花は咲いたのか
五月を迎えていた。
幽荘から離れ半年以上、この日の為に頑張り続けた。
縁は高速のサービスエリアに居た。
コーヒーを飲み、去年の今頃から駆け抜けた自分を思いながら。
「幽荘から帰る時もこの辺りだったかな」
反対方向なので全く同じサービスエリアでは無いが、雰囲気はそう変わらない。
縁は、幽荘に向かっている。
出た結果を持ち皆に報告をする為に。
いつもの軽トラに乗って。
都会のコンクリートの街並みから少しずつ土と緑が増えていく、山に近づく程に匂いも変わる。
「街と田舎は正反対に進んでるんだよな」
縁はぼんやりと考えた。
都会では時代が進む程に人が手を加え、新しい物を取り入れる。または劣化し出した物を補修や改修して保全する。
人が人の物を守る為の行動だ。
一方で田舎では人が少なくなり、手を加える事は出来なくなっている。
人の中心はどうしても人が集まる場所なのだ。
移り変わる景色に想いを巡らせ、縁は自分が一番知る田舎の家に帰ってきた。
幽導村。
去年初めて来た時と心持ちが違う。
村の歴史を知ったからか、自身が一区切り付いた身で帰ったからかはわからない。
ただ、変わらずに今は静かな何も無い自然の場所だった。
幽導村に入り少し進めば、懐かしいと感じるボロいアパートが見える。
あの夏の最後、少し実家に帰省するだけのつもりが半年以上の帰省。
結果が出たら帰って来い、そんな約束までして出た幽荘。
初めての滞在は夏の三ヶ月くらいだったが、密度が濃い忘れられない夏。
狐音、ユウメ、スズメ、ヘビメ、ネコメ……皆、神かその系譜。縁にとって非現実と思っていた事は両親から始まる現実になった。
縁は幽荘のアパート前フリースペースに軽トラを停めた。
その音に気付いたのだろう、幽荘の部屋のドアがそれぞれ空いて住人が見えた。
「おかえりなさい!」
ネコメ、ヘビメ、スズメ、ユウメの四人がほぼ同時に出迎えてくれて皆で被った事に笑い合う。
「皆さん……ご無沙汰してます」
「お兄ちゃん……いきなり居なくなるんだもん」
ネコメはご不満だったようだ、可愛い。
「うーん、ちょっと痩せちゃったか……」
ヘビメは街暮らしで衰えた筋肉に落胆。
「縁さん……まずはお疲れ様」
スズメは変わらない慈愛の塊だ。
「管理人さんが居ないから管理を皆でしてましたのよ」
いつ見ても怪しい美しさが止まらないユウメ。
変わらぬメンツに安心して、一番会うべき者の下へ向かう。
一〇一号室、狐音
ノックをし、「入れ」の声を貰う。
「失礼します」と縁はドアを開け中の住人と久しぶりの対面だ。
白に近い金髪を靡かせるのに着物が似合う顔立ち、間違いなく世の中の美女と呼ばれる姿。
しかし、人ではなく本人は妖狐と呼び土地神とも言われた神の存在。
幽導村を千年以上見つめてきたその目は、今……縁の夢の行方に向けられていた。
「元気そうじゃの縁よ」
「はい、狐音さんも」
「して……早速じゃが、どうなった」
狐音は表情変えずに鋭い目を向ける。
縁のうしろで四人も固唾を飲んで見ている。
縁は軽く息を吸い吐いて言った。
「大学……合格しました!」
一斉に後ろの四人が湧いて縁はもみくちゃにされていく。
狐音は微笑みその様をしっかり見据えてる。
だが、まだ答えていない。
縁は一旦落ち着いて、狐音に向かい言う。
「僕は教職を目指します、歴史専攻の教員として繋いでいく決意をしました」
「それがお主の夢になったんじゃな?」
「はい、ここで深く知った歴史の流れと人ならざる者も生きている。それらを伝えていける者となります」
「……ふっ、人間風情がと昔の儂なら言うたじゃろうの」
狐音は遠くを見て思い返している。
「儂は皆の助けはしていたが繋ぐ事は出来なかった、お主の様な志を持った人の次世代を生み出せなかったのじゃよ」
