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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第三章 王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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8.一日目 ~ 出立

 出立当日。良く晴れた空は青く、爽やかに吹く朝の風はこの季節、上着を着るほどではないがまだ肌寒い。昼を過ぎるころには気持ちの良い気温になることだろう。


「ルース、エイプリル、リビー、あなたたちは後ろの馬車で今後の日程の再確認、セシリア様のお荷物をお守りして。ハリエット、あなたはいつも通り私と共に護衛もかねてセシリア様の馬車に同乗します。各自、自分の担当と荷物の最終確認をして馬車に乗りなさい」

「「「「はい」」」」


 侍女長であるルイザの指示に従い、各自が散っていく。ハリエットも自分の荷物が間違いなく所定の馬車に積まれたことを確認し、セシリアの馬車の確認へ走…るとルイザから強い叱責が飛ぶため速足で急いだ。あくまで、表向きは優雅にしとやかに、だ。

 車輪を確認し、接続部分を確認し、床下を確認し、床、座席、天井、扉の鍵などを点検していく。馬車の確認はすでに保管係でも騎士団でもきっちりと行っていたが、最終確認は全てハリエットが行っている。どれほど気を付けても絶対はない。万全には万全を期さねばならない。


「うん、いいわね…」


 ハリエットはメイウェザーの一員として、御者として自分で馬車を動かすこともできる。馬車で一人旅をしつつ研究をするという貴族にあるまじき生き方も、人生を掛けるに値するならメイウェザーでは推奨されるのだ。そんなわけで馬車の扱いも馬の扱いもお手の物であり、馬車が扱えるということは馬車そのものの構造にも詳しいということで。その辺りも、ハリエットが重宝される要因のひとつとなっている。


 馬車の点検を終えると、ハリエットはすっと、両手で自分の太もも辺りを確かめた。そこには両側に一本ずつ、刃渡り十五センチほどの短剣が座ってもずれないようしっかりと固定されて仕込まれている。装飾の全くない、鍔も小さ目の『実用品』だ。少しゆとりのある両の袖口には刃渡り五センチほどの暗器を仕込んである。いざとなれば戦い、セシリアを守るのだ。

 侍女長のルイザも武門の出身であり武術の心得がある。袖の暗器はハリエットと同じだが、スカートの中、右太ももに隠しているのはなんとムチだ。幾度かルイザの戦いを見たことがあるが、ハリエットは絶対にルイザとはやりあいたくないと思っている。


「終わったかしら?」


 後ろから声を掛けられ、ハリエットはすっと振り向くと優雅に腰を折った。


「すべて問題ございません、セシリア様」

「そう、ありがとう。そろそろね」


 ちらりと王宮の方を見ると、早朝にも関わらず国王陛下、王子殿下、王女殿下、王弟ライオネルが並んでいる。離宮にお住いの先王陛下と王太后殿下には昨日のうちに手紙でご挨拶を終えている。

 その後ろに見知った緑の瞳を見つけ、ハリエットは思わず「あ」と声を上げた。ダレルも目が合ったことに気づいたようで口角を上げ、ゆっくりと瞬きをした。そのまま穏やかな微笑みに変わる。


「ハリエット、どうかした?」

「申し訳ございません。早朝にも関わらず皆さまお揃いなことに少し」


 慌てて目を伏せて言うと、セシリアが笑った。


「そうね、思うところはあっても見送りには応えなくては駄目ね」


 そう言うとセシリアが王宮の方を振り向いた。侍女たちも音もなくセシリアの後ろに並ぶ。


「それでは、行ってまいります」


 それだけ言うとセシリアは軽くスカートを摘まみ目礼をした。後ろに控える侍女たちは皆、深く腰を折って優雅にカーテシーをした。


「気を付けて。無事の帰りを待っている」


 目礼を返し穏やかな声で国王陛下が言う。報告書を毎日送れと駄々をこねた張本人とは思えない堂々たる姿だ。王子殿下、王女殿下、王弟殿下、そうして後ろの者たちが国王陛下のお言葉に合わせて腰を折った。

 眠そうな瞳の六歳の王女殿下がカーテシーをしつつ少しバランスを崩した。すぐに立て直したのはさすがだが、恥ずかしそうにちらりとこちらを見たお姿が非常に愛らしい。王女殿下の容姿は国王陛下の色をした幼き日のセシリアだ。ハリエットは心の中であまりの可愛らしさに悶絶した。


 セシリアもまたほんのりと微笑みを浮かべて王女殿下に頷くと、国王陛下のお言葉には薄い笑みで返し、ふわりと羽が生えたように軽やかに振り返り馬車へと乗り込んだ。ここは本来であれば第一騎士団の護衛の騎士が手を貸すところであるが、国王陛下が臨席のためハリエットが急いで手を差し出しエスコートした。

 ついでルイザがセシリアの隣に乗り、向かいへハリエットが乗り込む。当然、ルイザとハリエットのエスコートは護衛の第一騎士団の騎士が務めた。乗り込む寸前にハリエットはちらりと後ろを振り返り、国王陛下の後ろに控えるブルネットの髪を確認し、少しむず痒い思いになりつつ乗り込んだ。


「今日のハリエットはずいぶんと後ろが気になるようね?」


 扉が閉まり、外からがちゃりと鍵が掛けられる。ハリエットが内からも鍵を掛けて確認をしているとセシリアが笑いを含んだ声で言った。


「え、いえ、いや…はい?」


 『いいえ』と言うのも『はい』と言うのもどちらも違う気がしてハリエットはついおかしな答えを返してしまった。「何ですかその物言いは…」とルイザも苦笑いをしている。


「はぁ、その、気になると申しますか…」


 いつも元気なハリエットがもごもごと話すのを見てセシリアの口角がくっと上に上がる。そのままちらりとルイザと目配せをすると、セシリアはすっと扇を開いて口元を隠した。

 ハリエットは心ここに在らず。さてどう答えたものかと考えあぐねていて、セシリアとルイザの意味ありげな目配せを見逃してしまった。


「出発!!」


 外から声が聞こえた。がたり、ごとり。馬車や馬が動く音が聞こえ、しばらくするとハリエットたちの馬車もゆっくりと動き出した。閉じられたカーテンからは外をうかがい知ることはできないが、ハリエットは何となく王宮の方から目を逸らすことができなかった。


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