第三章 雪降る神社の落とし物(中編②)
「すみません!」
「どなたか……!」
「手伝ってください!」
境内に響いた切羽詰まった声に、遥と葵は同時に振り返った。
一人の巫女が参道を見回しながら、参拝客へ何度も頭を下げている。
近くには年配の神職もいたが、その表情にも焦りが浮かんでいた。
「どうしたんだろう。」
葵が心配そうにつぶやく。
遥は巫女の様子を静かに見つめ、小さくうなずいた。
「……困っているみたい。」
「行ってみよう。」
「うん。」
二人は参拝客の間をすり抜け、巫女のもとへ歩み寄った。
◇
「すみません。」
遥が穏やかに声を掛ける。
巫女は驚いたように振り返った。
「あ……。」
「参拝中なのに申し訳ありません。」
少し息を整えながら頭を下げる。
「何かあったんですか?」
遥が優しく尋ねると、巫女は言葉を探すように視線を落とした。
その横で神職が口を開く。
「話しても大丈夫ですよ。」
「もしかすると、お二人に相談した方が早いかもしれません。」
巫女は小さくうなずいた。
「ありがとうございます。」
「実は……。」
「神社でお預かりしている奉納箱が、一つ見当たらなくなってしまったんです。」
「奉納箱……?」
葵が首をかしげる。
「はい。」
巫女は境内の奥にある絵馬掛けを指差した。
「皆さまが奉納された絵馬は、一定の枚数が集まるごとに木箱へ納め、本殿裏の保管庫へ運んでいます。」
「その木箱が、一つだけなくなってしまって……。」
◇
遥は慌てず、一つずつ質問する。
「最後に確認したのは、いつですか?」
「十五分ほど前です。」
「午前中の参拝が落ち着いたので、運ぼうと思って確認したら……。」
「箱だけがありませんでした。」
「中には何が入っていますか?」
「今日奉納された絵馬です。」
「それぞれの願いが書かれています。」
巫女は申し訳なさそうに続ける。
「お金や貴重品ではありません。」
「でも、一枚一枚が参拝された方の大切な願いなんです。」
その言葉を聞き、遥は静かにうなずいた。
「分かりました。」
◇
神職も二人へ深く頭を下げた。
「本来なら私たちだけで探すべきなのですが……。」
「元日で境内も混雑していて、人手が足りません。」
「警察へ連絡する前に、境内に残っていないか確認したいのです。」
葵は遥を見る。
遥も同じ気持ちだった。
「私たちも探します。」
その一言に、巫女の表情が少し和らいだ。
「ありがとうございます。」
「本当に助かります。」
◇
まず二人は、奉納箱が置かれていた場所へ案内してもらった。
絵馬掛けの横。
人目につきやすい場所だった。
「ここです。」
巫女が指差す。
「今日は参拝客が多かったので、箱がいっぱいになったまでは確認していました。」
「でも運ぼうと思った時には……。」
そこには四角い木箱の跡だけが残っていた。
遥はしゃがみ込み、石畳をじっと見つめる。
「遥?」
葵も隣へしゃがむ。
「何かある?」
「まだ分からない。」
遥は石畳を指先でなぞった。
「でも……。」
「箱を持ち上げた跡じゃない。」
「え?」
「少し引きずったような跡がある。」
葵も目を凝らす。
「本当だ。」
石畳には細く白い擦れ跡が残っていた。
人混みで見えにくくなっていたが、よく見ると数メートル先まで続いている。
「木箱って重いんですよね?」
葵が巫女へ尋ねる。
「はい。」
「絵馬が入ると五キロくらいあります。」
「じゃあ。」
葵は腕を組む。
「抱えて運ぶより、少し引いた方が楽だったのかも。」
遥もうなずいた。
「でも。」
「人が多い時間に箱を引きずっていたら、誰かが気付くはず。」
「つまり……。」
葵が続ける。
「盗もうとしたとは考えにくい?」
「うん。」
遥は静かに答える。
「私はまだ。」
「境内のどこかへ移動しただけじゃないかと思ってる。」
◇
その時、小さな女の子が母親と一緒に二人のそばを通り過ぎた。
「お母さん。」
「さっきお兄ちゃんが大きな箱を運んでたよ。」
母親は笑いながら答える。
「あれは神社の人じゃない?」
「うん。」
「帽子をかぶってた。」
その何気ない会話に、遥と葵は同時に顔を見合わせた。
「今の……。」
葵が小さくつぶやく。
「聞こえた。」
遥は静かに立ち上がる。
「『帽子をかぶった人』。」
「神社の人だったのか。」
「それとも別の人だったのか。」
新しい手掛かりが、静かに姿を現そうとしていた。
その頃、空からは今年最初の雪が、ゆっくりと舞い始めていた。
(第三章 中編③へ続く)




