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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第三章 王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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9.一日目 ~ 黄水仙

 その後は一度だけ小休憩をはさみ、昼過ぎにはダフォディルズ・フォードと呼ばれる地域に到着した。『黄水仙の浅瀬』の名の通り黄水仙の名所なのだが、ちょうど花の季節の今、見渡す限りが美しい黄色で埋め尽くされている。


「あらまぁ、これは見事ね………!」


 王宮の美しい庭園を見慣れているセシリアも感嘆の声を上げている。楽しそうなセシリアに頷きを返しながらハリエットたちは春の日差しに輝く小川のほとりに折り畳みのテーブルや椅子を並べていく。今日はここで昼食休憩をとるのだ。

 ハリエットの視線の端でセシリアがゆっくりと黄金に輝く花畑に足を向けた。ハリエットがちらりとルイザを見ると頷かれたため、音もなくハリエットがセシリアの後ろに着いた。


「ティーナにも見せてあげたかったわ…」


 ほう、とセシリアが息を吐きつつ目を細めた。「そう思わない?」とそこにハリエットがいるのが当たり前のようにセシリアは軽く振り向いて微笑んだ。


「この辺りまででしたら日帰りも可能でございます。王女殿下がもう少しお育ちになりましたら、ぜひ参りましょう…たぶん、蛙もおりますよ」


 にやりと笑ってハリエットが言うと、セシリアがぱちくりと目を瞬かせ、ころころと楽しそうに笑った。


「あら、蛙もいるのならば陛下とフレッドは駄目ね」


 ティーナことクリスティーナ王女殿下はセシリアに似て生き物全般が好きなのだが、フレッドことフレデリック王子殿下はどうしても蛙だけが駄目だった。さすがに国王陛下のように悲鳴を上げて逃げるようなことはしないが、幼い頃から何とも言えない顔ですっと目を逸らしてしまう。


「小川に近づかなければ問題ございませんでしょう。たとえ足元に居たところでこの美しい黄色に紛れては見えませんので」


 ハリエットは心の備忘録にそっと書き足した。黄金の海の中で亜麻色の髪を靡かせて微笑むセシリアの黄水仙が霞むばかりの輝く美しさと、『陛下』のお言葉がセシリアの口から自然に零れ落ちたことを。今日は初日ながらほんの少しだけ良い手紙をダレルに書けそうだ。


 ハリエットがほんの少し浮きたった心を抑えつつちらりと後方を見やると、後輩侍女のリビーがぶんぶんと淑女らしからぬ勢いで手を振っていた。もちろん、ルイザに見咎められて首をすくませヘーゼルの瞳をきゅっと細めて愛らしく照れ笑いをするまでが一連の流れだ。昼食の用意ができたらしい。


「セシリア様、そろそろ昼食の準備が整ったようでございます」


 ハリエットがこみ上げる笑いをかみ殺して何とか淑女らしく声を掛けると「あらそう」と少し残念そうにセシリアが振り向いた。きょろきょろと辺りを…特に足元を見回していたので恐らく蛙を探していたのだろう。大人になった今も昔と変わらず、蛙の妖精セシリアは蛙が大好きだ。


「起き出すには少し季節が早いかと存じます。花は見ごろを少し過ぎますが…また参りましょう。今度は馬で」


 にっこりとハリエットが笑うと、セシリアも破顔した。


「あらそうね、馬が良いわね!」


 ハリエットの愛する妖精は、その可憐な容姿に似合わず割とお転婆なのだ。ハリエットならどこへでもお供できるし、お供したいと思っている。ルイザには間違いなく小言を言われるがそこはしっかり叱られれば良い。ルイザなら、そもそも叱られることをするなと呆れながらもきっと笑って帰りを待っていてくれる。


「きっと素敵ね!来年か、再来年か………ふふふ、楽しみが増えたわね、ハリエット!」


 楽しそうに笑い跳ねるように皆の元へと戻るセシリアに、ハリエットはいつかきっと連れてきて差し上げようと心に固く決めた。


 昼食の後はまた一度だけ小休憩をはさみ、本日の宿泊地まで一気に駆け抜けた。あまりに黄水仙が見事で予定よりも長くダフォディルズ・フォードで過ごしてしまったため後半は少々急ぎ気味になってしまったのだ。とはいえ、途中で少々頑張ったこともあり無事に予定時刻には宿泊先のテドベリー子爵邸へたどり着いた。


「世話になるわね」


 セシリアが優雅に微笑むと、ダフォディルズ・フォードを含むこの一帯を治めるテドベリー子爵家の前子爵とその夫人が深々と腰を折った。現子爵は王宮の法務部に在籍中のため、普段はおふたりが領主代行としてこの地を治めている。


「ようこそお越しくださいました。王妃殿下を拙宅にお迎えできますこと、望外の誉れにございます。ごゆるりとお過ごしいただけますよう誠心誠意お仕え申し上げます」


 優しい微笑みを湛えロマンスグレーの艶のある髪を後ろに撫でつけた好々爺と呼ぶにふさわしい前子爵と老いてなお品よく美しい婦人そのままに、領主館でのおもてなしはあまりにも温かく細やかで、たった一日で立たねばならぬのが惜しいほどだった。

 ハリエットたち侍女や護衛の騎士たちのみならず全ての随行者たちも心を尽くしてもてなしてくれ、なんと全ての部屋にあの美しい黄水仙を飾ってくれていた。


「困ったわ…最初の宿泊地でこんなにも素晴らしい接遇を受けてしまっては、後が申し訳なくなるわね…」


 セシリアはそう笑いながらも嬉しそうに窓辺に飾られた黄水仙を眺めていた。ハリエットも、そんなセシリアを見ることができてとても嬉しかった。


 明日に備えて早めに休むというセシリアの部屋を後にして、ハリエットは隣の使用人室に引き上げた。視察中は護衛もできるハリエットとルイザのどちらかが必ず隣室に控えることとなっているのだ。


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