過去の話②
——四十年前、幽導村
昭和後期には現代における「人の暮らしをサポートする機器」の原型は出揃ってきていた。
時代もバブル全盛期に向かい好景気はいつまでもいつまでも側にあると思われていた。
それは、それまでの先人が積み上げた土台だったが土台にも強度がある。
乗り過ぎれば潰れる、確認を怠ればヒビに気付かない。
それだけ国内は浮かれていた頃の幽導村では、遂に隆二と里子しか若いとされる人間は居なかった。
田舎の者はこぞって都会に寄り、気合いと根性で稼ぐ。
だが隆二と里子はそれを選ばなかった。
幽荘も世の中の流れは見ていたが、波に乗らず観察していたような状態だった。
テレビを見ながら遊びに来ていた子供らに狐音は聞いた、「おぬしら夢はあるのか?」
隆二、里子、ジャノメ、リュウメ、この四人はこの時十代前半。厳密に言えば隆二と里子だけなのだが幽導村の悪ガキ四天王等と言われていた。
「俺は大工職人になってここ、幽荘みたいに人を拾うぞ!」
ジャノメは力強く宣言する。
「ふむ、なら勉強せねばのう」
「ぐっ!……」
「私は孤児院の仕事に就きたいな、大変とは聞くけど使命だと思ってるから……」
「リュウメは偉いが、自己犠牲だけでは救えん。力と知恵をつけるんじゃぞ」
「俺達は……」
「……村を作り直したいの」
狐音は目を見開く。
「お主ら……じゃが残酷ながらお主達で最後になろう、悔いる前に若い間で街に出て……」
「狐音さんもどうして俺達をここから出そうとするんだよ!」
「隆二……」
若き隆二、そして里子は滅ぶ村の運命に抗いたかった。
それほどに生まれ育った、この村と幽荘が好きだったのだ。
「……お主らの気持ちは痛いほど伝わる、しかし誰が何をどのように何を用いてどのような形を作るか計画はあるか?人の世の中は更に金も要る、尚更外に出て稼ぎながら世界を見るべきじゃないか?」
「狐音さん……隆二は悔しいんだよ」
里子は涙を溜めて言う。
「私も隆二も人間だから人間の時間の流れに任さなきゃいけないのはわかってる!でも……理屈じゃないの」
狐音は言葉が出なかった、子供だからこそ力が足りない現実が目の前に迫り、拒否できない状況にされてしまう。「子供だから」の一言で。
これが狐音やジャノメ、リュウメ、幽荘の住人は違ってくる。
どうしても人ならざる者の力と命の特性で、力と時間がある分で人より余裕があるだろう。
隆二と里子だけが苦しんでいた。
しかし、何気なく聞いた夢の話にここまで入れ込んだ感情が狐音には理解出来ない。
いつもの二人とは何か様子が違う。
狐音は涙を流す二人を撫で、目線を合わせて聞いた。
「お主ら、家で何かあったのか?」
二人は少しの間沈黙をする。
ジャノメとリュウメも見守る。
そして隆二が口を開いた。
「爺ちゃん婆ちゃんと父ちゃん母ちゃんが毎日言い合いしてるんだ、村を去ろうって」
「私も……」
狐音は理解した、この田舎ではもう生きられないとこまで来ていると。
街に移れば医療に教育に仕事、生活が格段に高水準になる、それは子供にとってはプラス。
しかし年寄りからすれば長い年月住んだ地元の消滅を自らで行う行動、事実幽導村と名前はあるが隆二の家と里子の家しか残ってないのだ。
移住する良いタイミングの好景気な世の中と、その一手が村の歴史を終わらせる。
ここまでは大人の考えと都合。
子供達は未来の夢がある。
狐音も悩ましい問題であった。
「儂に決断は出来ん、見守ることしか出来ずにすまんの……」
そう振り絞るのが精一杯だ。
「ジャノメもリュウメも時間があるよ、けど私達は短すぎる」
