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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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11.二日目 ~ 朝

 翌日。何の問題も起こることなくぐっすりと眠ったハリエットは朝も明けきらぬ内に起き出すと隣室のセシリアを扉越しに伺い、まだ起きていないことを確認して手早く自分の準備を整えていった。

 ドレスとはいえ旅装なのでひとりで手早く着られるものばかりを用意している。髪をまとめることだけはどうにも苦手なので、メイウェザー特有の見事な赤の髪をしっかりと梳かしてハーフアップにしお気に入りの髪飾りで留めるにとどめた。腰まである長い髪は戦うには少々邪魔だが騎士ではないので気にしない。


 胸元のリボンを整えちょうど準備が終わった頃、廊下側の扉が控えめに叩かれた。


「おはようございます先輩、リビーです!」


 朝の静寂を壊さぬよう控えめな、けれど弾んだ明るい声が扉の向こうから聞こえた。最高のタイミングだ。

 ハリエットがもう一度鏡を確認してから静かにドアを開けると、お湯の入った水差しとたらいを少し重そうに持ったリビーがいた。


「おはよう、リビー。そろそろ時間ね?」

「はい、お湯をお持ちしました」

「良いわね。では行きましょう」


 リビーは現在のセシリア付きの侍女の中で最も年若い。輿入れに着いて来たハリエットとは違い、リビーは元は女官として王宮に勤めていたが試験を受けてセシリア付きの侍女として採用された。今年で三年目になる。


 諸事情でセシリア付き侍女はセシリアが王家に輿入れした時以来増えていなかったこともあり、リビーはハリエットにとっては初めての後輩にあたる。いつもなら視察の随行者には入らないが、今回は短期間ということもあり慣れさせるために同行しているのだ。


 ハリエットはさっと上から下までリビーを見て問題が無いことを確認すると、廊下へは出ず続き扉をノックしてセシリアに声を掛けた。


「おはようございます、セシリア様。ご起床のお時間です」

「………どうぞ、入って…」


 少しの間があったがセシリアの返事がある。ハリエットはリビーに頷くと、セシリアの部屋の扉を開けた。


「おはようございます、セシリア様」


 リビーにセシリアの元へ行くように視線と頷きで指示をし、ハリエットは窓のカーテンを開ける。途端に薄暗かった部屋が一気に明るくなりハリエットも眩しさに目を細めた。今日も良い天気に恵まれたようだ。


「おはよう、ハリエット、リビー」


 ベッドの上で半身を起こし少しぼんやりとこちらを見ながら笑うセシリアはまるで生まれたての美の女神のように美しいとハリエットは思う。


「本日も良いお天気でございますよ」


 ハリエットが微笑み返すと「そのようね」とセシリアが小さく伸びをした。そのままリビーからお湯を注いだたらいを受け取ると顔を洗い準備を始めた。


「おはようございます、ルイザでございます」


 廊下側の扉が叩かれ声がかかる。セシリアを見ると頷いたためハリエットが扉を開けると、ルイザとルース、紅茶のワゴンを引いたエイプリルが入って来た。


「おはようございます、セシリア様」

「おはよう、みんな」


 一気に部屋が華やかになる。セシリアはルイザが淹れた紅茶を飲みつつ今日の日程を確認している。その間にルースとエイプリルの手でセシリアの身支度が進められていく。そうしてハリエットとリビーで使い終わったものを順々に確認しながら荷物に詰めていく。


 穏やかな音を立ててゆっくりと扉が叩かれた。ハリエットが手を止めて扉の内から応えると、テドベリー子爵家の執事だった。


「テドベリー前子爵ご夫妻より朝食のお誘いが来ておりますが、いかがなさいますか?」

「もちろんご一緒するわ。お礼が言いたいもの」


 セシリアはいつもより軽めのドレスに装飾品も必要最低限に整えられていく。今日は合間の休憩以外はほぼどこにも立ち寄らず移動の予定なのだ。着飾るのも仕事のひとつとはいえ、ごてごてと着飾るのは非常に疲れるのだ。ドレスや装飾品というのは格式が高いものほど意外と重い。


 ハリエットは扉の前に控えているであろう屋敷の執事にセシリアが臨席する旨を伝えるため部屋を出た。


「おはようございます。妃殿下はぜひ朝食をご一緒させていただきたいとの仰せでございます」


 ハリエットが軽く膝を折り微笑むと、老執事が自身の主人にそっくりのとても優しい笑顔で「かしこまりました」と丁寧に一礼して去って行った。

 その背を見送りちらりとドアの脇を見ると今日も左右に護衛の騎士が立っていたが、昨夜のジャックとケネスでは無かった。いつの間にか交代したようだ。


「おはようございます」


 ハリエットが微笑みと共に騎士に一礼すると、騎士ふたりがちらりとハリエットを見て「おはようございます」とにこりともせずそっけなく言った。これが普通の反応よね、とハリエットはなぜだか少しほっとした。


 前子爵夫妻との朝食にはルイザが付き添うことになり、ハリエットは残って荷物と馬車の確認を行うことになった。朝食の様子を直接見て手紙にしたためることができないのは非常に残念だが仕方がない。馬車の最終チェックはハリエットの大切な仕事のひとつなのだ。自分の荷物の確認を終えるとあとを三人に託し、ハリエットは外で準備を進めている馬車に急いだ。


「あ」


 馬車の点検も終わりまだ時間も早いためいったんセシリアの部屋に戻ろうかと思っていると、荷物用の馬車の方から声がした。振り向くと、濃い黄金と黒の髪が朝の光の下で春の柔らかな風に揺れていた。


「おはようございます、ジャック様、ケネス様」


 ハリエットが微笑み軽く頭を下げると、ジャックとケネスも「おはようございます」と爽やかに笑った。


「お預かりしたものは確かに今朝、早馬で出立しましたので、ご安心くださいね」

「ありがとうございます、大変助かりました」

「いえ、また何かあればいつでもお声がけください」


 そう言ってまたジャックは器用に片目をぱちりと瞑った。そんなジャックを見ていたケネスは苦笑し、ハリエットに軽く頭を下げて口角を上げるとジャックを連れてふたりで持ち場に戻って行った。


 ハリエットは第一騎士団の騎士というのは誰もが身分と共にプライドも高く、高貴な身分でもない特別美しくもないハリエットのような世間一般の令嬢程度ではとっつきにくい相手だと思っていたのだが、あんなにも気さくな騎士もいるのだなと妙に感心した。


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