土地神が見てきたもの
縁と狐音は温泉から上がりバルコニーに居た。
互いにお酒を持ち星を眺めながらで。
「続きを始めようかのう」
狐音は温泉上がりで美しくもふもふになった尻尾をピタンピタンと動かしながら話しだした。
「あの、その前に……狐音さんは勝手に祀られて子供を生贄みたいに捧げられ嫌じゃ無かったんですか?」
星を眺めながら尻尾だけを動かして考える狐音。
「そうじゃの、少なくとも儂からすれば喰いはできないし助ける力も無い。だから勝手にされた事に思う事は無かった、冷たいけどの」
「そうですか……」
「……幽荘を建てたのは幽導村の若き村長じゃ」
「え?」
「名を九兵衛、流行病で両親を無くし遺産を継いでここを建てた」
ポツリポツリと狐音は懐かしむように語る。
「明治初期、この辺りで大人がかかる流行病が起こり皆が儂をすがってきた。もちろん病魔なぞ治せん、それまで通りに儂は儂で暮らしていた」
「ずっと……それこそ何百年もですもんね」
「儂の気を引いたのが九兵衛じゃった、奴は儂の元にやって来てお願いや奉納ではなく命令してきたんじゃ」
「め、命令?」
「そう、荘を建てるから住め!とな」
狐音は笑いながら回想を進める
「妖狐か妖怪かは関係無い、女の独り身なら安全な場所に住めるよう俺が手配する!とな。両親を失い村長になったばかりの、今の縁よりも若い身で……奴は幽導村の村民を一番に考えておった。そこに儂も入れておったんじゃ」
とんでもない正義感と器だ、いくら見た目が若い女と言え神に対しての行動とは思えない。
「そこから当時最新の建築技法で幽荘が建った、儂が最初の住人……と言うより儂がおった所に無理矢理被せたんじゃな。なかなか強引じゃったわい」
カラカラと笑う狐音は続ける。
「部屋は六部屋、空きは五部屋じゃろ?とりあえず近隣で溢れていた孤児を二人一部屋当て、寝床の確保を多くしたのじゃ」
「二人一部屋って孤児院じゃないですか」
「孤児院と違うのは管理人や世話人がおらん事じゃな、助け合いはあったが皆独立しておった。儂も気まぐれに長年で培った経験や技術を見せてやったよ」
「そうやって幽荘の基礎が出来たのか……」
「それが少し違うんじゃ」
「え?そのまま今じゃなく?」
「さっき温泉でも少し触れたが、世界大戦が起きたんじゃ。大人や財産は全て没収され子供も早くから動員される世の中になる」
「あ……」
歴史の授業、そして毎年夏にニュースになる第二次世界大戦が来る。
「九兵衛も戦争が始まる頃には良い年齢、資産を持ち真っ先に徴収された。その前日に儂のとこへ来た」
「最後の挨拶……」
「うむ、二度と会えないのは承知で儂に結婚を申し込んできての。当時じゃ珍しいスタイルじゃな」
「結婚!?」
「奴からの指輪はこの幽荘の土地と建物の所有権じゃったよ、後を頼む……と」
九兵衛は狐音に惚れていたのか、ただ幽荘と当時の幽荘の住人を守ろうとしたのか。今ではわからない、だがなんとなく前者な気はした。
「戦争の影響は疎開先となったこの地でもある、儂は生きれるが術がない子は死んでいく。それは食糧や薬の無い物資的な面じゃ、神通力なんぞ役に立たん。それでも皆必死に生きようとして時間は過ぎた」
「九兵衛さんは……?」
「……終戦間際に手紙が来とったよ、儂は読んどらん。だが帰って来てないのが答えじゃろう」
「……」
今の時代となり口伝も薄くなりつつあると言われている、その時代を生き残れた方々が亡くなり出したからだ。それ以上に生き残りが異端とまでされた、異常な事態が普通になっていたと聞く。
「戦争が終わり、復興に向けて若い働き手が居なくなり出した。都に集中する形でどんどん幽荘からも人が減り儂だけになったのじゃ」
「そんな、一気になんて……でも仕方ないのか」
「その頃の儂は永年生きて……この尾が三本存在した」
「三……?」
「儂は外を見る分身が欲しかった、当時の世界はそれほどに自分の事しか見てなかったんじゃ。始めに生み出したのは狐子じゃよ」
