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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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12.二日目 ~ 二通目の恋文

 そうこうしている内に出立の時間となり、前子爵ご夫妻と子爵邸の使用人たちが一堂に見送りに出てきてくれた。


「本当にありがとう。次は娘を連れてきても良いかしら?」


 別れ際、馬車に乗り込む前にセシリアが少し寂しそうな顔で言った。

 この子爵邸は、言うなればまるで久方ぶりに戻った故郷のように温かかった。きっとセシリアもそう感じているのだろう。名残惜しそうに眉を下げて前子爵夫人の手を取っている。


「もちろんでございます、妃殿下。拙宅でよろしければいつでもお待ち申し上げておりますよ」


 そう言って相好を崩した前子爵に、夫人もまたセシリアの手をそっと包んで頷いている。


―――こういうのは、良い。


 ハリエットはその様子を後ろで見守りつつ目を細めた。

 独身宣言をしているハリエットだが、この老ご夫妻のように穏やかに柔らかく年を取っていけるなら、誰かと共に歩む日々も決して悪くないものだと思う。


「………?」


 なぜだかほんの少しだけちくりと胸が痛んだ気がして、ハリエットは胸元を押さえて首を傾げた。


「先輩、食べ過ぎですか?」

「それはリビーでしょう?でも確かに夕食も朝食も美味しかったわね…」

「はい!また来たいですね!!」


 旅行気分のリビーにハリエットは苦笑して「ほら、しゃんとして!」とリビーの背を軽く叩いた。「はぁい」と気の抜けた返事をした叱り甲斐の無い後輩侍女に呆れた笑いを返したハリエットは、胸の痛みのことなどすっかりと忘れてしまった。


 時間になり、後ろ髪を引かれながらも馬車に乗り込む。セシリアがカーテンを開けて前子爵夫妻に手を振った。丁寧に頭を下げる老ご夫妻の優しい微笑みを後に、ハリエットたちの乗った馬車もゆっくりと走り出した。


「どうしましょう、たった一晩だったのになんだか寂しいわ」

「はい、本当に…」


 セシリアがもう見えなくなった子爵邸を振り返る。ルイザでさえ、眉を下げて困ったように微笑んでいた。


「理想のご夫婦でしたね…」


 ハリエットの口から言葉がこぼれた。セシリアは窓からハリエットに目を移し何度か瞬きをすると、にやりと口角を上げた。


「あらハリエット、ついに結婚したくなったかしら?」


 楽しそうに目を輝かせるセシリアにハリエットは苦笑した。


「まさか。私は常々申し上げている通り生涯独身でセシリア様のお側に居ると決めているのです」

「結婚しても侍女で居ればいいじゃない。ルイザのように」


 私は歓迎するわよ?と笑うセシリアにハリエットは救いを求めるようにルイザを見た。ルイザもなぜか楽しそうににこにこと笑っている。

 ルイザの夫は第二騎士団の隊長格を務める騎士。お互い遠征も多く会えない時間も多いがそれでも大変仲が良いと評判だ。一度ルイザの夫にも会ったとがあるが、筋骨隆々の何とも逞しい、けれど笑うと右頬にえくぼのできる人好きのする御仁だった。


「からかわないでくださいませ。私ももう三十です。さすがに今更ですよ」


 この国の女性の結婚適齢期は十八歳から遅くて二十五歳ほど。ハリエットは未婚女性としてはそれなりの年嵩となる。

 断固として独身です!!とハリエットがこぶしを握ると、セシリアとルイザが顔を見合わせて肩を竦めた。



***



 その日は特筆することも無く、強いて言うなら馬車に座りっぱなしで腰の痛い一日となった。夕方には宿泊場所となる町についたがハリエットを含め侍女たちは皆腰をこっそりとさすっていた。セシリアもまた控えめに腰を押さえていたが、ルイザだけは飄々としていたのがさすがだった。


「さすがに…少し腰に来たわね…」

「本日は寝る前にマッサージを強めにいたしましょう」


 ルースがそう言って微笑んだ。エイプリルはメイクが、リビーはヘアメイクが、そしてルースはお手入れが得意な侍女なのだ。それぞれが得意分野を持ち、少数精鋭で今回の視察に臨んでいる。


「お願いするわ、ルース。今日はさすがに厳しいわ」


 今日は町で最も大きな宿屋を丸ごと貸切っての宿泊だ。隣室に控えるのはルイザのため、今日のハリエットの職務は夕食の給仕で終了となった。

 ルイザにもセシリアにも早めに休むように促され、夕食をいただいて早々に割り振られた自室に入る。そうして、ポケットから缶を取り出すとバタースコッチをひとつ、口に入れた。


「あ、バタースコッチのお礼、書くのを忘れていたわ…」


 昨日の手紙はどう書くかばかりに気が行ってしまいすっかりと失念していたのだ。今日の手紙にはしっかりとお礼を書かねばならない。


 うーん!と伸びをすると、ハリエットは昨日とは違うレターセットを用意した。




.∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴.



親愛なるダレル


 二日目が終わりました。今朝早くに子爵邸を立って来ましたが前子爵ご夫妻は離れるのが辛く感じるほど素晴らしいご夫妻で、理想のご夫婦だと思いました。

 セシリア様も寂しそうなお顔で再びの訪問をご約束されていました。馬車でのお話の多くが前子爵ご夫妻と領地の素晴らしさで終わったほどです。


 今日は本当にずっと移動で特に何もありませんでしたが、休憩以外の時間を全て馬車で過ごしたせいで皆腰が痛くなってしまいました。セシリア様も少々お疲れのご様子で、本日はしっかりとマッサージを受けて休むそうです。


 明日はついにひとつ目の目的地、レオミンスターに到着します。午前には到着予定で、午後には有名な磁器、ロイヤル・レオミンスターの絵付け工房の視察予定です。セシリア様もご愛用の茶器の産地ですので、楽しみにされているようでした。


 またお便りいたします。


愛をこめて ハリエット


P.S.

 昨日のお手紙にお礼を書くのを忘れてしまいました。バタースコッチをありがとうございます。とても美味しくて今も口に入っています。少しはしたないですね。



.∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴.




 食べながら手紙を書くなど、確かにはしたない上に手紙にしたためるのもどうなのだろう。

 いっそ書き直そうかとも思ったが、ハリエットはこのまま出すことにした。またも遅くなれば手紙を出すのが難しくなってしまう。


 ハリエットはいそいそと封をすると手紙を持ち、一階の食堂へと向かった。案の定交代で食事をとる騎士たちがまだ食堂に居たため、食事が終わって持ち場へ戻る騎士のひとりに手紙を託すことができた。


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