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【過去話の密度調整中】ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第三章 王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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13.三日前 13


 ダレルは胃のあたりで両手を組み、今にも泣いてしまうのではないかと思うような顔でハリエットをじっと見つめている。あまりにも真摯な眼差しにどうにも居心地が悪い。


 ハリエットも王妃セシリアの専属侍女ということで常に忙しくはあるが、日々心は平穏であり、むしろ幸せだ。被らねばならない猫の数は途方もなく多いが、少なくとも胃痛の心配をしたことは一度もない。


 必死の形相で自分を見つめるダレルを見て、この王宮で王族に関わる者たちの中でセシリア付きが最も恵まれているのかもしれないと、ハリエットは改めて再認識した。


「ストークス様も胃痛が…?」

「え?何ですか?」

「いいえ。つまり、恋文の体をしたセシリア様についての報告書を、ストークス様宛に送ればいいんですよね?」

「はい、そうです。大変申し訳ないのですが、可能であれば、その……定期報告に乗せて毎日……送っていただければ、と………」


 ダレルの語尾がどんどんと小さくなっていく。中々の重いお願いだと分かっているのだろう。

 セシリアはこの視察中予定がびっしりと詰まっており、同行する侍女は当然その準備に奔走しながら常に側に侍る。休憩時間さえ満足にとれるか危うい中で毎日手紙を書くというのは中々の難易度だ。


 ハリエットがつい難しい顔になっていると、ダレルは心から申し訳なさそうな顔で「どうか、お願いします」と胃の前で組んでいた両手を祈るように口元にあてた。


 今回の元凶である王弟付き秘書官アンソニーもよく似たような顔をして似たような仕草をする。ハリエットも何度かやられているが、必死さが全く違う。

 あちらはその仕草に毎度若干のうさん臭さを感じるハリエットではあるが、ダレルのこれはあまりにも切実で、ひたすらに気の毒にすら感じてしまう。


 必死に自分を見つめ続けるダレルの様子になぜだか段々とおかしくなってきて、ハリエットは「ふふ」と声に出して笑ってしまった。


「メイウェザー嬢?」

「申し訳ありません。何でも無いんです」


 捨てられた子犬を見るようだと、アンソニーの『お願い』に弱い同期が言っていた。ハリエットはアンソニーのお願いは素気無く断ることもあるが、不安そうにハリエットを見つめるダレルの瞳を見ていると、不思議とどうにかしてあげたくなってくる。

 なるほど、これは断りにくいかもしれないと、抑えていてもハリエットの口角が勝手に上がってしまう。


 ダレルに呼ばれた時から断れないだろうことは何となく分かってはいたのだ。それに、たとえどんな内容でも拒否をすれば更なる面倒ごとが発生し大切なセシリアの心を更に煩わせる未来しか想像できない、と。

 ハリエットは小さく息を吐くと、緩く口角を上げて頷いた。


「協力しないという選択肢は元々ありません、ストークス様。ですが、もう少し早く言ってほしかった、というのが本音です」

「はい…僕ももっと早く言ってくれと陛下に言いました」

「出立まであと三日。時間があればもっと作戦も練れましたが…協力者を募ろうにも、セシリア様にばれてはいけない時点で陛下の暴走癖をご相談できる方がすぐには思いつきません」

「思いつく限り、ほぼ全員が王妃殿下に告げるでしょうね……」

「私も告げたいですよ?」


 しょんぼりと肩を落としたダレルにハリエットは苦笑した。むしろハリエットこそセシリアに隠し事などしたくない。けれど、こんなことでセシリアの心を煩わせることはもっとしたくない。


「そうですね……私は恋文をやり取りして噂が立っても特に困るものでもありません」


 パッと、ダレルが顔を上げた。緑の瞳に何かを期待するような光が宿っている。また笑いが混み上げて来て、ハリエットは「仕方ないですね」とため息混じりに言うと腹を括った。


「分かりました、お引き受けします。真実味を持たせるためにも、残り数日ではありますが私のことは公式の場以外では恋人らしくハリエットと。私もダレルと、呼び捨てにさせていただきます」

「っ!」


 ぱあああ!っと音がしそうなほどにダレルの表情が晴れた。青白かった頬に赤味が戻り、不安に揺れていた緑の瞳が、潤んで雨上がりの木々のように煌めいた。


「ありがとうございます、ハリエット!!」


 ぱちりと開いた目元が朱を帯びて柔らかく緩められる。ダレルのあまりの変わりように苦笑しつつも、ハリエットはテーブル越しに手を差し伸べた。


「期待してます、ダレル。これ以上陛下が暴走しないように、これ以上王家の威信が揺らがないように……視察の十日間、頑張って乗り切りましょうね」

「よろしくお願いします、ハリエット!必ず陛下は僕たちで抑えて見せます!!」


 ダレルがぎゅっと、ハリエットの手を両手で包み込んだ。その熱さと大きさにハリエットは不思議な心地がしたが、よく分からずハリエットもまたもう片方の手を添えた。


 そうして、王妃付き侍女ハリエット・メイウェザー伯爵令嬢と国王付き侍従ダレル・ストークス侯爵令息は、がっちりと、両手で握手をして共闘を誓い合った。


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