神と人と幽荘と
縁はゴールデンウィークを利用して幽荘に来ていた。
滞在はその間だが、管理人業も復活だ。
報酬もちゃんと出るし、大体は住人と交流するだけでこんなに貰って良いのかと言うぐらいの報酬だ。
狐音曰く、「金が全てではなくとも人間社会で金は一番に近い力を持つ、軽視はできん」との事。
その対価となれてるかは自信は無いが、やれるべきはやる。縁は真面目にこなしていた。
「縁よ、少し気になっておったのだが……」
「ん?なんですか狐音さん」
温泉脱衣所から繋がる休息バルコニーを掃除してる時だった。
アイスを食べながら狐音が聞いてきた。
「お主、女が出来たか?」
縁は盛大に滑り転んだ。
恥ずかしながら女性?に囲まれたのは幽荘が初めてだし、そもそも深い交友する人は居なかった。浪人ニートを二年もすると人に合わないのだ。
「出来てる訳ないでしょう……友達だって大学じゃ歳違うのが紛れてるのに……」
恨めしげに狐音を見るがどこ吹く風と、涼しげにアイスを味わう。
「違う違う、人間じゃないわい。お主、どこかで神にあったろう?憑かれておるぞ」
憑かれてる、縁はその言葉にゾクっと身震いをする。
「え?何ですか?怖いんですけど」
「儂ら以外の神の気がくっついとる、まあ害は無さそうだがの」
そんな物貰った覚えが無い……と縁は心当たりを思い出す。
「そう言えば、初詣で神様に会いました。木の神だったかな……?」
受験に集中、合格の解放で頭から抜けていたが間違いなく会っていた。
「ふむ、祟るでなく護るでなくただただくっつけただけっぽいの。何か話したのか?人前に出るのは珍しいぞ」
確かに何百年ぶりとも言っていたが、発端は妖狐の尾と言われたタカからのペンダントだ。
「実は今年の初詣で——」
縁は出会った木の神、幽荘の話をさせられた事や理解されなかった事を狐尾に話した。
そして狐音は盛大に笑う。
「なるほどのう!そりゃ木の神も笑うじゃろうて」
意外な反応だった、悪意は無いとは言え幽荘と狐音を否定されたと取られてもおかしく無い。
「怒らないんですか?」
「怒るも何も、儂らが圧倒的に少数派じゃよ。多数決で本筋が決まる世界ならおかしな事では無い、それに否定感はあっても排除とかじゃないしの〜」
カラカラ笑う狐音には微塵も響いた様子が無い、縁は自分だけだったのかと疑った。
「お主は数奇な運命じゃの、人が神と認識した者に出会うだけで奇跡じゃからの」
「……そうなんですか?」
「例えば、このアイスにだって神がおる」
「へ?」
狐音はアイスを掲げ微笑んでる。
「お主は今驚いたが万物に宿るもんじゃ、しかし会った事あるか?目に見える全て、土や木、コンクリートやビルに至るまで全てじゃ」
そう言われたら見た事も会った事も無い、幽荘は特別として神社で会ったのは余程の事だったのかと思える。
「確かに人と共にある物ばかりじゃが、人から祈りや利用で関与はあっても神からはあるまい」
「まあ、確かに……」
「それ程に神側からすれば人間は風景と一緒が普通の感覚じゃの、交流を大事にしようとする儂等がおかしい存在じゃ」
「人間から見たら存在の有無がまず怪しいですからね……近年尚更」
縁はまだ二十年程しか生きてないものの、幽荘の住人と関わり歴史や神について直接知る機会があった。