「狐音さん……」
「でも、ようやく芽吹いたのかの。全く人とは技術や文化の爆発力はあるのに人間一人が育つのに時間がかかるんじゃのう」
「僕は幽荘の管理人です、この先ずっとは居れませんけど定期的に帰りますからね」
「わかっとるよ、死ぬまで儂が見てやるわい」
縁と狐音は笑い合う。
「さあ〜用意しなくちゃ〜」
スズメが腕まくりをして調理場に向かい出す。
「スズメさん!私も手伝う!」
「今日はアンタのお祝いよ」
ネコメとヘビメも後をついて行く。
「うふふ〜寂しかったですわよ〜?管理人さん、お酒飲みましょ!狐音姐さんも緊張して昨日から飲んでなかったんですわよ?」
「ぬ!ユウメ!言わんでいい!」
相変わらずの二人、縁は幽荘に帰ったんだと実感していた。
——その夜調理場テーブルにて
豪華な食事が用意され、縁はこんなにお祝いされて良いのかと謙遜してしまう。
「ねえお兄ちゃん、大学って遠いの?」
ネコメが聞いてきた。
「そうだね、東京だから一人暮らしになっちゃうかな。そうだ、遊びにおいでよ」
「良いの?」
「うん、案内してあげるからさ」
ネコメは嬉しさに顔を赤らめる。
そして横で聞いていたヘビメが言う。
「アンタも東京だったの?アタシは来年行くわよ」
「へ?」
「芸術系の専門校受ける事にしたのよ、独学だったからね。来年受験目指して受かれば幽荘出るわ」
いきなりの話に驚きっぱなしだ。
「ヘビメさん、また突然……」
「まあ、誰かさんに影響されたのかもね。幽荘の皆には言ったけど……問題はパパね」
ヘビメの父、ジャノメ。親バカで娘を宝物の様に可愛がるお父さん。
そんなヘビメが都心で一人暮らしなんか許してくれるんだろうか?
「私は来年高校卒業試験かぁ」
ネコメはオンラインで高校卒業資格を得る為に頑張っている。
何度か勉強も見たが学力的には、かなり高い位置に居る。問題があるとすれば人見知りなところだが……
「ねぇ狐音さん、高卒資格を持ったら管理人になれるの?」
ネコメの夢は幽荘管理人だが……人間社会の資格が要るんだろうか?幽荘自体には入る為の、見えない力的な資格はあるらしいが。
「ん?そうじゃのーとりあえずのラインとして儂が勝手に決めただけじゃ……その時は現管理人の縁に判断してもらおうかの」
「……狐音さん、丸投げしてません?」
「お兄ちゃんよろしくお願いします!」
「私達、勉強はわかりませんものね〜うふふ、ネコメちゃんの事はお任せしますわよ」
スズメは笑いながら言ってくる
どちらかと言えば今管理人に相応しいのはスズメじゃないだろうか?
幽荘で一番しっかりしてて、細かな管理は頼りっぱなしだ。
「あら?私は管理人出来ませんよ?」
スズメは先読みして言う、たまに心を読んでる気がするし、それを出来る力もありそうなのだ。
「うむ、物質的な管理は誰でもできるんじゃがの……儂等は力が強すぎて手を加えると結界が強まってしまう」
狐音は説明してくれた。
「儂は幽荘に結界を張っておる、悪意がある者には見えないようにの。まあ初めは人間の身体に影響あるとは想定外だったがの」
「影響?人間?」
「タカは初代管理人として十年近く儂等と生活を共にし、身体の時が止まった」
そう言えばその事でタカさんに苦労を掛けたと、狐音は嘆いていた。
「あれ?じゃあ僕は?」
「数十年単位の話じゃ、数日や数ヶ月そこらでは影響は無い。今は儂等も力を抑えておるしの」
縁は少しホッとした反面がっかりもした。
ちょっぴり不思議な力に憧れるのはある、男だし。
「お主?残念そうじゃの?」
「ダメですよ縁さん?人にも人じゃない者にもなれない半端な存在は地獄しかありません」
スズメに釘を刺されてしまう、神から見てもタブーなんだろう。
「あれ?でもネコメちゃんやヘビメちゃんは人間に近いって……」