「え?狐子さん?生み出した……?」
縁は少し理解が追いつかなくなってきた。
「ふふ、ここからはお主には少し不思議な話じゃよ。狐子には村を出て外界で暮らす事を命じ、次は幽荘自体に宿る魂と儂の力を合わせてユウメが生まれたんじゃよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!さすがに頭が混乱して……」
「ふむ、まあお主にはそうなるじゃろうの。だから儂らはお主と話を重ねてきた」
現実にあった事だと頭では理解しようとしてても、上書きされる非現実に縁は目を回す。不思議な雰囲気は感じていたが、不思議の元は目の前にあっても不思議が深まるものである。
「まあよい、儂は事実あった事しか語れん。お主はそれを踏まえて話をまず聞いておけ」
「はい……」
縁は手元の酒を呑み息を吐く、少し落ち着きを戻し聴く姿勢を作った。
狐音はそれを見て微笑み一口酒を呑んで、話を続ける。
「狐子は山を越え各地を周り世の中の状態を集めて儂に送った、ユウメは幽荘の一部である事を活かして新たな幽荘の住人を待った。二人とも儂の腕として尽力してくれたのじゃ」
「狐音さんの尻尾が今一本なのは……」
「あ奴らの為に蓄えてた力を分けたからじゃよ、一人一本。妖狐は時間が経つごとに……と言っても人間には測れんがの」
「……それだけの、人?を生む力を持ちながら戦時に使わなかったんですか?」
「言ったじゃろう?儂は儂でダラダラ生きていただけだと、当時は戦争も長い歴史の中の僅かな諍いにしか感じなかったのじゃよ」
「それを……九兵衛さんが変えたんですね」
「そうじゃのう……畏怖され特異な妖として平時は避けられ、事が起これば神と崇められる儂を同等に……むしろ皆と一緒に守る対象にされたのは初めてだったからの」
狐音は寂しそうに、でも嬉しそうに顔を上げ星を見る。
「幽荘として人社会の理を定めるのは儂とユウメだけじゃ出来ん、知らずに生きていたからの。そこに来たのがタカじゃ」
「タカさん?」
「あやつも戦争で孤児になった者、当時は十五かそこらの娘じゃった。幽荘前で行き倒れており、そのまま住み着いた。初代管理人としてな」
初代の幽荘管理人……色々知っていた事が腑に落ちた。
「タカは頭が良く教える事も上手かった、同時期に世界は復興が加速している事を狐子からの報告で儂は知った」
「加速?」
「儂からしたらそれまで人間は数年戦争や疫病と様々な事を数十年、数百年掛けて復興させてきた。それが数年数十年経たぬ内に前以上の物を備える、儂の感覚ではあり得ないスピードで」
近代と現代の間と言うべきか、人の強さが如実に出たとされる時期だろう。
「ただ、そのスピードは人間達の領域での話じゃ」
「え?」
「古くからの神は儂だけでは無い、その土地だったり獣の神だったり……人間世界の拡大が儂らの世界に及んだのじゃ」
「住処を奪う拡大と開発……」
「儂は初めて決めた、幽荘で拾えるなら拾おうとな。初めに来たのは自然と鳥の神の系譜にあったスズメじゃ」
「スズメさんが自然の神……」
「儂のように長く、と言ってもお主からは十分長い時を生きるがスズメは自然破壊から力を弱めておったのじゃ。そこを幽荘に引き取りタカを付けた、人とのバランスを学ぶ場所としてお主が知る幽荘が始まったんじゃよ」
歴史を知る程に幽荘と狐音の想いが伝わってくる、始まりは人間の孤児だったが人では無い者も繋ぐ場所。
数えきれない人々の日常を作り出してきたのだろう。
「次に来たのはリュウメじゃの、元々あの温泉は神聖な池でありリュウメの一族はその系譜になる」
「リュウメさんも神様なんですか?」
「少し違うんじゃが血筋と思えばええ、今ここに居る者は皆特別な存在かその血筋になる」
「……まさか、ウチの両親も?」
「安心せい、お主らは純粋な人間じゃ。まあそこは少し別の問題があったから駆け落ちしたんじゃが……話を戻そう」
(別の問題?)
