スズメ菜園
幽荘備え付け共同温泉の改修工事も折り返して中盤戦となった。
工事監修の職人、ジャノメが言うにはペースは順調で予定通りにいく流れとの事。縁が希望した脱衣所が建つ予定地も見えてる。
順調そうで何よりだ。
「どんどん出来てますね〜」
ほわほわと幽荘の住人であるスズメがやって来た、両手に大きなやかんと紙コップの詰まった袋を提げている。
「ジャノメさーん、職人さん達とお茶飲んで下さいね〜」
スズメは毎日お茶や軽食を差し入れしている。初日は狐音がビール箱を積み上げ差し入れとしていたが、やはりお茶が正解だと思う。
「完成楽しみですね〜」
「はい、形は出来てるし順調に進めば一週間くらいだそうです」
「楽しみですけど職人さん達と別れるのは寂しいですわ〜」
実はジャノメ率いる職人達の間でスズメは女神様と言われている。美人で気配り出来て差し入れが手料理の日は歓声が上がるぐらいに、人気が高く崇められている。
そんなスズメは自身への評価は気にも止めずに、ひたすら働いてくれている人へのお返しをしているだけのようだ。
そこも人気の高いポイントなのだろう。
「そうだ縁さん、この後お手伝いお願い出来ますか?」
手伝い?また街に行くのを連れて行くとかだろうか。
「ドラム缶風呂リセットしたら空いてますよ、どこか行くんですか?」
「ええ、そうですね〜見た方が早いですね」
スズメに促され温泉改修工事現場から幽荘の玄関まで周り少し歩く。
(改めて見るとマジで民家も何も無いよな……ってここは?)
歩き着いた所は広く整理された青空菜園のような場所であった。
「こんなとこあったんだ……」
「うふふ、こちら側は山の木々で死角になってるから私しか来る事が無いでしょうからね。ここは私の菜園になってます〜」
山に入り野生動物を狩り山菜採集のイメージなスズメだったが、菜園…いや畑に近いような事をしていたのか。どうやら収穫時期らしく夏野菜と呼ばれる野菜が実りを迎えている。
「ここに連れて来たと言う事は……収穫ですね?」
「せいか〜いです〜、職人さん達も居ますから数を多く採ってお料理にしちゃおうかと思いまして」
本当に気配り出来る人だ、そりゃ人気になるわな。
縁は深く頷く。
「どうしたんですか縁さん?頭ガクガクさせて?」
「あ、いやなんでも無いです。じゃあすぐにドラム缶風呂掃除しちゃいますね」
「ありがとうございます〜私は調理場で準備しときますね〜」
二人は一旦別れて各々の事を進めていく事に。
ドラム缶風呂の炊き口の灰掃除をして、ドラム缶の中を清掃していく。
「しかし、あんな近くに菜園があったとは気付かなかったな……一人で管理するには結構な規模だったな」
定期的に振る舞われる野菜料理はスズメ菜園の物だったんだなと思い返す。売り物と変わらない見た目だったが鮮度は抜群だったし味も一段と美味しく感じてはいた。
「採れたて野菜だったら納得だわな」
スズメの料理の美味しさの秘密が一つ分かった気がした、そしてこの後で縁は更に秘密を知る。
「スズメさん、準備出来ましたよ」
ドラム缶風呂のリセットを済ませて調理場に居たスズメを呼ぶ。
「はーい、じゃあ行きましょうか……ん〜縁さん一つ足りないですね〜」
「え?」
何か足りないと指摘されるも、動きやすいシャツに暑いけど危険防止の為長ズボンにしたのだが……
「一旦私の家に寄りましょう〜」
調理場を出て幽荘の一〇三、スズメの部屋前で待つ。
すぐにスズメは扉を開けて出て来たが、止まらずにぶつかる勢いというよりぶつかる気マンマンで側に寄る。
(え?何?当たる!)
