過去から今へと
隆二と里子は村を出た、両親達へは手紙を置いて。
そして狐音に婚姻の誓いの手紙を送り。
「里子、生きよう」
「ええ」
二人はまず衣食住の確保からだった。
丁度世の中は大阪で行われる世界規模の万国博覧会が開かれるとの事で全国から人が集まっていた。
そこには勿論仕事も発生している。
二人は大阪を目指した、僅かな金銭を持って。
なんとか辿り着いた先で隆二には住み込みの仕事が見つかった、未成年であるが万博の工事に携わる人手として。
拾われた先が良かったのか人手が足りなかったのか、会社の社長は色々と察していただろう。
里子もまとめて採用し、里子には万博内の案内スタッフの仕事も紹介してくれた。
確実に合法的とは言えないが生きていくしか無かった。
村を捨て、皆に黙ったまま出てきたのだから。
後戻り出来ない二人は力を合わせ、生活の基盤を作っていった……
そんながむしゃらをしていれば時はあっという間に過ぎる、早いもので三十年近い時が過ぎていた。
隆二と里子は四十歳を越えた辺り、時代は昭和が終わり平成と呼ばれる時代に入っていた。
隆二と里子は稼ぎの殆どを蓄えにしていた、生き続ける為に、周囲がばら撒きに近い金の使い方をしていても堅実に。
それが功を奏したのは平成に入りすぐの時だった、それまでのバブル好景気が弾け日本経済は冬の時代を迎える。
二人はそんな中小さな人材派遣会社を立ち上げ、世の中を強く生き延びた。
そして、里子は縁を身籠る。
互いに若くはなくなった、だから子供は諦めていた時の知らせに隆二は舞い上がった。
里子も夢のようだと喜ぶ。
時が過ぎ縁は生まれ、健やかに自由に育てた。
幽導村の事は伏せたまま……
胸を張っては言えない事だ、せめて我が子には知らずに大きくなって欲しい。
二人は始めその想いであったのだ。
事情が変わったのは、縁が大学受験に失敗し浪人になった時だ。
それまで確かに学力については、自分達親が働き詰めで見てやれなかったのもある。
ただ、明らかに縁は落ち込み気力が無くなっていた。
生きてくれさえすれば良い、親として隆二と里子は見守った。
一年経って二度目の挑戦……縁はまた失敗してしまった。
何度もチャレンジは出来ない、人の時間は有限で短いのだから。
縁は泣きながら謝りながら、まだ進学かそれとも就職かの迷いを見せながら日々を虚しく過ごす姿を見せた。
里子は隆二に相談を持ち掛けた。
「あなた……縁を……幽荘の皆に会って頂くのはどうかしら」
「……バカを言うな、今更頼るわけには」
「私の、今の一番は縁なの。」
「里子……」
隆二と里子は筆を取り、狐音宛てに手紙を書いた。
四十年経っても住所は覚えてる、村は無くなっただろうが幽荘は有ると確信に近いものはあった。
「子を成し、今その子が追い詰められ未来への気力が揺らいでいる。
力を貸して欲しい、幽荘の住人に会ってちっぽけな存在ではない事を気付かせて欲しい」
そんな内容だった。
虫がいい話だと隆二は顔を歪めた、勝手に村を出て滅ぼした最後の子供達が時が経ち自身の子供を救って欲しいなどと。
自身の禊の為に、狐音へ生贄を捧げる気分だった。
手紙を送りすぐに返事が返ってきた。
「主らの子、この夏の間管理人として預かろう」
期間限定で受け入れの旨が伝えられた、隆二は驚き里子は「ほらね、私達が生きてる間にお礼に行かなきゃ」と考えてる。
幽荘に関わる事が、人だらけの世界だけど実はそうじゃない、生きるには色んな事が起こると縁に知って欲しい。
「我が一族のしきたりにより二十歳でニートしてるお前を代々縁のあるアパート管理人とする!」
「ううっ!縁ちゃんがんばってね…」
——現在
縁は両親の過去、そして何故幽荘に送られたのかを全て聞いた。
「俺、そんな無気力だった?」
「周りが死ぬんじゃないかと思ってしまうぐらいにな」
「縁ちゃんはもう心に背負いすぎてるのに、まだ前を向こうとするから辛くなるのよ」
自分ではわからないが、良い顔をして無かったようである。
両親の過去と幽荘が繋がり、狐音が詳細は伏せたままだったのもわかった。
しかし、気になる事が話の中で出てきた。
「父さん、この夏だけってのはなんだ?何か聞いてる?」
「いや、それは知らん狐音さんからの指示だったからな」
期間限定の事は聞いておらず、普通に幽荘に帰るつもりだが大丈夫なのだろうか?
