カレーを作ろう
スズメと共に調理場に帰った縁は山になってる野菜をどうするのか聞いてみる。
「スズメさん、今日は何を作るつもりで?」
「そうですね〜保存してる猪肉と合わせてカレーライスを作りましょう!」
「おお!なんかキャンプみたい!」
「職人さん達が十人くらい、幽荘の皆で六人なので二十人前で設定しましょうか」
「二十人前……この調理場だから出来る事だな」
コンロは六口あるし薪で米が炊ける釜もある、調理器具も個人用から業務用まで揃っている。
しかし不思議なのは、幽荘のアパートには各戸トイレはあるのにキッチンは無く何故こんなに充実させた共用調理場になったのだろう。
いくら田舎アパートと言えど珍しい形態ではあるよなと、縁は疑問に思う。
「スズメさん、ここって設備が凄いじゃないですか?アパート本体はあんなボロいのに……何か理由あったんですか?」
「ん〜私も聞いた話なんですけど、戦時中の集団疎開先としてこの幽導村全体が受け入れ先だったと聞いてますね。もしかしたら集団生活の名残かもしれません」
「戦時中……確か親から聞いた明治か大正に建った幽荘……まあありえるのか」
「詳しい事は狐音さんが知ってるでしょうね〜」
「そうじゃよ、ここは集団生活の場所じゃったんじゃ」
いつの間にか調理場のドアにもたれ掛かって、話を聞いていたらしい狐音が居た。
「あら、狐音さん来られたんですか〜お料理します?」
「儂がやると全部炭になるの知っておろうが、昨日スズメから今日の職人達への差し入れ内容を聞いてたからの」
狐音は今日の事を知っていたのか、しかしせっかくの食材を炭にされては構わない。確か狐音に初め会った時に軽食をくれたが冷凍食品だった、火加減とか知らなそうだもん。
「お主何か失礼な事を考えとらんか?」
「いいえ、と言うか狐音さん何しに来たんですか?」
「なーに、帰って来たのが見えたからの。そろそろかと少し調味料ととうもろこしを運びに来たんじゃ」
「あ、そっちのカゴで全部ですよ〜」
「おお、良いとうもろこしじゃ!それでは貰ってくぞ」
「はーい」
カゴに入ったとうもろこしと醤油と、こっそりきゅうりを一本拝借し口に咥えて行ってしまった。
「スズメさん、狐音さん何かするんですか?」
「ええ、せっかくだから開けた幽荘の前を使って皆で食べるスペース作るんだって張り切ってます〜」
「でも炭にするって言ってましたが……とうもろこしは無事なんですか?」
「……まあ、他の皆も手伝いしてくれるそうなので大丈夫でしょ〜……たぶんですが」
スズメがここまで渋い顔をすると言う事は、狐音の料理スキルに不安があるんだろう。考えても仕方ない、誰か他の住人が火を扱ってくれればと願うのみだ。
少し調理場の歴史と狐音の料理スキルに触れて、調理場の二人はカレー作りを始める。
「まず、縁さんはお米を研いでもらいましょう。量がありますので、かまどじゃなく大鍋と炊飯器に分けて炊いちゃいます」
「はい!」
スズメ指示の下、縁は米を研いでいく。職人達は量も食べる事を加味して十四合の米を分けて研ぐ……
「おおお……凄い量になりそうな気配」
縁は間違いなく人生で一番の米を研いでる、横を見るとニコニコしながら山の様な野菜を切るスズメがいる。
キャンプと言うより給食作りのような気がする。
それも新鮮な事で楽しいものだなと、縁はひたすら米を研いで研いで研ぎまくっていった。
人間一つに集中すると時間はあっという間に過ぎ去り、米は研がれていく。
「ふぅふぅ……スズメさん、終わりました!」
「はい、お疲れ様でした〜お水測って時間まで浸水させておきましょう〜」
疲れを全く見せないスズメの横には大量のトマトやズッキーニ、ナスの切られた姿が山積みになっている。
「おぉ、圧巻の量……もう作り出しですか?」
「あ、先にきゅうりをお手伝いして頂きますかね〜私が切れ目入れますので縁さんは竹串刺して貰いましょう」
竹串を刺す、その意味はスズメの横に合った浅漬けの素で理解した。
「あ、なるほど冷やしきゅうりの浅漬け」
「正解です〜皆さん炎天下の中毎日汗かいてるでしょうから塩分補給とさっぱりしてもらえますようにと」
