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第二話 北方戦略 2部


第二話 北方戦略


第2部「北方の罠」


五稜郭作戦本部。


壁面の大型モニターには、北方海域の地図が映し出されていた。


択捉島、国後島、そして樺太。


真田幸貞は、その地図をじっと見つめていた。


「……百年か」


誰に聞かせるでもなく、真田がつぶやく。


「ずいぶん長い時間がかかったもんだ」


アイリが隣に立った。


「北方領土のことですか?」


「ああ」


真田は静かにうなずいた。


「かつてソビエト連邦は、日ソ中立条約を破り、終戦間際に対日参戦した」


その声には、普段の軽さがなかった。


「日本が敗戦を受け入れたあとも、北方の島々への進攻を続け、占領した」


真田は拳を握った。


「俺はな、上杉。あのやり方が今でも許せないんだ」


「……」


「過去の出来事だと言われれば、それまでかもしれん」


真田は地図を見つめたまま続けた。


「だが、奪われたものを取り戻すまでに、二世代もの時間が必要だったんだ」


アイリが静かに答えた。


「……長い年月でしたね」


「ああ」


真田は小さく息を吐いた。


そして、いつもの表情に戻った。


「さて、昔話はここまでだ!」


---


「ところで前田!」


「はい、殿!」


「西郷が、アンドロイド部隊を運用する新型無人空母を建造しているらしいんだが……」


真田は苦笑した。


「あいつ、俺にすら詳しいことを教えないんだよ!」


「西郷社長が、ですか?」


アイリが驚いた。


「ああ。秘密だとさ!」


「それだけ慎重に開発を進めているのでしょうね」


「そういうことだ」


真田はうなずいた。


「俺たちは、先の大戦から学ばなきゃならん」


「……」


「優れた技術を持っていても、それをどう守り、どう使うかを誤れば、国そのものが危うくなる」


真田は前田とアイリを見渡した。


「だから西郷も、俺も、上杉も。重要な情報は簡単には外へ出さない」


「はい」


「かつての日本は、短期間で列強に並ぶ力をつけた。だが、その成功が自信だけでなく、慢心にもつながったんじゃないかと俺は思っている」


真田は言葉を続けた。


「相手も話せば分かってくれる。付き合えば理解してくれる。そう信じるだけでは、国は守れない」


「……そうですね」


アイリが答えた。


「相手の思惑を見極め、備える必要があります」


「ああ。アメリカだろうが、ヨーロッパだろうが、ロシアだろうが、無条件に信用するわけにはいかん」


真田は、ふっと笑った。


「まあ、西郷の凄さはとっくに知ってるんだから、俺には教えてくれてもいいと思うんだがな!」


「ふふっ!」


アイリが笑った。


「真田さんがすぐ西郷さんをからかうからじゃありません?」


「おいおい! そこかよ!」


室内に笑いが広がった。


---


「殿、北方地域の件ですが」


前田が報告を始めた。


「現地住民との話し合いは、予定どおり進んでおります」


「ほう」


「ロシアへの帰還を希望する住民には、その意思を尊重して退去していただきます」


「うむ」


「日本の統治下でも引き続き暮らしたいという方々については、従来どおりの生活を認める方針です」


真田はうなずいた。


「住民の意思は尊重しろ。国が変わったからといって、暮らしている人間まで敵になるわけじゃない」


「承知しております」


前田は続けた。


「ただし、旧体制下で得ていた利権を失うことに反発する者もおります」


「だろうな」


真田は腕を組んだ。


「そういう連中は、簡単には引き下がらん」


「帰還する者の中には、ロシア側の関係者も含まれています」


「……例の件は?」


前田が小さく笑った。


「抜かりありません。内部の動向を探るための仕掛けは、すでに施しております」


「よし」


真田は短く答えた。


「そのまま偽装を続けろ」


「了解しました!」


アイリが尋ねた。


「真田さん。今回の本当の目標は、どこなんですか?」


真田は、再び地図に向き直った。


その指が、北へと動く。


「……樺太だ」


「樺太……サハリン?」


「ああ」


真田は地図の南半分を指した。


「まず南樺太を取り戻す」