スマホを取り出し通話を繋ぐ。
「なんじゃ縁よ、家には着いたのか?」
通話で聞けば早いだろうとスピーカーで繋げ、聞こえた声に両親が歓声を上げた。
「き、狐音さん……!」
「狐音さん……お変わりない声……!」
とんでもない驚きようだ、よく考えたら最近普及したスマホを狐音が持ってるとは微塵に思ってなかったのだろう。なんせ四十年前が最後に会った両親だ。
「ぬ?もしや隆二と里子か?」
「はい、えっと聞きたい事があって通話したんですけど……」
チラッと両親を見れば二人共懐かしさと感動から固まっている。
縁はビデオ通話リクエストをした。
両親側に座り直しスマホを縦掛け、しばらく待つと画面が変わる。
縁はこの夏共に過ごして、つい数時間前に見送ってくれた存在。
だが、両親は違う。
四十年振りに見る全く変わらない女性、狐音が画面に居るのだ。
「狐音ねーちゃん……」
「狐音さん……本当にあの時のまま……」
「隆二、里子……お主らちゃんと歳取ってるの!」
両親は涙を流して村を出た事を謝りながら、縁について感謝を述べている。
狐音はうんうんと頷きながら優しい目で見つめている
このままでは縁が喋れない、少し強引に割り込み聞きたい事だけ聞く。
「すいません話してますが、あの僕がこの夏だけの約束とは?」
「うむ、お主達には言っておらんかったの。縁よ、儂はお主の両親より気力を無くしたお主に幽荘と、その住人達を合わせて欲しいと受けた」
「はい、それは聞きましたね……自分でも良い出会いさせて貰えました」
「ならば問う、お主の将来の夢はなんじゃ?」
将来の夢、明確に持った事は無いしすぐに答えれなかった。
「……ふむ、まだ時間は必要じゃな」
「すいません、でもなりたい者とかが無くて……」
「人の人生は短い、お主の両親は夢を捨て半生を掛けて生き、お主を産んだはず」
言葉を出せなかった、両親の過去は半生どころか一生に近い。そこに夢は無く生きる事に力を注いだ。
その中で生まれた縁には夢を持たそうとしたのだ。
「お主は次の受験に向けて幽荘に帰ってくるな、そして一段絡したらまた来るのじゃ」
「次の春までって事ですか……?」
「うむ、その間でお主の夢について考えよ……待っとるぞ縁や」
「……はい、自分なりに探します」
思わぬ形で縁の幽荘管理人としての勤めは一旦終わりを迎える。
スマホは積もる話をしだした両親と狐音、それに狐音がユウメとスズメも呼んでいるのが見え、昔馴染み達でそっとしておこうとスマホはそのままで部屋に行く。
久しぶりの自分のベッドに横になる。
将来の夢、幾度か幽荘内でも話題にされた。
頭ではわかってても上手く道筋が見えてこない、例えばプロ野球選手になりたい!と憧れる事はあっても夢には描けない。
夢を描くのは、その夢のスタート地点に辿り着く為の目標と道筋が現実的に必要だ。
程度の差はあれ、どのスタート地点が今のゴールなのかが縁には無い。
「私は幽荘の管理人になりたいの」
「アタシは世界に出ていきたい」
幽荘の若い人ならざる者の二人、ネコメとヘビメは夢を持ち道を歩いていた。
縁は浪人になってからも大学を目指していたつもりだったが、いつの間にか浪人から抜け出す事しか考えてなかったと気付く。
抜け出した先で何をするのか?大学で何を学ぶつもりだったのかが無かった。
両親は命懸けで二人で生きる事だけを覚悟して十代前半で村を出た。
ある意味では夢を叶えて、その先の夢の産物の縁が生まれてもいる。
しかし、自分が今その覚悟が出来るかはノーだろう。
幽荘で見聞きした事は壮大な過去や想いばかりだ。
その礎があるから人も、人ならざる者も存在し続けてる。
狐音は百年以上近代から現代まで見続けてきたのだろう、そして悠久を生きる存在だから紡ぐ様を見届けたいの想いが伝わる。
「夢か……」
縁は本棚の大学一覧が載った資料を取り出した。
これまでの選び方は距離や学費、なんとなく得意な学科といったパーツを集めて選定する所であった。
短期間での志望変更は不利かもしれない、ただこれは自分に対する最後の受験挑戦だ。
悔いなく挑みたかった、今の目標は幽荘に報告をする事。「見つけて進む」姿を想像してもらう事だ。
急に皆に会えなくなった、夏は勉強面では緩く過ごしてしまった。ライバル達と差がある現状は受け入れる。
やりたい事を探しながら、その選択が来た時にもぎ取る力を付ける。それが縁の今準備すべき事だ。
「遠回りしたけど、遠回り先で良かった」
縁に火が付いた、皆に会いに行く。
原動力ははっきりしていた。
「縁〜スマホありがとうなーもう涙がとまら……」
隆二は机に向かう縁の気迫に黙った。
邪魔しないように静かに部屋を後にした。
「里子」
あの頃のまま、挨拶も出来ず別れた幽荘面々は四十年分を受け止めてくれた。
通話は終わったが、その反動で泣き止めれない里子に隆二は声を掛けた。
「ウッ…グス……隆二さん……縁ちゃんは?」
「今は少しそっとしよう、俺達には出来なかった事に向き合ってるよ」
「幽荘に、狐音さんに感謝ね……」
「ああ、馬鹿野郎と恫喝されてもおかしく無い。なのにな……感謝しかないよ」
八月も終わりを迎えようとする中、縁は一旦幽荘から離れ自分を見つめ直した。
幽荘から学んだ想いを胸に。




