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第15巻:如月令嬢は『空想の産物を認めない』  作者: アリス・リゼル


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第1話『庶民』 ~section 5:八百屋の店主と、噛み合わない会話~

 父さんを埃まみれの物置に残し、僕たちは朔家を出て旧市街の商店街へと歩みを進めた。


 空には、薄い雲を通してセピア色がかった太陽の光が降り注いでいる。足元の道は、僕が現実世界で歩き慣れている月見坂市の綺麗に舗装されたアスファルトではなく、所々にひび割れが生じ、端の方には苔がむした古いコンクリートの道だった。道の両脇には、木造の古い長屋や、錆びたトタン屋根の小さな工場、そして色褪せたホーロー看板を掲げた個人商店が隙間なく建ち並んでいる。


 どこからか、古いラジオから流れる歌謡曲のメロディや、自転車のチェーンが軋む音、そして夕暮れ時でもないのに醤油の焦げる匂いなどが漂ってくる。僕の脳が勝手に構築した『もしも』の夢の世界であるにもかかわらず、その情景はあまりにも緻密で、解像度が高かった。僕は自分の記憶の底にある『昭和レトロ』という概念が、これほどまでに豊かなノスタルジーを伴って再現されていることに驚きを隠せなかった。


「なんだか、本当に昔の映画の中に迷い込んだみたいですね」


 僕は、隣を歩く如月さんに話しかけた。

 彼女は先ほど物置で見つけた『ひしゃげた真鍮の筒』を、純白の手袋に包んだまま、まるであらゆる災厄から守るべき国宝であるかのように胸の前で大切に抱え込んでいる。質素な木綿のワンピース姿でありながら、その背筋は一切のブレなく真っ直ぐに伸び、周囲の埃っぽい風景から彼女だけが切り取られたように浮き上がっていた。


「感傷に浸る暇があるなら、周囲の環境データを収集するのじゃ、サクタロウ。この街の建築物の構造、外壁の劣化具合、そして電柱に貼られた古いポスターの紙質。それらすべてが、この旧市街の歴史的なレイヤーを形成する重要な物理的証拠となる」


 如月さんは前を向いたまま、冷ややかな声で僕のノスタルジーを一刀両断した。彼女の深いアメジストの瞳は、決して懐かしさなどという非論理的な感情で街を見つめたりはしない。彼女の視線は常に、街という名の巨大なシステムのルーツを解剖するためのスキャナーとして機能しているのだ。


「しかし、あの父さんの態度……。あの真鍮の筒を見た瞬間の動揺っぷりは、明らかに異常でしたね。絶対に何か知っているはずなのに、なぜわざわざ隠そうとしたんでしょうか」


 僕が先ほどの物置での出来事を反芻していると、如月さんは歩みを止めずにわずかに鼻で笑った。


「人間の情動とは、往々にして論理的な最適解から外れた行動を選択させるものじゃ。自らの過去の失敗、あるいは直視したくない挫折の痕跡。そうしたものを隠蔽しようとする心理は、自己防衛本能の一種としては極めて陳腐なパターンじゃな。だが、物理的な痕跡は嘘をつかん。あの金属の筒に刻まれた傷と変色が、いずれすべてを白日に晒すじゃろう」


 彼女の言葉には、一片の迷いもない。

 やがて、僕たちの耳に、周囲の静けさを打ち破るような活気あふれる喧騒が飛び込んできた。


 旧市街のメインストリートである商店街だ。

 アーケードの入り口には、塗料が剥げかけたアーチが架かり、その下を大勢の買い物客が行き交っている。道の両側には、野菜を山積みにした八百屋、店先でコロッケを揚げる肉屋、ガラスケースに干物を並べた魚屋、そして古い金物屋などが軒を連ね、店主たちの威勢の良い掛け声が飛び交っていた。


「へいらっしゃい! 今日の大根は瑞々しくて美味いよ! そこの奥さん、キャベツも安くしとくよ!」


「揚げたてのメンチカツ、いかがですかー! 今なら熱々ですよー!」


 視覚、聴覚、そして嗅覚を同時に刺激する、強烈な生活のエネルギー。スマートシティ化が進んだ現実の月見坂市では決して味わうことのできない、泥臭くも温かい活気がそこにはあった。


「すごい活気ですね。でも、こんなところでどうやってあの真鍮の筒のルーツを探すんですか? どこに町工場の跡地があるかなんて、見当もつかないでしょう」


 僕が商店街の喧騒に圧倒されながら尋ねると、如月さんはピタリと足を止めた。そして、アーケードの入り口付近で最も大きな声を張り上げている、一軒の八百屋『八百長』の店先を真っ直ぐに見据えた。