しかし、普通は御伽話やあやふやな口伝で実在より象徴的な存在認識が普通の人間だろう。
「まあ儂もたかが百年程しか今の生活しとらんからの、千年前からそれまで、祈られようが人など見殺しじゃったし」
物騒な言葉が聞こえたが、これが神の普通。
「じゃあ変わったのは狐音さん?」
「そうなるの〜……あっ!」
狐音は油断して溶けたアイスを床に落とした。
「あっ!……今掃除したのに……」
「ほほほ、すまんのう〜……」
そそくさとアイスを放置して逃げていった狐音に息を吐く。
「人間に近しくなった神だよな」
縁は苦笑してアイスを片付け掃除し直した。
その夜、縁が幽荘に居る間は、皆でご飯を食べて温泉に行く流れが出来ていた。
「おお……スズメさん特製カレー」
スズメが持つ菜園で採れた野菜たっぷりのカレーには思い入れもある。
縁はスプーンを持って考える。
「縁さん?どうかされました?」
スズメが心配そうにしていた。
「あ、いや大丈夫です!……この一つ一つにも神が居るのかなって」
日中の狐音との話が浮かんでいた。
「あらあら、でも厳密にはほんの一部ですかね〜」
スズメは笑いながら言う。
「一つ一つだと皆大変でしょう?だから大きな存在の一部が正しいのかと、動物は一個体で意思がありますけどね」
「……スズメさんは山と鳥を司るって確か」
「そうですね〜大きな山に住まう鳥さん達を包んでいましたよ〜」
スケールのデカい話で現実味が無くなるよなと、縁は思った。しかし、目の前のスズメは確かに存在する。
「人も神様だと私は思うのです」
「え?」
「今、皆で食卓を囲むけれど私達は無くても生きられる。人が神に祈るように私達は人に影響されて真似てるのですよ」
スズメは優しい顔で縁を見る。
「私、自然を少なくされて今の姿ですが毎日楽しんでますよ。毎日が違う密度の濃さを味わえるのは人の特権です」
うふふと上品に笑いながらカレーを味わうスズメ、やはり縁よりも遥かに器が違う気がした。
「安心してください、縁さんの事は未来永劫覚えてますので」
神からのお墨付きだ、人の身ながらありがたいと縁はカレーを口にした。
「管理人さーん!ほらぁ私の載る雑誌が出たんですわよ〜」
温泉から上がり休息のバルコニーに行くと女性陣が固まって雑誌を読み耽ってる。
皆温泉上がりで色っぽく、雑誌に集中出来るか怪しかった……が、雑誌を開いて吹き飛んだ。
モデルの業界はあまり知らない縁ですら知る世界的ファッションショー、パリコレと呼ばれるモデルとしてユウメが載っているのだ。
「ちょ……え?ユウメさんこんなのに出るの……?」
皆が縁の驚きようにポカンとしている。
「そんな〜たまたまショー監督さんからお話があっただけですわよ〜」
「いやいや、……そう、人間の世界でもトップクラスじゃないと出れませんって……」
女性陣はそれぞれに「そんなに凄いんだ」「綺麗さが違うものね」と口にしている。
「私、去年モデルを辞めようかと悩んでたでしょ?でも、大きな舞台に立てたのは管理人さんのおかげ。だから管理人さんが凄いですのよ?」
元々の美人具合に湯上がりの凄まじい色気が相まって、ユウメは誘惑の神じゃないかと思えてしまう。
あまり近づかれすぎると困った事になるので、距離を取ろうとした。
しかし、ユウメは「いやーん」と言いながら胸を腕に密着させてきた。
(これは……また温泉前から飲んだな?)
