず声を上げた。
部屋の隅に、探していた奉納箱が置かれていた。
「見つかった!」
しかし、その隣には、一人の青年が立っていた。
二十代くらいの穏やかな表情の男性で、黒いニット帽をかぶっている。
「あっ……。」
男性は驚いたように振り返った。
「すみません!」
「勝手に運んでしまいました!」
◇
そこへ巫女と神職も駆け付ける。
「見つかったんですね!」
巫女は安心したように胸へ手を当てた。
青年は何度も頭を下げる。
「申し訳ありません。」
「参拝客が箱につまずきそうになっているのを見て……。」
「危ないと思って。」
「神社の方を探したんですが見当たらなくて。」
「保管庫ならここだと思い、自分で運んでしまいました。」
神職は少し驚いた表情を浮かべたあと、穏やかに笑った。
「そういうことでしたか。」
「善意だったのですね。」
「はい……。」
「勝手なことをしてしまって、本当に申し訳ありません。」
◇
遥は静かに微笑んだ。
「箱は無事でした。」
「絵馬もそのままです。」
葵もうなずく。
「ちゃんと理由があって運んだだけだったんですね。」
巫女はほっと息をついた。
「本当によかった……。」
青年も安心したように笑顔を見せた。
「騒ぎになってしまってすみません。」
神職は優しく首を横に振る。
「人の願いを大切に思ってくださったからこその行動です。」
「次からは、一声掛けていただければ十分ですよ。」
「はい。」
青年は深く頭を下げた。
◇
その様子を見守っていた葵が、小さく遥へ話しかける。
「やっぱり。」
「遥の言うとおりだったね。」
「盗まれたんじゃなかった。」
遥は雪の降る境内を見つめながら微笑む。
「うん。」
「理由を知ることができて、よかった。」
その時、白い雪が奉納箱の上へ静かに舞い降りた。
新しい一年最初の出来事は、誰も傷つくことなく、優しい笑顔とともに幕を閉じようとしていた。
(第三章 後編へ続く)