「見当がつかないのであれば、情報を保有している可能性の高いネットワークのハブに接触し、直接データを引き出すまでじゃ。この手の閉鎖的かつ密接なコミュニティにおいて、最も情報が集積するのは、日常的な対面販売を行っている古株の個人商店に他ならん」


 そう言うが早いか、如月さんは迷いのない足取りで八百屋の店先へと突撃していった。

 僕は慌ててその後を追いかける。


「おっ! いらっしゃ……おおっ、瑠璃ちゃんじゃないか!」


 八百屋の大将——頭にねじり鉢巻を巻き、太い腕に前掛けを締めた、いかにも昭和の頑固親父といった風情の男性が、如月さんの姿を認めて破顔一笑した。


「今日は随分と早いお出ましだねえ。朔んとこの光太郎坊主も一緒かい。どうした、今日は朔の親父さんに頼まれて、晩飯のおかずの買い出しにでも来たのか?」


 大将は、この夢の中の『庶民の幼馴染』という設定を完璧に踏襲し、如月さんを近所の親しい娘としてフレンドリーに扱ってきた。現実世界であれば、如月コンツェルンの令嬢にこんな気安い口を利いた時点で周囲のSPに取り押さえられるか、如月翡翠さんあたりに社会的地位を抹消されるところだが、ここは夢の中である。


「おお、瑠璃ちゃんは今日も一段と可愛いねえ。うちのむさ苦しい店が、パッと明るくなったみたいだ。よし、いつも朔の親父さんには世話になってるし、今日は特別にこの泥付き大根を一本おまけしといてやるよ! ほら、持っていきな!」


 大将は気前の良さを発揮し、木箱の中からまだ土のついた立派な大根を一本引き抜くと、如月さんに向かって差し出した。

 普通の女子高生、あるいはご近所付き合いを重んじる庶民であれば、「わあ、ありがとうございます!」と笑顔で受け取るところだろう。


 しかし、大将の目の前に立っているのは、如何なる設定の書き換えをも弾き返す孤高の天才、如月瑠璃である。


 如月さんは差し出された大根を受け取るどころか、一切の表情を動かすことなく、その深いアメジストの瞳で大根の表面を冷徹にスキャンし始めた。


「……不要じゃ」


「え?」


 大将の顔から、笑顔がピタリと凍りついた。


「わしは現在、お主からそのような低次な生物的有機体を調達する目的でここに立っているのではない。さらに言及するならば、そのダイコンと呼称されるアブラナ科の植物の根は、お主が主張する『瑞々しい』という状態からは著しく逸脱しておる」


「は、はあ……? 逸脱?」


 大将は自分が突き返された状況が飲み込めず、間抜けな声を漏らした。如月さんの容赦のない論理の刃は、大根という無抵抗な野菜に向けられた。


「よく見るのじゃ。その大根の表皮には、すでに微細なシワが寄り始めておる。これは収穫からの時間経過により、細胞壁の内側から水分が蒸散し、膨圧が低下している明確な物理的証拠じゃ。さらに、葉の付け根の部分の黄変具合から推測するに、適切な低温管理がなされず、常温環境下に長時間放置されたことにより、クロロフィルの分解が進行している。そのような鮮度の低下した水分と繊維質の塊を『おまけ』という名目で押し付け、恩を売ろうとするお主の販売戦略は、あまりにも短絡的かつ顧客を愚弄しておる」


「…………えっ?」


 八百屋の大将は、口をポカンと開けたまま完全に石化してしまった。

 無理もない。近所の可愛い幼馴染に親切心で大根をおまけしようとしただけなのに、細胞壁の膨圧だのクロロフィルの分解だのという専門用語の連め打ちで、自らの商品の品質を完膚なきまでに論理的に粉砕されたのだ。商店街で長年商売をやってきた大将のプライドは、たった数秒で木っ端微塵に砕け散った。


「ちょ、ちょっと如月さん! そんな言い方ないでしょう! 大将は親切心で言ってくれたのに……すみません大将、この人、ちょっと今日は朝から機嫌が悪くて……!」


 僕が慌てて割って入り、頭を下げてフォローしようとするが、如月さんは僕の存在など路傍の石ころのように無視した。


「サクタロウ、下らぬ謝罪は不要じゃ。事実を指摘したに過ぎん。それよりも、本題に入るのじゃ」


 如月さんはそう言うと、胸の前に抱えていた純白の手袋の手を、大将の目の前へとスッと差し出した。

 そして、そこに鎮座する『ひしゃげた真鍮の筒』を、まるで神からの啓示でも示すかのように堂々と突きつけたのだ。


「八百屋の店主よ。大根などという水分の塊はどうでもよい。お主はこの商店街で長年商売を営み、この地域の変遷をその眼球で観測してきたはずじゃな。ならば答えよ。この真鍮の酸化具合と、内部にこびりついた微小な鉱物油の痕跡について、この月見坂市旧市街の工業の歴史的観点から、お主の知る限りの意見を開示するのじゃ」