幽荘の中でもトップクラスの美貌、そしてトップクラスの酒好きである。いくら注意してても辞めない。
そして困るのが距離感が異常に近くなる、と言うかくっつく。
温泉内裸であろうとだ、幽荘のなかで裸遭遇率もトップクラスのユウメに縁は困り果てる。
「ちょっと……ユウメさん、ダメですって!お水飲みましょ!」
冷蔵庫から水を出しユウメに渡す。
「うーん、縁帰ってからユウメのテンションが高いままじゃのう」
他人事のように雑誌を見ながら狐音は呟く。
嬉しいが美人すぎて色々困るのだ。
「管理人さん……私も頑張ってます……わよ……」
そう言い残してユウメは寝てしまった。
「ユウメさん……ここで寝ないで……」
「ふふ、人間を理解しようと人間の世界で成功するまで頑張ってきたんじゃ、たまには許してやれ」
狐音は寝落ちたユウメの頭を撫でる。
縁はそんな姿を見つめ「……十分だけですよ」と好きにさせた。
翌朝、縁の部屋がノックされる。
(ん?誰だ?こんな朝から)
縁はドアを開けて目を見開いた。
キリッとした力強さを感じる眼、綺麗な腹筋が見えるヘソだしファッションの強そうなギャル、ヘビメが立っている。
「あの……おはようございます?」
「おはよう、アンタの絵描かせて」
ヘビメはいつも突然だ。そして拒否は許さない圧を持つ。
「え?、いや、まあ午前中だったら大丈夫ですが……」
「いいわ、そこで描き切るから」
縁はまた脱いでヌードにされるのだろうかとよぎる。
「今日はアンタの部屋でいつもの勉強しててくれたら良いわ」
教員を目指す為に自主学習は習慣化している縁、だがその部分を切り取る絵とは……面白いのか?と思ってしまった。
「全く良い感じに育ててた筋肉を萎ませて……まあそれだけ受験に向き合ったんでしょう。頑張ったのね」
ヘビメはツンツンしたギャルだが、しっかり見ていて評価をしてくれる。
絵画のアーティストらしい気難しい所もあるが、優しいのだ。
「はは、ありがとうございます」
「ほら、いつものように机に向かいなさい」
縁は机に向かい参考書を解き進める、その横姿を集中して絵に起こしていく。
初めての事だノートに書いてる姿をキャンパスに描かれるなんて。
「多少話しながらでも大丈夫よ、おおまかにデッサンするだけただから」
縁は気になっていた事を聞いてみた。
「ヘビメさんはやっぱり幽荘を出たかったんですよね?嫌いとかじゃ無く、自分の挑戦として」
「……そうね、元々パパがここでならって事で来て十年くらいかな。アナタから見てアタシは幾つに見えてる?」
急に質問が飛んで悩む、実年齢は四十だが見た目は二十代に届くか否かと言うところ。
「なんでいきなり……」
「私は両親の性質をきっちり受け継いだ神なんでしやうね、老いはあるけどかなり遅く進む」
「はい、まさに今そうですよね」
「人間、特に創作する者の時間は余りにも短いの。母も嘆いてはいた、受け入れるけど描く時間が無さすぎるってね」
過去有名な画家も寿命と老いで苦しんだ、それを考えるとヘビメは大きなアドバンテージを持つ。
「この武器は大切にしたい、後は環境が必要なの」
「環境……ですか」
「そう、幽荘に男は居ないし自然しか無い。風景画は鍛えられたけどまだまだ知らないテーマが世界にある、だから東京で広げたいのよ」
並々ならぬ決意が伺える、きっと来年と言わず必ずいつか世界に出るだろう。
「ネコメは高卒目指して、私は専門を目指す。幽荘から二人の……いいえ、アンタ含め三人が古い体制を広げる今しか無いって思うの」
神の系譜に当たるネコメもヘビメも人に近いしルーツがある、ある種幽荘の先駆者だろう。
「狐音、ユウメ、スズメはこの場所に居てくれる。私達はその幽荘を背負って世界に出てやるのよ」
ヘビメは強い眼差しで言い切った。
「……そんな先陣切ったアンタを残しておくのよ」
そう言ってキャンパスを裏返し、縁に見せた。