そして、その指が島の北端まで伸びた。


「その先は、樺太全体だ」


アイリは息をのんだ。


「島全体を……!」


「そうだ。最終的には、ロシアの太平洋方面への進出を制約する。そのための布石だ」


真田は続けた。


「今、ロシアには北京から逃れた中国共産党系の残党が流れ込んでいるらしい」


「大東亜共和圏への工作活動ですね?」


「ああ。ロシアを隠れ蓑にして、内部から切り崩そうとしている」


前田がうなずいた。


「その動きは、こちらでも把握しております」


「だろうな!」


真田は不敵に笑った。


「当然、向こうには猿飛部隊も紛れ込んでいる」


「……なるほど」


アイリは、思わず笑みを浮かべた。


「相手の動きまで、すでに読んでいたんですね」


「全部読めるほど、俺も神様じゃないさ!」


真田は笑った。


「だからこそ、何が起きても動けるようにしておくんだ」


---


真田幸貞。


彼が望んでいるのは、日本を守ることだった。


無駄な争いを避けるために、あらゆる国の動きを探る。


しかし、争いが避けられないと判断すれば、迷わず動く。


その判断と実績が、仲間たちの信頼を築いてきた。


そして、真田の志に共鳴する者たちを国家として束ねているのが、信旭幕府幕僚長・江口亮介だった。


---


択捉島周辺海域。


三隻の中型潜水艇――静龍が、すでに厳戒態勢に入っていた。


真武蔵艦長、上杉アイリの指示を待っている。


「……作戦を開始します」


アイリの声が響いた。


「樺太周辺に展開するロシア軍の動きを確認。こちらの出方に反応するよう、誘導してください」


[了解。作戦を開始します]


やがて、ロシア漁船が日本の領海へ侵入した。


日本国防軍の巡視艇三隻が接近し、退去を求める。


漁船は進路を変え、ロシア側の海域へ逃れようとした。


巡視艇は追跡を続けた。


そして――


[巡視艇、ロシア側海域へ進入]


次の瞬間。


ドォォンッ!!


海面に巨大な水柱が立ち上がった。


[巡視艇一隻、魚雷被弾!]


「……来たわね」


アイリは冷静だった。


被弾した巡視艇は、ゆっくりと沈み始める。


しかし、その艦内に乗員はいない。


三隻とも、無人で運用されていたのだ。


[ロシア側へ漁船の引き渡しを要求しましたが、応答はありません]


「予想どおりね」


アイリは画面を見つめた。


「相手の動きを追って」


[了解]


さらに、ロシア側の通信を傍受する。


北方領土を失ったことへの不満。


そして、日本への敵意。


それらが交錯する中、事態は次の段階へ進んだ。


[警告!]


Queenの声が響いた。


[樺太沖のロシア軍より、巡視艇に向けてミサイル五発発射!]


「迎撃!」


アイリが即座に命じた。


[弾幕ミサイル『烈要』、発射済み!]


後方に展開していた無人戦闘機母艦から、迎撃ミサイルが放たれた。


烈要(れつよう)。


無人戦闘機の進路を阻むロケット弾や小型ミサイルを迎撃するために開発された、新型弾幕ミサイル。


敵弾の軌道と着弾予測地点を瞬時に計算。


接近したミサイルを捕捉し、回転機構を用いて爆発の影響を抑えながら迎撃する。


日本国防軍が開発を進める、次世代防衛兵器の一つだった。


[迎撃成功!]


五つの光が、北の空に消えた。


アイリは静かに息を吐いた。


「……よし」


その様子を見ていた真田が、満足そうに笑った。


「さすが上杉艦長!」


「えっ?」


「瞬時の判断力、見事だったぞ!」


「もう……そんなに褒めないでください!」


「はっはっは!」


真田は、再び樺太の地図を見つめた。


ロシア軍は動いた。


そして日本は、その動きを確かに捉えた。


「……さて」


真田の目が鋭くなる。


「それじゃあ、じわりじわりと樺太を包囲していこうか!」


「了解しました!」


アイリが応じた。


北方海域に、新たな緊張が走る。


だが、真田の狙いは樺太だけではなかった。


日本が次の時代へ昇るためには、まだ必要なものがある。


資源。エネルギー。そして、深海に眠る未来。


その計画は今、遠く離れた福原でも動き始めていた。


――第三部「深海に眠る未来」につづく。

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