里子は言う。
子供の少ない村で半分は人外の者、子供ながらに感じ思春期に当たって自分の中にある違いが大きくなってしまったのだ。
事実同じくらいで遊んでいた四人は兄弟と呼んでも差し支えない見た目の差が出ていた。
人の老化と人外の老化は速度が違いすぎる。
また、狐音含め幽荘の住人は若い身体で止める事もできる。
人にブレーキは無い、ただ進むのみ。
「頭ではわかってるんだよ、でも生まれ育ったここを……時の流れって理由で幽荘の皆と離れていくのが嫌なんだ」
隆二は悔しさを滲ます。
そして狐音は口を開いた。
「儂も儂等人ならざる者と、人の差に悩んだ事はある」
狐音は窓を見て思い出しながら語る。
「命の長さは違う、ただ儂らには無い人間の力もある。意思を繋ぎ子を繋ぎ……それはお主らの特権であり唯一の力じゃ」
狐音の生きた時間で至った感情、人は繋ぐ生き物。
栄枯盛衰した遥かな昔から人は爆発的繁栄をしたのだ、それは何度も代を重ねたから起こり得た事。
人外の時を生きる者では起こせない。
「だから、村が消えたとてお主らの意思は途絶えん。むしろ儂らが語り継いでやるわい」
悠久を生きる者だからこそ、今度は語り継ぐ側になれる。
狐音は笑い隆二と里子を再び撫でた。
「儂はお主らよりこの村を知る、だが理解は出来ん。だから教えとくれ、お主らが何を成し何を残してくれたのかを」
「狐音さん……」
「ジャノメ、リュウメ……」
隆二と里子は安心して任せ、生きろと言われた気がした。
そして、兼ねてより二人で計画をしていた事を打ち明けた。
「俺達は……好き同士なんだ」
「私達の親も認めてくれている、でも法律上結婚はまだ出来ないの」
未成年であるが故に尚もどかしい原因なのだろう。
狐音達の感覚ではどうしても人の法には鈍くなる。
「え?ダメなの?」
ジャノメが不思議そうに言う。
「ジャノちゃん、人間社会で生きるなら法律が必ず出てくるわ」
リュウメは呆れながらもジャノメに説明する。
人の科学力の進化に合わせて法律と言うルールも整備されていく。
それもまた形を変え時代に合わせ……
わかりやすいものから、わかりにくいものまで。
「だから、駆け落ちを考えている」
「両親達には心配をかけちゃうけど、今隆二と離されて街に出るなら……」
二人はそこまで思い詰めたのかと、狐音は目を細めた。
ジャノメとリュウメも話を止めて二人を見る、そしてジャノメが声を荒げる。
「そんな事してお前ら二人だけで生きれるのかよ!」
「わからない、けれど今を親に任せるよりマシだろ!」
隆二も反論してしまう、リュウメは里子に問うてる。
「私達だけじゃ無い、幽荘の皆にタカさんや狐子さんも絶対に心配するわよ?一時の感情でなら応援出来ないわ」
「……皆が心配するのはわかるよ、それでも私達には限りがあるのよ」
人ならざる者がいくら人に寄り添っても人にはならない、それは狐音達が痛い程わかる。
二人は人間だ、人生の選択が重いが故に、また若さ故に振り切った選択肢が出るのだろう。
「やめい、四人共。考える事と言い争う事は違う」
狐音は子供らを制した、未成熟な者から成熟する過程にある者達に理解は出来るが答えは出せない。
隆二と里子が惹かれあい、人間同士である以上人外の者が人生に口を挟めない。
「隆二、里子、人としての悩み、若さ故の勢いと言うならもう少し考えよ。ジャノメ、リュウメ、儂ら人ならざる者は二人の人生の時間を決める事は出来ん、してはいけない存在なのを忘れるな。」
四人は黙り、その場は解散となった。
そして……数日後、隆二と里子は姿を消した。




