14.三日目 ~ 三通目の恋文
蛙の妖精セシリアはセシリア色の蛙―――もといロイヤル・レオミンスター・ラナンキュラスをいたく気に入り、用意されていたセットのみならず細々としたものも同じラインで作ってくれるようフォード伯爵へ依頼していた。しばらくすればセシリアの部屋に愛らしい磁器の蛙が増えることだろう。
その日のハリエットの手紙は当然、蛙色となった。
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親愛なるダレル
今日の移動はよく整備された街道が続き、腰が痛くなることも無く順調にレオミンスターの町へ入りました。
視察前のお食事は郷土料理を出すレストランでいただきましたが、セシリア様はデザートをいたく気に入ったご様子でした。
酸味の強い青林檎を甘く煮て、その上にぽろぽろの小さな粒のクッキーのようなものをかけて焼いたお菓子でしたが、とても素朴で優しい味がしました。レシピをいただきましたのでぜひ王宮で再現できればと思います。
レオミンスターの工房では成型や絵付けを視察し、セシリア様へと新しい茶器が献上されました。なんと、とても良くできた小さな蛙がついているのです!
カップの取っ手だけかと思っていたのですが、よく見るとポットの蓋やティーソーサーのふちの裏側など、こっそりと何匹も潜んでいました。
きっとこの茶器はセシリア様のお気に入りになりますが、蛙たちがあまりにも精巧ですのでこの茶器でお茶のご用意をできるのは慣れるまでは私だけになりそうです。
明日はレオミンスター寺院の慰問の後、夜はフォード伯爵家のお屋敷で歓迎の晩餐が開かれる予定です。滞在はそのままフォード伯爵家となります。
またお便りいたします。
愛をこめて ハリエット
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ここまで書いてからはたと、ハリエットはとても大切なことを忘れていたことに気づいた。そういえば朝に受け取ったダレルからの手紙をすっかり忘れていたのだ。蛙色だったハリエットの頭がもう少し濃い緑に傾いた。
急いでポケットを探り封を開けると、手紙は一枚だけで手のひらに乗る大きさの、緑のリボンで結ばれた赤い小箱が入っていた。
「箱?」
ずいぶんと薄い箱をひっくり返し更に振ってみると、からからと小さな音がする気がする。リボンをほどき開けてみると中には薄紙。更にその薄紙を開いてみると、ハリエットの小指の爪ほどの大きさの赤い小さな粒がたくさん詰まっていた。今更ながら蓋を見ると美しく装飾されたラベルには『ストロベリー』と書いてあった。
ハリエットはいそいそと、封筒にたった一枚だけ入っていた手紙を開いた。
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親愛なるハリエット
手紙をありがとう。様子が分かって本当に良かった。
前子爵と夫人とは僕も会ったことがあるけれど、とても素敵なおふたりだったのを覚えている。最近は領地から出てこられないと聞いていたけどお元気そうで何よりだ。
ダフォディルズ・フォードは馬車でも十分に日帰りで行ける場所だし、陛下も妃殿下が望むなら見えない蛙程度は我慢できると仰せだったよ。王女殿下はもう少し先になりそうだけど、いつか必ず行けるように手配する。
また様子が聞けると嬉しい。
愛をこめて ダレル
P.S.
君が僕を思い出してくれたように、僕も君を思い出したので君の髪と同じ色の飴を同封します。疲れた時に食べて欲しい。
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「…………」
ちらり、とハリエットは小さな箱を見た。そこに詰まっているのは艶々と輝くストロベリーレッドの小さな粒。ハリエットの髪と同じ見事な真っ赤。
「うん、ほら。とても恋人らしくみえて良い一文だわ」
熱くなった顔を手紙でパタパタと仰ぎながらハリエットは小さな赤い粒をひとつ口に放り込んだ。口の中に苺の良い香りとすっきりとした酸味のある甘さが広がっていく。すっきりとしているのに妙に甘い。朝、あの場で手紙を開かなくて本当に良かったと思う。
「これは、ちゃんとお礼を書かなくては駄目よね…」
手紙を書き直さねばならないほどの内容で無かったのは良かったが、受け取った以上は礼をすべきだろう。とはいえ昨日の手紙にはバタースコッチの礼を書いた。連続で飴の礼というのも…悩ましい。
ハリエットは報告書は苦手ではない。メイウェザーは自分の興味の対象に対する論文や研究成果を書き溜めることに喜びを感じる者が多く、ハリエットもまたそのひとりだ。セシリアについてならいくらでも書き続けられるだろう。
だがこれは報告書であって報告書ではない。表向きは恋文なのだ。長すぎても駄目、短すぎても駄目、硬すぎてはもちろん駄目だ。
結婚どころか恋愛すら興味を持たず脇目もふらずセシリアを追い掛けてきたハリエットにとって、恋文というのは実に難解だった。いっそ手紙の内容が駄目出しであってくれれば返事の書きようもあったものを。
「ぐ…時間が足りない…」
今日はセシリアの隣室に控えるため、先に夕食などを済ませてくるようにと休憩をもらったのだ。今のうちにと手紙をしたためようと思ったのだがもう残り時間がない。
「仕方ない!」
ハリエットはつけペンにインクを付けると書き足した。
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P.S.
赤い苺の飴、とても甘酸っぱく良い香りで、幸せな気持ちになりました。
思い出してくださってありがとうございます。
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何か違う。何かが違う気はする。だが、時計の針は止められても時間が過ぎるのは止められない。ハリエットは急いで封筒に入れて封をすると、封蝋が乾ききるのももどかしく大急ぎで騎士を探して手紙を託した。
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「あら、早かったわね」
ハリエットはあまりの焦りに休憩時間を十五分ほど間違えていたらしく、のんびりとルースからフットマッサージを受けていたセシリアに笑われた。
十五分もあればもう少しましに書けたのに…そう思うもすでに手渡してしまった手紙は戻らない。
「セシリア様のお側にあるのが私の喜びですから」
手紙はさておき全く嘘のない理由を述べ、ハリエットは嬉々としてセシリアのナイトティーの準備を始めた。




