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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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13.三日目 ~ ラナンキュラス

 翌朝、ハリエットが食堂でセシリアの朝食を受け取り部屋へ運ぶと他の侍女は皆既に揃っており、セシリアの準備もすっかり終わっていた。午後の視察が楽しみで早く目が覚めたらしい。「興奮して寝付けなかったわけでは無いのよ?」と悪戯が見つかった子供の用に唇を尖らせるセシリアの食事を微笑ましく見守っていると、規則正しいノックが響いた。


「失礼いたします。今朝の連絡便で王宮より到着いたしましたお手紙をお持ちしました」


 荷物の確認をしていたルイザが扉を開けて騎士から手紙の束を受け取る。「ご苦労様です」とドアを閉めるとルイザは一通一通宛名と差出人を確かめた。


「セシリア様、こちら陛下からのお手紙です。こちらの三通は各部署からの報告書のようですので私の方で一度確認いたします。それと…ハリエット」

「はい!」


 呼ばれると思っておらずうっかり大きな声を出してしまい、ハリエットはしまった、と視線を彷徨わせた。また叱られるかと思ったが、覚悟を決めて震える猫と共に楚々としてルイザの前に出ても、ルイザは特に何も言わず口角を上げて一通の分厚い封筒を渡してくれた。


「あなた宛てです。確認なさい」

「はい、ありがとうございます」


 内心でほっと胸をなでおろし、ルイザに頭を下げて両手で受け取りちらりと見ると封蝋の色は緑。差出人はダレル.S。ハリエットが初日に送った一通目の手紙へのダレルからの返事のようだ。

 封筒の妙な厚さと膨らみの歪さが気になるが、内容によってはこの場で読むのは危険なためハリエットはそのままドレスの隠しポケットへ手紙をしまった。


「あら、読まないの?」


 セシリアが食事の続きを楽しみながら首を傾げた。セシリアも国王陛下からの手紙をすぐに読まないつもりらしく、サイドテーブルに他の手紙と一緒に避けられていた。


「緊急の内容ではございませんので、また今夜にでもゆっくり読もうと思います」


 ハリエットがにこりと微笑むと、セシリアは「そう?」とだけ言って食事を続けた。



***



 その日の移動は街道がしっかりと整備されていたこともあり、昨日に比べると大変快適なものになった。これまでの道もきれいに舗装されてはいたのだが、どうしてもここ最近の雨などで浸食されてできた凹凸が残ってしまっていた。今後、騎士団の報告を以て修復が入ることになるらしい。


 旅路は順調で、昼前にはこの視察のひとつ目の目的地であるレオミンスターに到着した。

 ここから馬車と人手は二手に分かれる。先に本日の宿泊地に向かう荷物などの馬車の一団と、セシリアと共に視察に向かう馬車の一団だ。


 今回、侍女長ルイザは荷物の整理や調整などで先に宿泊地に向かうこととなり、代わりにハリエットとエイプリルがセシリアと視察に向かうことになった。


「あとは任せますよ」

「承りました」


 先輩侍女であるエイプリルがルイザから引き継ぎを受けている。その間に、ハリエットは荷物の積み替えと人員の再確認を行い、セシリアにつく護衛騎士との打ち合わせを行った。

 予約で貸し切りにした郷土料理を提供する老舗のレストランで昼食をとり、指定した時間に合わせて視察先へ向かう。どれも美味しくいただいたがセシリアは特にデザートが気に入ったようで、目尻を下げてゆっくりと味わっていた。


 赤い煉瓦の建物が規則正しく並ぶレオミンスターは陶磁器の町だ。この地を治めるフォード伯爵家の五代前の当主夫人が茶器の収集を趣味としており、実に愛妻家であった当時の伯爵が、ならば妻のために最高の茶器を!と各地から職人を呼び寄せ優遇したことで見事に発展した。

 レオミンスターの陶磁器は決まった特徴が無いことが特徴だ。蒐集家の妻のために始めた産業なだけあり、レオミンスターは通り一遍ではつまらないだろうと工房それぞれの個性を尊重している。作り出された多種多様な陶磁器のうち、厳しい審査を通りフォード伯爵家が認めたデザインにのみ『レオミンスター』の紋章と名前を使うことを許しているのだ。

 その一握りの『レオミンスター』のうち王家へ献上されたものが『ロイヤル・レオミンスター』と呼ばれるラインであり、現在王宮でセシリアが愛用しているティーセットももちろん、そのひとつだ。


 そうして現在、工房の視察を終え応接室へ通されたセシリアの目の前には新たなる『ロイヤル・レオミンスター』となる磁器のティーセットが並べられている。


「まぁ、まぁ、まぁ!」


 強く握れば割れてしまいそうに薄い白磁には大変細かい筆致で幾重にも花弁の重なる大輪のラナンキュラスが描き出されている。縁や取っ手には金で蔦模様の縁取りがされ大変美しいが、それだけであればセシリアがこれほど目を輝かせることも無かっただろう。

 この新しい磁器の最大の特徴はカップの取っ手の部分にある。付け根に、まるでしがみつくようにセシリアの瞳と同じ若草色の小さな蛙がつやつやと張り付いているのだ。かなり精巧な。


「なんて素敵なの…!」


 セシリアがカップを手に取り近づけたり遠ざけたり、裏を返したりして満面の笑みで眺めている……取っ手の蛙を。セシリアの蛙好きは、実は割と有名なのだ。


「洗い場担当には注意していただかないといけませんね」

「そうね、蛙が剥がれたりしては大変だわ」


 セシリアは蛙が逃げ出すことを心配しているが、ハリエットは洗い場のメイドたちを心配した。かなり精巧な蛙のためうっかり水につけておいたら本当に蛙がいると驚いて割ってしまいそうだ。そんな理由で辞めさせられる者が出るのはあまり寝覚めが良くないため、くどいほど厳しく周知しておいた方がよさそうだとエイプリルと視線を合わせて何とも言えない顔で頷いた。


 この新しいティーセットの名前はロイヤル・レオミンスター・ラナンキュラス。そのままの名称だが、実は裏の意味がある。ラナンキュラスは古語で『小さな蛙』。ラナンキュラスの葉が蛙の足に似ていることから花の名前が付いている。つまりこの茶器は、『王室御用達・小さな蛙セット』と名付けられているわけだ。


「ねえハリエット。この蛙の種類は何かしら?」

「ダフォディルズ・フォードでお目にかかれる種類かと思いますよ」

「まぁ…それならば今年は会いに行けなくても我慢できそうね」


 ふふ、と声を上げて笑うセシリアにハリエットも微笑んだ。

 今年のセシリアは忙しい。普段から忙しいが、輪をかけて忙しい。来年は何が何でもきっとお連れしようとハリエットは再度心に強く決めた。


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