反射的に縁は目を閉じた、そして頭にフワリと何かが被せられる感覚を感じる。
「うん、お似合いですよ〜」
目を開けると小さく拍手して綺麗な笑みを浮かべるスズメが見えた。
「ん?……帽子?あ、麦わら帽子だ」
広い範囲の日差しを遮り、日陰を作る麦わら帽子を被せられたのだ。触った感じ、かなりしっかりした硬さがあり手作りなのが伺える。
「スズメさんのは?」
「私のは菜園にありますので、縁さんはそれ使って下さい〜今からまだまだ日差し強くなりますからね〜」
ニコッと笑うスズメの顔が美しい物を見て息が止まる様な、不覚にもドキッとした縁は「これはやっぱり人気出るな、無自覚だもん……」と漏らしてしまう。
スズメの笑顔に当てられながらも、なんとか耐えて菜園に向かう。
先程は入り口から全体眺めた程度であったが……広い。一人で管理出来るレベルじゃない気がする。
農業や菜園の知識も経験も乏しい縁だが、間違いなく菜園規模がデカいと感じる。ビニールハウスこそ無いが、トマトならトマト!と言った並びでズラリと実っている。
「驚かれてますね〜たまに幽荘の皆が手伝いに来てくれるんですよ〜」
「それでも広いですよね……わ、凄い立派なきゅうり、え?とうもろこし……スイカまで……」
夏野菜、またはこの時期に実るよう合わせた野菜で一杯になっている。
「うふふ、水と土が良い土地ですからね〜元々は近くに住んでいた方の畑でしたのよ、だから菜園始めるのはまだやりやすかったです」
なるほど、元々整地はされていたし育てる環境や道具が揃っていたのか。菜園の隅に置かれた農具は年季が入っている、腰に当てて使う大きな草刈り機もある。
「さあ、この今日はカゴ一杯に収穫しましょう」
ガタッと置かれたのは農家とかで大量に仕分けする大きなカゴだ、ここまで本格的な収穫作業は初めてである。
「何か良い頃合いの実を見分けるコツと言うかポイントとかあります?」
「そうですね〜ではこの入り口から始まるトマトから順にレクチャーさせて頂きますね〜」
カゴを二人で一つ持ち移動してトマトエリアに置く。
「じゃあこのハサミをどうぞ」
渡されたハサミは勿論園芸用のハサミだ、力が入れやすいグリップしてる。
「縁さん、今目の前にある沢山のトマトを見て惹かれる子居ますか?」
惹かれる子?妙な言い方をされたが見回して一つ目に止まる。大きく育ち艶々しててハリがある、トマトの中の美人と言った印象か。
「このトマト綺麗ですね」
「ハイ、じゃあその子ズバッといきましょう」
「おお……容赦ない、まあそうなりますよね」
「うふふ、もちろん皮の張り方や色合いや傷なんかも加味しますが……やはりフィーリングなんですね」
「うん、美味しそうと思ったから……頂きます!」
パチリ、ヘタの所から切られたトマトは支えを無くし重力に実を任せる。
しっかり落とさないように掴んであげた手の中のトマトは赤く大きな宝石に見えた。
「良いですね〜頂きますで切るのは素晴らしい事です。狩りもですが自然物を頂く想いが無いと、来年には皆居なくなっちゃいます」
「来年には居なくなる?」
「考え方の一つなんですが、頂く事を忘れ奪う事になると食物連鎖が切れてあったものが無くなるのです」
「なるほどなぁ、この菜園も食物連鎖の一部か……」
「だから不必要に採る事も獲る事もしません、必要な時の分を必要なだけ。」
普段ほんわかしているスズメの凄いと思う事は動植物に対しての「命」のあり方に揺るがない芯を持っている所だ、ここに関わる時だけは目付きが変わり信仰に近いモノが見える。
「最近は狸さんが来ているようで可愛いんですが……あの子達ボーッと生きてるので教えるのが大変なんですよねぇ〜、こないだなんか罠に間違って入った子を出してすぐ目の前でまた罠にかかってましたから……」
ほんわかスズメですら呆れてしまう狸、強い。なんでそれで生きていけるんだ。
話しながらパチパチとトマトを集めていく、割と集まったんじゃないだろうか。
「うん、このくらいあれば大丈夫でしょ〜次はお隣のきゅうりにしましょう、コツはさっきと同じです〜」
