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【過去話の密度調整中】ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第三章 王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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14.前日 1


 執務棟へのお使いの帰り道、回廊の先でダレルを見つけた。


 目が合った瞬間にふっと、ダレルの緑の瞳が細められる。ハリエットもほんのりと口角を上げて視線を和らげた。そのまま声を掛けることもなく、ほんの少しだけ後ろ髪を引かれるようにお互いを目で追いながらすれ違う。そうしてハリエットはすぐに前へ向き直ると、何事も無かったように王妃宮へと戻っていく。


 この二日間、ハリエットとダレルはこんな風に、すれ違えばそれとなく視線を合わせ、小さく微笑み合い、視察先から恋文を送り合っても疑われぬようささやかな『関り』を演出した。

 今までそんな素振りも無かったのに何を今更、という気がしないでもないが何もしないよりは良い。むしろ、思いが通じ合って直後の視察でお互いが気になって仕方がない…そう思ってもらえれば都合が良いとすらハリエットは思っている。


 とはいえ、ハリエットに許された時間はたったの二日。その上、セシリアが国王陛下を公務以外では避けている状態だ。ありがたいことにハリエットもダレルもお互いの主人からの信頼も厚くあまりお側から離れることが無い。当然ハリエットとダレルが顔を合わせる機会は中々作れず、残念ながら効果のほどは分からない。


「よろしいでしょう。これで最終確認は終了とします。視察へ同行する者は各自、今日は早めに休んで明日に備えるように。残る者たちは今夜はこのままセシリア様につくように」


 侍女長であるルイザが並べられた荷物たちを満足そうに眺めながら頷いた。明日の早朝に馬車へ積み込み、準備は終了となる。


「ハリエット」


 もう一度日程表を再度確認していると、ルイザが少し呆れた様子で腰に手をあてて首を傾げた。


「あ、はい、ルイザ様」

「そんなに仕事がしたいならこの書類をいつも通り経理に届けなさい。そのあとは部屋へ直帰すること。今日はもう部屋に戻って休みなさい。良いですね?」

「あ、はい、申し訳ありません。行ってまいります。皆様、お先に失礼いたします」

「あ、は要りませんよ」


 眉根をきゅっと寄せたルイザにハリエットがへらりと笑って軽くスカートを摘まみ膝を折ると、他の侍女たちも口々に「お疲れ様」と手を振り笑ってくれた。


「ハリエット」


 執務棟からの帰り道。既視感に声の下方へ顔を向ければ、そこにはまたダレルが立っていた。前回と同じ位置。たった二日前のことなのに不思議とずいぶん前に感じられるのは、この数日があまりにも濃かったせいだろう。


「お疲れ様です、ダレル」


 今はまだ公共の場だ。数匹の猫をかぶったままハリエットが微笑むと、ダレルも穏やかに微笑みハリエットの横に並んだ。


「明日からですね」


 ダレルがゆっくりと瞬くと、視線で王妃宮の方を指して頷いた。送ってくれるということだろう。ハリエットも頷き、促されるままにゆっくりと歩き出す。ダレルもまた、隣をハリエットに合わせてゆっくりと歩き出した。


「はい…準備だけですでに疲れました」


 ハリエットは視線だけで周囲を確認した。誰もいないことを確認し、ほんの数匹猫を剥がして拗ねたように肩を竦めると、ダレルがふっと、小さく声を上げて笑った。


「はは、自分の準備もありますし視察は関わる部署も人員も多いですからね。本当にお疲れ様です、ハリエット。明日からが本番ですが……どうか無理は、しないでくださいね」


 眉尻を下げ、心配そうにハリエットを見たダレルに、ハリエットは歩きながらも少しだけダレルを覗き込み、きゅっと口角を上げにっこりと笑って見せた。


「大丈夫です!丈夫なのだけが取り柄なので!!寝たらすぐ回復します!!」


 ハリエットがぐっとこぶしを握って見せるとダレルが「頼もしいですね」ととても優しい目で笑った。

 細められ、夕暮れの時の強い日差しを受けてなお柔らかな光をたたえる緑の瞳を、ハリエットは好ましいと思う。穏やかで目立ちはしない…けれど不思議な安心感があるのだ。


「ハリエット?」


 大きな木、みたいだわ…とぼんやりとその笑顔を見つめていたハリエットは、不思議そうにダレルに呼ばれて我に返った。

 うっかりとまた淑女の仮面が剥がれそうになったが、そこは執務棟ということもあり、しっかり猫が頑張り、ハリエットは「いいえ」と何とか淡く微笑むことに成功した。


「ダレルも忙しそうですね。やはり…アレでしょうか?」

「そうですね、ポール卿とアンソニーの王命での婚姻による余波の鎮静化もありますが…そこはいつもライオネル殿下がご助力くださいますから」

「今回も王弟殿下がうまく立ち回って国王陛下への風当たりはだいぶ弱まったと聞いています。その分、王弟殿下の悪評がまたも増えたようですが……いつものこと、でしょうか」

「いつものこと、とは言いたくありませんが今回も当たり前のようにライオネル殿下が全てを被られましたね。本当に…国王執務室と宰相室の面々は正直なところライオネル殿下に頭が上がらないのですよ」


 首をひとつ緩く横に振ると、ダレルが苦く微笑んだ。


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