ヘビメの想いと約束
チャプチャプと湯加減を確認した音が聞こえ入ったようだ、壁で見えないが音で判断出来る。
「ねぇ……どんな顔してた?」
壁越しにヘビメは聞いてきた、先程の寝顔の件だろう。誇張せずにありのまま感じた事を伝える。
「可愛かったですよ」
バシャーン!と音がして空からしぶきが降ってくる。
「あ、あのヘビメさん……?」
返事が無い、大丈夫かと思っていると今度はザバッと音がした。どうやら可愛いに反応して風呂の中に潜ったようだった。
「……油断したわ、寝顔を晒すなんて」
「可愛かったです」
バシャッ!!
今度はお湯が空から降ってきた、これは壁越しに湯を掛けられたな。
「何度も言わなくて良い」
「はい、すいません……」
少しの間沈黙が流れヘビメが口を開く。
「久しぶりに良い夢を見たわ」
「夢?」
「小さい頃の夢、ママが絵の描き方を教えてくれとパパが大はしゃぎで褒める夢」
なんとも微笑ましい雰囲気の夢だ、だから幸せそうに眠っていたのだろう。
「アタシが大きくなったから、ママはまた世界に出て私も家を出たけど絆は変わってない」
「それは……」
「あ、勘違いしないでよ。パパママ離婚したとかじゃなくて単純にママがアートを求めてパパが応援してる形なんだから」
重い話かと思ったら違うようでホッとした。
「まあパパはアタシまで家出るのは想定外だったようね、泣いてたもん」
「ジャノメさんって逞しく見えて結構打たれ弱いですよね……」
「まあ最終的に幽荘でならって事で落ち着いたわ、説得するのに時間掛けたけど説得して良かった」
「ヘビメさんは良かったんですか?ここ、結構不便じゃないですか?」
「確かに色々揃えやすい街は便利よ、でもそれを補う静かな環境があるもの。今は満足よ」
確かに縁も今日のモデル中に感じた自然の音や遠くに聞こえる生活の音、それらが落ち着いた空間を作り出していた。街の中では恐らく難しい環境になるだろう。
「ヘビメさんは毎日あの絵の空間の中に居るんですね」
「そうね、そこに変化を与えてくれるのが幽荘の皆」
「皆優しいですもんね」
「そう、だから今の内に吸収して表現したい。そして学んだ事を持って世界を見たい」
「……いつかはヘビメさん出るつもりですか?」
少しの沈黙の後にヘビメは言った。
「ええ、だってここの魅力を表現しなければ忘れちゃうでしょう」
「風景とかって事……ですか?」
「それもある、でもアタシが表現する物の中にここの空気が息づくの」
中々難しい話をされている気はするが、概念や経験が作品に入り込むといったところだろうか。
「縁も皆もアタシが世界に連れていく」
「そりゃ嬉しいですね!」
ヘビメの想いが伝わる。
ちゃんと幽荘のメンバーに入れてくれてるのは嬉しい事だ。
「ふー、喋り疲れたわ。ほら交代するわよ」
「え?」
「アンタも入るんでしょ、火は見てあげるから」
「あ、ありがとうございます」
ヘビメはドラム缶風呂から上がって脱衣所に入っていく、程なくして交代を告げられる。
縁とヘビメ、入れ替わりでポジションを替えた。
ドラム缶風呂運用から一週間、ようやく縁も慣れてきた。壁を作ったとは言え薄い壁越しに女性が居る感覚は特殊なものであるのだ。
ドラム缶風呂に浸かり、今日モデルポージングで凝り固まった筋肉が柔らかくなる気持ち良さに浸る。
「アンタは裸見られるの嫌なの?」
ヘビメが突然の質問を投げかける。
「え、嫌とかじゃないですが、そのですね、恥ずかしさがある、と言うのが普通と言うか……」
「ふーん」
ヘビメの感覚からすると違うのだろうか?
「アタシはよくわからないけど、その感覚は幽荘の皆もよくわからないんじゃないの?」
それはごもっともだ、じゃなければ温泉に笑顔で乱入したりしない。しかし、それは長い事信頼できる女性陣で暮らしていた幽荘と言うアパートが特別だろう。
世間一般では恥ずかしいが勝つはずなのだ、ここに暮らしてると薄れてしまうが。
「パパがうるさいけどアタシに常識を求められてもね、ここに住んでるし絵しか描いてないし」
「うーんまあそう言われたらそうですが……」
「常識があるから芸術がハッキリするけどね、こればかりは経験しないとわからないわ」
ヘビメは確かな事を言っている、そしてそれこそが常識的な事であるような気もするが。縁はふと思い付いた事を提案してみた。
「ヘビメさん街に遊びに行きませんか?」
「街に?何かあるの?」
「何かは必ずありますよ、いやヘビメさんの新しい?久しぶりな?刺激を求めて都会で遊ぶって事もどうかなって」
ヘビメは少し考えてるようだ、絵を描く環境としては良い所かも知れない。だがもう少し都会の娯楽を経験するのが良いんじゃないかと縁は考え提案をしたのだ。
「まあせっかく足も出来た事だし良いかもね」
「ええ、是非お連れしますよ」
「じゃあ温泉改修終わってからにしましょ、アンタしばらく忙しいじゃない」
管理人として毎日の清掃作業やドラム缶風呂のリセット、スズメの狩りなんかもルーティン化されて来ている。
「まあなんとかしますよ、こないだもネコメちゃん連れて街に出ましたし」
「ああ、聞いたわ。ネコメ喜んでたわね、あそこまで喜び表現するのは中々無いわあの子」
「行きたい所あれば調べといてください、俺も合わせてルート考えますから」
「ん、じゃあ調べとく」
今日はヘビメに付き合い、距離が縮まった気がする。
想像以上に命を削り生み出そうとする危うさも感じるが、もがいてるが故なんだろう。
縁は自分ももう少し頑張らねばなと夜空に輝き出した星を、ドラム缶風呂から見上げていた。