しっかりとした形と言うよりワイルドな強みを感じるきゅうりを前に、トマトと同じくフィーリングで収穫していく。
「きゅうりはサラダにも使いますが、職人さん達用に一本漬けにしましょうかしら」
収穫しながら献立を決めているスズメの楽しそうな顔に見惚れてしまう。
サクサクと集めていけば、これまたきゅうりの山が出来た。農家じゃなければ見る事ない山だなと縁は収穫物を見る。
「沢山採れましたね〜今年は皆出来が良くて嬉しいです〜」
ニコニコしながらとうもろこしの前に立ったスズメは獲物を変えた、鎌になっている。
「とうもろこしは根本が硬いですが、実を捻るようにすれば……ハイ、採れますね〜」
捻り切る様にブチッといった、鎌は切り込みを入れる程度なのだろう。
「しかし立派だなぁ、どれもスーパーに並んでておかしくない」
「ふふ、ありがたい評価ですねー道の駅なんかに降ろすのも有りですが選別までは手が回らず持っていく足も無いですからね〜」
「売り物となると労力が更にかかるんですね」
「そうですね〜きゅうり一本曲がりがあるだけで、価値が落ちる扱いなのは残念になりますね」
そう言えば曲がったり折れたりした野菜の詰め合わせで安く売られている事がある。商売となればルールや売る為のやり方なんかがあるのだろう。
「さて次は——」
それから一時間程掛けて二人でカゴを一杯にトマトやナス、とうもろこしにきゅうり、ズッキーニや枝豆と種類豊富に収穫出来た。
「いや〜結構な量になりましたね……これで採りつくしては無いのが広さを感じる」
「うふふ、自然のままで来年用に種を頂き土に枯れては次の季節の肥料になるんです」
「巡り巡るんですね……改めて自然な事だけど凄いな」
縁は当たり前に手に入った食材が時間を掛けて一年を巡る、その現代の当たり前に感動すら覚える。
「さあさあ、今日は職人さん達も交えて夜ご飯を振る舞う約束してますから戻りましょう〜」
そんな約束してたのか、いつの間にそこまで女神度合いを発揮していたのか……
採れた野菜の山を台車に乗せて移動しようとしたが、スズメは違う方向に歩き出す。
「あれ?調理場じゃないんですか?」
「はい〜まずは皆を洗わないといけませんからね〜」
洗う為にも調理場へ向かうんじゃないのかと首を傾げた縁だったが、すぐに理由がわかった。生い茂る菜園の裏に穏やかな川が流れていたのだ。
「あ……なるほど!」
「うふふ、野菜の数も多いのでまとめて洗いましょう〜」
濡れない用に長ズボンを捲って靴を脱ぐ、スラっと綺麗な足を露わにしたスズメとカゴを持って川に入っていく。
「つめたっ!……あ、気持ち良い……」
川の流れは非常に緩やかで川底には安全に洗う時用の為にだろう、しっかりした板底が川内に設置されていた。
「小さな川なので幽荘からは見えませんが、ネコメさん達もたまに水浴びされてますよ〜」
確かに川の音は遠くに認識していたが、良い感じの水浴び程度なら出来る川があったとは知らなかった。
スズメの菜園と川とで知らない場所はまだまだあるなと、縁は気持ち良い川の流れを足に感じながら辺りを見渡した。
ゆっくりとカゴごと川に浸して土を洗い落としていく、一発で全量を洗える合理さが田舎ならではのやり方だと唸った。
「もう一つカゴありますので料理用途に仕分けちゃいましょう、縁さんが居て助かりましたわ〜」
そう言いながらきゅうりとトマト少し、とうもろこしを分けてザブザブとカゴごと洗いだす。何をつくるのか楽しみである。
「ハイ、縁さん」
スズメは洗ったトマトの一つを出して渡してくる、食べろと言う事か。
採れたばかりのトマトを一口齧る。
「うっま!……何もしてないトマトが美味すぎる」
お世辞では無く、味の濃さや広がりに果汁の量が良い食材だと訴えてくる。
「お塩があっても良いのですが、まずはそのまま。続きは調理場で作っていきますよ〜」
更なる楽しみにワクワクしてしまう、料理をする事にワクワクを感じるのは初めての経験であった。