こういう相手を考えた物を用意するところがスズメらしく流石である。
シャッシャッときゅうりに切り込みを入れ、受け取った縁が竹串を中心に沿わせ突き刺しきゅうりをパットに並べていく。
全部出来れば万遍なく浅漬けの素を掛けて、冷蔵庫に入れて置けば完成だ。
「良いですね共同作業、捗りますわ〜」
ウキウキなスズメはそのまま本日の主役、夏野菜カレーに向き合い始まる。
「では縁さん、この分トマトを炒めて貰えますか。私、横で猪肉下処理します〜」
「了解です!」
「トマトがベースになりますので沢山ありますが頑張ってください〜」
縁はトマトの量を見て驚いた、切った事により量が倍ぐらいに見えてしまう。
元々カゴの大半はトマトであった、単なる具の為では無くカレーのベースの為に量が必要だったのだと理解した。
炒める手鍋は大きめとは言え何回かに分ける必要がありそうだ。
「炒まったトマトベースは釜戸の大釜にお願いします〜仕上げは釜で煮込みますので〜」
スズメはそう言って薄切り猪肉を丁寧に茹でて下処理しながら、出来た分を釜に投入していく。
「なるほど、大量に作る為のやり方か」
ひたすらにトマトを潰して炒めてペースト状にしていき釜に移す、やってもやっても終わらない。
(中々キツイ作業だが……この先のカレーは絶対美味い)
縁はトマトを炒め続けてハイになっている自覚があった。これだけやって美味くない訳ないだろうと確信している。
延々と繰り返す作業の合間にスズメはオーブンを温めていたのか、耐熱のオーブン皿に厚みを付けて切ったナスとズッキーニを並べて焼いている。
「そっちは焼くんですか?」
「うふふ、仕上げは一緒に煮込みますが焼き目を付けて香ばしさをプラスです〜」
手間掛かってますよこのカレー!と職人達に向けて心で叫んだ。
縁はひたすらにトマトを炒め、スズメは焼き野菜を見ながら次の作業に移る。
空いているコンロで湯を沸かし塩を入れている、隣にあるのは枝付き枝豆の山。量が量だけに鍋二つに湯を沸かしている。
「きっとお酒も飲みますからね、枝豆があると皆嬉しいでしょう」
そう言ってスズメは手際良く枝豆を茹でていく。
縁はなんとかトマト炒めのラストに辿り着いたところだ。
「ハイ、あーん」
不意にスズメが口元に何かを差し出してきた、最近あーんとされる機会が多い縁は恥じらいながら頂いた。
噛むと水分がジュワッと染み出してとても濃いズッキーニの味わいが広がる。しっかり味わって飲み込む。
「美味い……焼いただけですよね?」
「ええ、何も味付けはしてないズッキーニの素焼きですが美味しいでしょ?」
「凄いですよね、こんなに違う物食べた感覚になるなんて」
色々と野菜に抱いていた普通が覆される日だ。
トマト炒めがついに終わり釜の中は見事に真っ赤だ、ところどころに見えるナスとズッキーニ。猪肉も入っているが今回は脇役だろう。
「ふぅ、えっと丁度十七時で良い時間ですね、炊飯とカレー煮込み始めていきましょう〜」
スズメの話では職人達の終礼が十八時なので、そこに合わせるらしい。縁は浸水していた米を炊き出し、スズメは味を見ながらカレーを仕上げていく。
「そう言えばカレーの素はなんなんですか?」
「こちらです〜!」
棚から取り出したのは、国民的家庭料理代表カレーライスの地位を確固たるものにした発明品の普通のカレールウだ。もちろんルウの量は多いが、少し意外である。
「スズメさんだからてっきりスパイスから作り上げると思いましたが……」
「あら?そんなイメージあります?確かに一人分ならそうしますけどね〜ふふふ」
それはそれで味わってみたいところだ、スズメはカレールウを取り出しながら言う。
「手軽さの割にカレーライスの味を高い位置で決めれるルウ、今回のようなシンプルな材料種類と大人数への調理にはこれが一番なんですよね〜」
「一から手作りだけが一番じゃないって事か……ってルウ五種類ぐらいありません?」
様々なメーカーの物が並んでいく。
「もちろんこだわれる所はこだわりますよ〜ルウにも配合がありますし……」
「ありますし?」
「ネコメちゃんとヘビメちゃんは甘口じゃないとダメなんですよ」
納得した縁である。