男が机に向かい未来の為に勉強する絵、モデルが自分だが恥ずかしさは無く、ちょっと知性が見受けられる。
「部屋にでも飾っときなさい、あげるわ」
そう言ってヘビメは道具を直して手を振り帰ってしまった。
ツンツンしてるように見えて、しっかり想いがある。
縁は笑いながら絵を壁に飾った。
午前中はヘビメにモデルとされたが、午後からはネコメの先生をする。
高校三年レベルのテストを受けたいらしく、気合いを入れていた。
「来年には卒業になるのかな?オンライン学習?オンライン高校?は何をもって卒業なんだろ」
縁は近年で創設された特殊形態の修学システムは、田舎には便利だなと思う反面実態が見にくいと感じていた。
ネコメは自前のパソコンから参加しているし、カメラを使って講師と生徒同士顔を合わせながらプログラムを進めるらしい。
様々な理由から選ぶ子供が増えてるそうだが、まだまだ偏見もありそうな世界だ。
今日ネコメにお願いされたのは、自身が人間社会の高校生クラスでどのぐらいの学力を持ててるのかを知りたい。言わば評価付けが欲しいとの事だ。
「学力を評価するっても、俺こないだまで二浪してたからなぁ……」
縁は自虐気味に笑い二〇一号室、ネコメの部屋をノックした。
「お兄ちゃん、どうぞ」
ネコメが出てきて部屋に招かれる。
久しぶりに来たが、ガジェットの類が増えているものの部屋自体が明るくなっている。
初めて来た時は初めて幽荘に来た日で初めて助けた住人だった。
一年で変わるんだなと懐かしみながら部屋を見渡す。
「恥ずかしいからジロジロは見ないで」
ネコメに可愛く怒られた、謝りながら本題に入る。
「えっと、何かの過去問解いたんだよね?」
「うん、ネットで集めてここ数年のテストを……これ」
「どれどれ……なんか見た事あるな」
縁はつい最近に見たような記憶があると思いながらパラパラ中を拝見していく。
ある程度進んで気付いた。
「……これ、今年の共通テストの問題……?」
「テストってあったからやってみたの、まだ難しかったけど」
ネコメは恥ずかしがりながら具合はどうだろうと、縁を伺っている。
対して縁は驚きのあまり固まっている。
(いや、これは……)
あまりにじっくりと見入る縁にネコメは少し不安そうだが、縁は添削を進めて評価に入った。
「……ネコメちゃん、凄すぎる」
「え?」
「このテストは俺も受けた大学入試でやるテストだよ、高校三年間にプラス難しさを上乗せしたようなテスト」
「そうなの?」
「それを今の段階で七割は取れている、どの科目も。答えや参考は見てないよね?」
「うん、テスト環境と合わせてやってみたよ」
この子は頭が良い、これなら今時点で大学に行くのも狙える学力がある。
「ネコメちゃんは管理人になりたいって言ってたけど大学は考えてないの?」
「うーん、高卒資格があればしか考えてなかったの」
地頭が良く純粋、本当に羨ましくなるくらい眩しい。
「そっか……まあ大学はともかく建物の管理人に関わる資格なんかあるし狙っても良いかもね」
「お兄ちゃんは持ってるの?」
「いいや、無くても出来るけど有れば有利になる……人間社会のアパートとかならね」
ここ幽荘はちょっと特殊なので人社会で考えにくいのだが、無いより有る方がまあ良いだろう。
「調べてみる!」
「ああ、ネコメちゃんなら心配ないな」
その後は久しぶりに二人きりのお喋りを楽しみながら、大学について語り合った。
「ふーっ……明日帰らないとな」
縁は皆と晴れやかに過ごせたゴールデンウィークを思い返した。
皆変わらないけど変わってる、それは自分もだ。
人生観が変わり人生そのもののターニングポイントになった幽荘、今後も胸を張って来れるようにしたい。
コンコン
「はーい?」
「お兄ちゃん、ご飯出来たから皆で食べよう!」
ネコメが呼びに来てくれた。
皆が優しく人は自分だけ、なのに怖いどころか包まれる安心感だ。
「ありがとう、今行くよ」




