皆とのお話②
幽荘に戻り一旦部屋に帰ろうかとした時だった。
ガチャっと一〇二号室が空きヘビメとネコメが揃って出てきた。
「あれ?二人でどうしたの?」
「縁……デッサンするわよ」
「え?」
「一緒にやろうお兄ちゃん」
ヘビメとネコメにせがまれる、いきなりデッサンとは……?
「安心しなさい服は着ていい」
「ヘビメちゃんがどうしても描きたいんだって」
「いやまあそれなら……」
拒否権等無い、そんな圧をヘビメから感じる。
ネコメもなにかウキウキしているし断れないだろう。
「わかりました、でもどこで?」
「バルコニーに行きましょう、二人が座ってる姿を描きたいの」
既に画材を持っているヘビメは向かい出している、ネコメも着いていく。
話も出来るし良い機会だと追いかけようとした際に離れた所から狐音、ユウメ、スズメが三人揃い微笑んでいるのに気付き会釈しておいた。
縁はネコメと手を繋いで板の間に並んで座り、バルコニーから見える自然の景色を見ていた。
細かくそのポーズでとヘビメの指示だ。
「お兄ちゃん手おっきいね」
無自覚なネコメの可愛さに顔が綻ぶ、そんな二人の後ろ姿を切り取るようにヘビメが背後で筆を動かす音が聞こえる。
「多少動いても話してても良いわよ、雰囲気を描きたいだけだから」
今回のデッサンは割と緩い、前回は半裸で様々なポーズ固定だった分楽である。
「ネコメちゃんは……ここの管理人やりたいんだよね?」
「うん、孤児の子を受け入れて送り出せるようになりたい」
「そっか……俺も早くここを卒業?大学入学?してバトンタッチ出来るようにしないとな」
「それは寂しいけどお兄ちゃんの後は任せて」
早くも次世代に繋げそうで少し安心するが、縁自身浪人から抜けなければいつまでも幽荘にお世話になる。それは甘えちゃいけないところだ。
「……ネコメちゃん」
「なぁに?」
「ネコメちゃんは狐音さんから神様の事とか聞いているの?」
「うん、ここに来た時に言われたよ。私は猫に由来する血筋なんだって、でももう人に限りなく近いみたい」
「そうなんだ……」
幽荘で一番若いネコメも、やはり神の系譜であり資格があったから幽荘に来たと推測出来た。
本来ならまだ孤児院に居てもおかしく無い容姿、孤児院院長のリュウメが何かを感じたネコメ……おそらく同じようにユウメが感じた孤児院の男の子トラメもじゃないかと、縁は外を見ながらぼんやりと思っていた。
「何で俺はここに来れたんだろうね?」
「優しいからだよ」
ネコメは純粋にそう思っている様で、優しいと答えてくれる。
答えにはなってないのだが、それで良いと縁は笑う。
「ちょっと大きく動いちゃダメよ」
縁とネコメの後ろで二人を描くヘビメから注意される。
「すいません……」
「全く、でも良い雰囲気よお二人さん。景色も良くて文字通り絵になるわ」
アーティストモードのヘビメがさらりと称賛してくれる、きっと良い絵が描けてるのだろう。
「……ヘビメさんは」
「何?」
「自分が神の系譜っていつ知ったんですか?」
ヘビメの父ジャノメはかつて蛇神として恐れられた神らしい、そんな神も時代の流れと人間の勢いに押されてしまった。
「物心付いた頃から言われてたわよ、パパもだけどママからもね」
「ヘビメさんのお母さん……そう言えば世界飛び回る画家って言ってましたが、お母さんも幽導村か幽荘かの出身で?」
「いいえ違うわ、戦後の日本は締め付けから自由に転換した事で富を持つ者と持たない者の二極化したの」
「あぁ、話に聞いた事あるような。軍将校の成金と物乞いの話だったかな?」
「当時は芸術よりも食糧優先だったようね、だからママは押さえつけられていた」
「そうか、敵国の文化を規制してたんだ……」
戦争中は非国民と呼ばれ、敗戦して自由かと思えば生き延びるので精一杯。
頭の回る者がお金を上手く稼ぎ成金と呼ばれて、以降の高度経済成長の民間企業の先頭でスタートしていく。
「ママの一族は上手くやれた側だった、復興が落ち着いたときにママは単身全てを捨てて絵画に没頭したのよ。それまで押さえつけられたモノを解き放つように、日本中を周ったって」
「その周る過程でここに来たんですね?」
「そうよ、パパとはその時に出会った……と言うか食べられそうになったらしいわ」
縁は目が点になった、横で静かに聞いているネコメも口が空いている。
「食べら……え?」
「アンタ達からすれば怖い話だけど、パパからすれば蛇神と言われた暴れ神よ?当時はそれだけ人も動物も神も生きるのに必死な層が居たの」
何故そんな状況からヘビメが産まれるまでに至ったのだろう。
「ママはパパを張り倒して絵を描かせろと裸にしたらしいわね」
あのジャノメを張り倒して……裸にひん剥く、ヘビメの母も神なのか……?