料理を頬張る二人を見て縁は呟く。
「それは自然流れで生まれた二人だからですわよ」
酒を片手に縁の横にぴったりくっついてきたユウメ。
かなりのハイペースで飲んでいる、顔が赤みを帯びセクシーさと妖艶さが増している。
「お二人は老いという成長があります、もちろん人よりは遅いですけどね?でも二人は神と人の交わった系譜ですから人に近い神なのですよ」
「だから幽荘の影響が無いと?」
「そうですわ〜言わばこの世界の希少種、人にはわからないけど神すら認める貴重な可能性の塊なのです」
ユウメに存在価値を上げられ、ネコメとヘビメは少し照れている。
「だから管理人さん……私とも子を作りましょう」
縁は吹き出した。
いきなり何を言いだすのか、この酔っ払いは……
「うーむ、久しぶりの縁にはしゃぎ過ぎておるのうユウメは。ずっといつ帰るのか聞いてたからの」
グリグリベタベタとユウメのスキンシップが止まらない、ここまで酔ってるのは初めてだ。
「と、とりあえず助けてください……」
「仕方あるまい、酔い覚ましに皆で温泉いこうか。ユウメ起きろ行くぞ」
食事もあらかた食べ終え頃合いではある。
一部酒は入っているが皆で居れば事故は防げるだろう。
「ね?私にはユウメさん制御できませんよ〜自由奔放がユウメさんの良いとこですもの」
スズメは笑いながら洗い物を先に進めてくれていた。
やっぱりしっかりしてるなぁと縁も手伝い、ネコメとヘビメも使った物を直してくれている。
「……今、温泉に酔っ払い二人しか居なくないですか?」
「あら……ちょっと私見てきますね」
スズメはパタパタと温泉に向かった……
「幽荘温泉、久しぶりだなぁ」
チャプンと湯を跳ねさせ、縁は数ヶ月ぶりの温泉を堪能する。
管理人として一番手が掛かるのはこの温泉だが、掃除や施設整備とちゃんとやってくれていたようで変わりない。
変わったと言えば小さなアートが至る所に描き足されている所ぐらいか、ヘビメのアート欲を刺激したのだろう。ポップな絵柄から写実的な物まで目を楽しませる。
女湯の方からはしゃぐ声が聞こえてくる。
「お二人とも動き回ったらまた酔いが回りますよ〜」
スズメの注意が入ってる。
「裸でお二人倒れてるから驚きましたよ〜」
やはり脱衣所で面倒な事になっていた狐音とユウメだが、スズメを筆頭に周りがしっかりしているから成り立っている。
「全く……ほんと変わらないな……」
縁は嬉しそうに目を閉じて呟いた。
「変わらないのが私達の特徴ですわよ〜」
ザブンと音がして隣の女風呂からユウメが乱入してきた。
「ちょっとユウメさん!?」
「今日ぐらいええじゃないか」
いつの間にか反対側に狐音も居る。
裸の美女二人に挟まれる。
「こらー!お二人共〜」
「お兄ちゃん困ってるよ!」
「全体の絵を描きたいわね……良い絵になるのに」
スズメ、ネコメとヘビメまで女湯から押し寄せてくる。
何の為に壁を作ったのか……縁は誘惑激しい温泉に頭がクラクラして、倒れた。
「お主のウブさは変わらんの〜」
二〇二号室、縁の部屋でパタパタと煽がれながら言ってくる狐音。
皆運んだのだろう、恥ずかしい。
今は狐音だけである。
ウブだと言われようが、幽荘の女性陣は皆人世界ではハイレベルな美貌を持つのだ。耐性等貫かれる。
「……狐音さん、ありがとうございます」
介抱されながら縁は礼を言う。
狐音は何も言わずに微笑んでいる。
縁は人生の転機をアシストしてくれた狐音、そして幽荘の住人と幽荘に礼が言いたかった。
去年の管理人として来た経験が無ければ今はない。
また空虚に過ごしていただろう。
「お主の人として、花は咲いたのか?」
「花はこれから咲かせます、皆から貰った水と栄養で」
その答えで満足だと言わんばかりに狐音は笑みを強め、縁の頭を優しく撫でてくれた。




