第1話 動き出す世界 3部
第1話 動き出す世界
第三部「RISING」
信旭幕府が日本の政を担うようになって、約半年。
新たな首都・福原は、今まさに大変革の真っただ中にあった。
かつて兵庫県神戸市と呼ばれたこの地。
新しい日本の首都として世界に存在を示すため、街の至るところで巨大な建設工事が進められていた。
高層建築、交通網、行政施設。
福原は、眠ることを忘れたかのように生まれ変わろうとしていた。
しかし――。
その華やかな建設ラッシュの裏側で、もう一つの巨大計画が密かに進行していた。
六甲山系地下シェルター拡張計画。
表向きは、地下高速道路の建設事業。
だが、その実態は違った。
地下深くに張り巡らされる無数の通路。
蜘蛛の巣のように広がる巨大な地下空間。
核戦争さえ想定した、もう一つの都市。
それは真田幸貞が密かに進める、国家存続のための切り札だった。
地上には、新しい日本の象徴を。
地下には、最悪の事態でも生き残るための備えを。
真田の国家戦略は、すでに次の段階へ進んでいた。
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一方、信旭幕府幕僚長に就任した江口亮介は、国防体制の整備と国内経済の立て直しに追われていた。
そして、その江口のもとを真田が訪れていた。
「真田ぁ! 忙しくなるとは思っていたが、ここまでとは想定外だよ!」
江口は椅子にもたれ、大きく息を吐いた。
「まず、家に帰れない! 理佐とゆっくり食事する時間すらないんだ!」
「はっはっは! そりゃまずいな!」
真田は笑った。
「そろそろ理佐に雷を落とされないよう、うまくやらないとな!」
「お前が言うな!」
二人は顔を見合わせて笑った。
かつて死線を共にした男たち。
立場が変わっても、その関係だけは昔のままだった。
「ところで真田。東京跡地の発電事業はどうなっている?」
江口が話題を切り替えた。
「順調だよ」
真田は即答した。
「俺の兄貴と妹が開発に携わってる。二人とも昔から核融合を研究してきた人間だからな」
「あの広い場所なら、思う存分研究できるってわけか」
「そういうことだ!」
東京跡地。
かつて日本の中心だったその広大な土地は、今、新しいエネルギー技術を生み出す研究開発の場へと姿を変えようとしていた。
「ああ、そういえば……」
江口が懐かしそうに笑った。
「お兄さんには学生の頃に会ったことがあるけど、妹さんは俺のことなんて覚えてないだろうな」
「いや、それが覚えてたんだよ!」
「えっ?」
「うちの妹の恐ろしいところは、記憶力だ。一度見たり聞いたりしたことは、まず忘れない」
「ほう……」
「お前がこの国のトップに祭り上げられたのを知って、わざわざ連絡してきたくらいだからな!」
「はっはっは! そりゃ驚いた!」
江口は懐かしそうに目を細めた。
「兄さんも元気にしているのか?」
「ああ。真田家の中じゃ目立たない立場だが、研究に没頭してるよ」
真田は笑った。
「俺みたいなのばかりじゃ困るだろ? 研究する人間も必要だからな!」
「違いない!」
二人の笑い声が響いた。
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「ああ、それと真田」
江口が一つの資料を差し出した。
「横浜へ行くなら、西郷君にこれを渡してくれ」
「ん? 何だこれ?」
「俺の健康状態と、サイボーグ部分の改善案をまとめたものだ」
「ほう!」
「誰かと違って、勉強熱心な社長だからな!」
「わっはっは! そりゃそうだ!」
真田は資料を受け取った。
かつて江口を死の淵から呼び戻したサイボーグ技術。
その技術もまた、完成ではなかった。
改良を重ね、進化を続けている。
「西郷のおかげで、横浜も順調だ」
真田が言った。
「いずれアジアを代表する一大経済都市になるだろうな!」
「ああ。だが、問題は国外だ」
江口の表情が引き締まった。
「北京は、アメリカが睨みを利かせている。それでも手を変え品を変え、戦力の増強を続けている」
「……やっぱりな」
「それだけじゃない。我が国の影響下にある地域へ工作員を送り込み、独立運動を煽っているようだ」
「独立させてから、取り込むつもりか」
「そういうことだ」
真田は鼻で笑った。
「中身が共産主義のままで、表向きだけ資本主義を装ってもな」
「……」
「東亜共和圏の方が健全で平和だと、住民が感じているなら、そう簡単にはなびかんだろう」
江口は首を横に振った。
「だが、それをひっくり返そうとするのが連中なんだよ」
「まったく、疲れる話だな!」
真田は笑った。
「まあ、そういう連中がいなきゃ、俺たちの出番もなくなるがな!」
「はっはっは! さすが真田だ!」
江口は真田を見つめた。
「俺は昔も、これからも、お前についていくよ」
真田は少しだけ表情を変えた。
「……ありがとな、江口」
そして、静かに続けた。
「平和なんてものは、黙っていれば手に入るわけじゃない」
「……ああ」
「世界を牛耳ろうとする連中と、対等に話をするには、それだけの力が必要なんだ」
真田の目が鋭くなる。
「軍事力だけじゃない。経済も、技術も、エネルギーもだ」
「アメリカをも凌ぐ力を持たなければ、またやられるかもしれんからな」
江口が応じた。
「ああ」
真田はうなずいた。
「だが、力を持つことが目的じゃない」
江口が顔を上げた。
「俺たちが目指すのは、誰にも一方的に支配されない日本だ」
「……そうだな」
「そのためには、まだまだやることが山ほどある!」
二人は、しばらく黙って向き合っていた。
やがて真田が立ち上がった。
「ロシアの件は、まだ詳しく話せん。作戦が動いたら報告する」
「分かった」
「江口も忙しいだろうが、今が踏ん張りどころだ。頼んだぞ!」
「ああ、任せろ!」
江口は笑った。
「それより真田。あとで理佐と三人で食事しよう。少しの時間しか取れないがな」
「……そうだな」
真田も笑った。
「たまには、あいつの相手をしてやらないとな!」
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新しい日本が動き始めていた。
福原では、国家の礎が築かれつつある。
東京跡地では、次世代エネルギーの研究が進む。
横浜では、新たな経済圏が生まれようとしていた。
だが、その一方で――。
ロシアは北から動き、中国は水面下で機会をうかがう。
世界の均衡を巡る巨大な思惑が、静かに交錯し始めていた。
資源を持たない島国、日本。
その国が、知恵と技術、そして自らを守る力によって、どこまで世界を駆け上がれるのか。
険しい道が待っている。
何度も足を引っ掛けられるだろう。
それでも、登らなければならない。
あの山頂に――。
自分たちの旗を立てるために。
そして、その先頭に立つ男がいる。
真田幸貞。
日本は今、再び昇り始めた。
――RISING.
――第1話「動き出す世界」完。