「リュウメと同じ時ジャノメが来た、ジャノメは蛇神と呼ばれるこの地域の暴れ神だったんじゃが住処と食い物を無くせば力は無くし消滅するのみ。それだけ戦争の破壊と再生でテリトリーが変わったんじゃ」
「狐音さん達、幽荘は大丈夫だったんですか?人間の孤児も受け入れていて、今程便利な物も食糧も無かったんじゃ」
「ふふ、不思議なものでの。身を寄せ合う覚悟があると神も人も神の系譜だろう関係なく生きる力が強くなるんじゃ」
「はぁ、割と根性論なんですね……」
縁はポカンとしてしまい、狐音は笑っている。
「お主の両親、隆二と里子は近くに住んでいた二人で歳の近かったリュウメとジャノメの四人で遊び回っておったの。それを見て儂らにもやっと見守る甲斐が生まれた気がしたよ」
「種族の壁を越えたって事ですか?」
「そうじゃのう、それまで儂なんぞ平安から無気力だったのに変えてくれる程にの」
トクトクと自分のグラスに酒を注ぎ、縁にグラスを出せと合図する。
お酌をしてもらい一息付く。
「それからは受け入れながら、育った者を見送りながら世の中に合わせ暮らしてきた」
「リュウメさんやジャノメさんは、幽荘の経験から自分達で立ち上げて行ったんですね」
「全く、あ奴ららしいの。タカは儂らと居る内に神格化が進んでしまい半分人、半分神になってしもうた。悪い事をしたと思うわい」
「タカさん……後から神に近くなると言う事ですか?」
「今は制御出来ておるが当時はまだ儂も力の出し具合に苦慮しておった、間近で浴び続けると影響があるようでの」
「何か不都合があるんですか?むしろ人からしたら嬉しいような……」
「タカは幽荘管理人として、人として生涯を終えたかったはず。だが半端に寿命が伸び、だが老いは来る。これは拷問に近いじゃろうて」
確かに考えれば良い事ばかりでは無い、老いて尚死ねない事は生き地獄と言われてもおかしくは無いはすだ。
だが縁はタカから継いだペンダントを見ると、タカは違うんじゃ無いかなと思った。
「狐音さん、タカさんは納得してますよ。僕に頼むぞとペンダントも託してくれました。もし納得してないなら遠ざけるはずですし、鎮魂祭にも来なかったはず」
「縁よ……」
「狐音さん達はやれる事をやってきただけです、誇って下さい」
「ふむ、遥か歳下に元気付けられるとはの……ありがとうの」
ぐいっと一気にグラスを飲み干しまた注ぐ、狐音の顔が赤らみ泣いているように見えた。
「お主が来る何年か前にジャノメがヘビメを、リュウメがネコメを連れてきた。」
「お二人がお二人を?」
「ジャノメは職人ながら親バカじゃからの、リュウメは孤児院の院長として感じたのじゃろう。ヘビメは言わずもがな、ネコメは血筋の孤児だと。」
確かに縁が幽荘に来て皆と対面した時、どこか普通じゃない感じがあった。今思えば普通とは自分の普通であって、この場では関係が無い。
「今の住人になり、世の中は更に加速しておる。残念ながらこの辺りは寂れたがの」
「それでも都合の良い印象だけが残っていると……」
「そうじゃな……元々子を手放しやすいと言われた場所を儂らが手厚く濃くしてしまったのは事実じゃ」
歴史は知れた、しかし解決にはならない。だからできる事をやる。
縁は酒を一口含み、夜空を眺めた。
狐音も一口含んで尻尾を振り同じ方角を見た。
——「さ、皆さん今日は帰りましょうか」
バルコニーに続く脱衣所からの通路に四人の姿がある。
皆思い思いの表情で二人の話を聞いていた。
そっと気付かれないように四人はその場を離れていった……