「パパは想定外の勢いと絵画に向ける眼に負けたって言ってたわね、それで惚れたから口説いたんだって」
「それで上手くいったと……」
「条件出したらしいわ、人を食わない事と人と共生し大人になればと。当時は子供の姿って言ってたからね、そして共生を学ぶ為幽荘にパパは行き着いたの」
まさか、ジャノメが幽荘に来た理由はそんな事だったとは……
「お兄ちゃん、ジャノメさん凄いね。好きな人の為に変わったんだよ」
ネコメはキラキラと感動している、恋バナ的なのに興味あるんだろうか?
「じゃあここで少し成長してからお母さんに再アタックされたんですね」
「執念よ、その時には日本のどこかに居たらしいのを見つけ出してプロポーズしに行ったんだから」
「あの、ヘビメさんのお母さんも神様的な?」
「違うわ、純粋な人間よ。こないだ送ってきた写真がコレよ」
ヘビメは縁とネコメの前に座り直しスマホの画像を見せる。
そこにはヘビメのキリッとした目がそっくりで、でもどこか全体が柔らかな雰囲気で笑う老婆の姿があった。
「え?この方がヘビメさんの……お母さん?」
「人間やネコメのように人に近い者は人間の速度で老いていくわ、神に近ければ老いは遅くなる。狐音なんか千年以上生きてるのよ?不思議じゃないわ」
比較する対象がおかしいが、深く歴史や人達の話を聞いてきた縁は納得するしかなかった。
ここで縁は疑問が生まれた、ヘビメは見た目縁と同年代の大学生かもう少し下くらいに見える。ヘビメは何歳なんだと思った。
「あの、ヘビメさんって何歳ですか……?」
「アンタ女に聞くのは怒られるわよ、全くアタシはもう四十になるわよ。言っとくけど私達の基準なら赤ちゃんよ」
縁は瞳孔を開かせ驚いた、まさか二倍も違うとは……
「……ママは人間、パパは神だからどんなに抗っても差が生まれ先にママが逝く事になるわ。でもアタシもパパも受け入れている、だから精一杯好きな事をやって欲しい……って言ったら世界に出ちゃったけどね。死んでもすぐわかんないわよ」
ヘビメ親子の覚悟が伝わる、縁は感動していた。
横のネコメは泣いていて、ヘビメに涙を拭いてもらってる。
「さ、もう描けてるわよ。ご覧なさい」
ヘビメがイーゼルを返し二人に絵を見せる。
夏の日、兄妹が仲良く手を繋ぎ素敵なウッドデッキから目の前の自然を眺めている。素人にもわかるせんさいで複雑な色の数と配置、何より絵が放つ爽やかなオーラが縁とネコメの心を奪う。
「わぁ……凄いねお兄ちゃん」
「うん……魅入っちゃうよね」
「アンタ達の雰囲気が上手く出たわ、これコンクールに出しても良いかもね」
ネコメとの雰囲気がこんな風に見えるのかと恥ずかしい、しかしコンクールに出すか否かを考えるヘビメからすれば会心の出来だろう。
「是非出してみてください」
「ヘビメちゃん、私からもお願い。だって凄い素敵」
ヘビメはお願いされた二人に目を丸くしているが、息を吐き笑った。
「モデルから了承得れたなら出すしかないわね」
三人は笑い合い、デッサンは終わりを迎えた。
——チャプン
縁は温泉に浸かりながら幽荘についてを考える。
鎮魂祭で目の当たりにした、この地域と人々への想い。
幽荘に関わってきた人々の話。
そして狐音から明かされた神と人との始まったばかりの共生時代。
様々な事が昨日今日で詰め込まれパンクしそうだ。
その中で、縁は未だ何も聞けてない相手に話をするべきだなと決めていた。
——女湯
「狐音姐さん……」
「うむ、後は縁が向き合い聞き出す事じゃ。」
「そうですわね……」
「縁が変わったのか否かを判断される時期じゃ、ここに居れるのも後少し。その約束の下で縁を受け入れたのじゃからの」
狐音とその一部、ユウメは二人夜空を見上げていた。




