第三章 雪降る神社の落とし物(中編①)
「あけましておめでとう!」
葵の明るい声に、駅前を歩く人たちも思わず振り返る。
遥は少し照れたように笑った。
「あけましておめでとう、葵。」
「今年もよろしくね。」
「もちろん!」
葵は嬉しそうにうなずく。
「今年もいっぱい思い出作ろう!」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
新しい一年が始まったことを実感する、穏やかな時間だった。
◇
神社へ向かう道には、初詣へ向かう人々が絶え間なく歩いている。
晴れた冬空は澄み切っていて、吐く息は白かった。
「そういえばさ。」
葵が歩きながら切り出す。
「今日、着物着ようか最後まで迷ったんだ。」
「本当?」
「うん。」
葵は照れ笑いを浮かべる。
「おばあちゃんが振袖を貸してくれるって言ってくれて。」
「でも初売りも行くし、いっぱい歩くでしょ?」
「だから今回はやめちゃった。」
遥も少し恥ずかしそうに笑う。
「私も同じ。」
「お母さんに勧められたけど、歩き慣れてないから。」
「転びそうで。」
その一言に、葵は思わず吹き出した。
「ふふっ。」
「それ、遥らしい!」
遥もつられて笑う。
「そうかな。」
「うん。」
「そういう慎重なところも遥らしい。」
少し歩いたところで、葵は前を向いたまま小さく言った。
「じゃあさ。」
「来年は一緒に着物で初詣に来ようよ。」
遥は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに優しく微笑んだ。
「うん。」
「その時までに歩く練習をしておく。」
「約束?」
葵が小指を差し出す。
遥も自然に小指を重ねた。
「約束。」
二人は笑顔で指切りを交わした。
クリスマスに続いて、新しい約束がまた一つ増えた。
◇
やがて大きな鳥居が見えてくる。
「着いた!」
葵が嬉しそうに声を上げる。
境内は多くの参拝客でにぎわっていた。
参道には露店ではなく、神社が設けた甘酒の振る舞い所や縁起物の授与所が並び、お守りや破魔矢を求める人々が列を作っている。
どこからか鈴の音が聞こえ、新年らしい厳かな空気が漂っていた。
「すごい人だね。」
「うん。」
遥は辺りを見渡しながらうなずく。
「はぐれないようにしよう。」
「了解。」
二人はゆっくりと参道を歩き、本殿の列へ並んだ。
◇
二十分ほど並び、ようやく順番が回ってくる。
遥と葵は一緒に賽銭を入れ、鈴を鳴らした。
深く一礼し、それぞれ静かに手を合わせる。
(今年も、みんなが笑顔で過ごせますように。)
遥はそう願った。
隣では葵も真剣な表情で目を閉じている。
参拝を終えると、二人は自然と顔を見合わせた。
「何お願いしたの?」
葵が笑う。
遥も少し笑みを浮かべた。
「秘密。」
「えー!」
「教えてよ。」
「願い事は言わない方が叶う気がするから。」
「そういうもの?」
「たぶん。」
葵は肩をすくめて笑った。
「じゃあ私も秘密。」
「おそろいだね。」
「うん。」
二人はくすっと笑い合った。
◇
その後、おみくじを引く。
「せーの!」
二人同時に開く。
「あ。」
葵が目を輝かせた。
「大吉!」
「やった!」
思わず飛び跳ねる。
遥も自分のおみくじを開いた。
「吉。」
「いい一年になりそう。」
葵は遥のおみくじをのぞき込む。
「ほら!」
「学業も友情も良いって書いてある!」
「本当だ。」
遥も安心したように微笑んだ。
「葵は?」
葵は嬉しそうに読み上げる。
「『努力は実を結ぶ』だって!」
「テスト頑張ったからかな。」
「きっとそうだね。」
遥も笑顔になった。
◇
おみくじを結び終えると、今度は授与所へ向かう。
「今年のお守り、どうする?」
葵が棚を眺める。
「私は学業守かな。」
「私は交通安全も。」
遥は真剣に選び始めた。
「葵、よく自転車に乗るから。」
葵は少し驚いて遥を見る。
「私のことまで考えてくれてたの?」
「安全第一だから。」
その一言に、葵は照れくさそうに笑った。
「ありがとう。」
お守りを受け取った二人は、境内の一角にある甘酒の振る舞い所へ向かった。
湯気の立つ紙コップを受け取り、冷えた手を温める。
「おいしい。」
葵がほっと息をつく。
「体があったまる。」
「うん。」
遥も静かにうなずく。
新しい一年の始まりを感じる、穏やかなひとときだった。
甘酒を飲み終えた葵が時計を見る。
「まだ時間あるね。」
「このあと初売り行こう!」
「楽しみにしてたんだ。」
遥が笑顔でうなずいた、その瞬間だった。
「すみません!」
境内の奥から、切羽詰まった声が響いた。
「どなたか……!」
「手伝ってください!」
一人の巫女が、息を切らしながらこちらへ駆けてくる。
その表情は、楽しい新年の空気とは対照的に青ざめていた。
遥と葵は思わず顔を見合わせる。
新しい一年最初の出来事は、静かに二人を”謎”へと導こうとしていた。
(第三章 中編②へ続く)