 周囲の空気が、完全に停止した。

 アーケードを行き交う買い物客たちも、隣の店で干物を並べていた魚屋の主人も、皆一様に足を止め、この異様な光景を呆然と見つめている。


 そりゃそうだ。

 木綿のワンピースを着た絶世の美少女が、純白のオーダーメイド手袋をはめ、八百屋の店先で大根を論破した直後に、どこからどう見てもゴミにしか見えない『ひしゃげた真鍮の筒』を突きつけて、「工業の歴史的観点からの意見を開示しろ」と迫っているのだ。情報量が多すぎて、普通の処理能力を持つ人間の脳では完全にキャパシティオーバーを起こしてしまう。


「……えーっと、瑠璃ちゃん? それ、なんなの? 鉄屑?」


 大将は額に冷や汗を浮かべながら、必死に状況を理解しようと努めていた。


「鉄ではない、真鍮じゃと先ほどから言っておろう。聴覚野まで老化が進行したか。わしが問うているのは、この金属部品に施された特殊なピッチのネジ山と、高熱によるテンパーカラーを発生させるような『光学機器』に関連する町工場が、過去数十年の間にこの旧市街のどのエリアに存在していたかという地理的・歴史的データじゃ」


 如月さんの目は一切笑っていない。深い紫色の瞳が、大将の顔を鋭く射抜き、その奥底にある記憶の断片を強制的に引きずり出そうとしている。


「光学機器……町工場……? いや、そんなこと急に言われてもだな……うちは代々八百屋で、金属のことなんかちっとも……」


 大将がたじろぎながら後ずさりをすると、如月さんはさらに一歩踏み込み、距離を詰めた。


「思考を放棄するな。人間の記憶とは、関連する事象とのネットワークによって構成される。金属加工の際に発生する切削油の特有の匂い。旋盤やフライス盤が発する重低音の振動。あるいは、その工場の工員たちが、昼休憩にお主の店で漬物や野菜を買っていったという購買記録。そうした周辺の感覚データから、目的の対象をプロファイリングするのじゃ。さあ、記憶の糸をたどれ。この街のどこかで、この真鍮の筒が加工されていた時代があったはずじゃ」


 圧倒的な威圧感。

 それは単なる凄みや暴力的なプレッシャーではない。完全な論理と、一片の隙もない知性が生み出す、逃げ場のない『正解への強要』だった。

 大将は完全に如月さんのペースに呑み込まれ、ひしゃげた真鍮の筒を見つめたまま、必死に過去の記憶を探り始めた。


「あー……そう言えば……匂い、匂いか……」


 大将は腕組みをし、天井を仰ぎ見た。


「光学機器かどうかはわからねえが……ずいぶん昔、俺がまだ親父の下で小僧をやってた頃だ。このアーケードを抜けて、川沿いに出る手前の狭い路地……あそこに、小さな町工場があったような気がするな。いつも油臭くて、ガリガリと金属を削るような音がしてたっけ」


「……ほう」


 如月さんの瞳の奥で、カチリ、と論理のピースが噛み合う音がしたのが分かった。


「川沿いの路地じゃな。その工場は、特注の部品や、精度の高い金属加工を請け負うような性質のものであったか?」


「さあ、そこまでは知らねえよ。ただ、あそこの職人は頑固で有名でな。既製品の修理なんかも、図面なしで自分の感覚だけでやってのけるって評判だったのは覚えてる。……でも、その工場ももう何十年も前に閉まっちまって、今はアパートか駐車場になってるはずだぜ」


「それで十分じゃ」


 如月さんはピシャリと言い放つと、純白の手袋のまま真鍮の筒をポケットにしまい、クルリと背を向けた。


「有益なデータの提供に感謝する。お主のその大根の鮮度管理の甘さには失望したが、記憶のアーカイブとしての機能はまだ生きていたようじゃな。さあ、行くぞサクタロウ。次の目的地は川沿いの路地じゃ。歩行速度を二割上げるぞ」


 如月さんはそう言い残し、八百屋の大将が何かを言い返す隙も与えず、商店街の奥へとスタスタと歩き出してしまった。


「ちょっ、如月さん! 待ってくださいよ!」


 残された僕は、大将と周囲の客たちからの冷たい、あるいは哀れむような視線を全身に浴びながら、胃のあたりがキリキリと痛み出すのを感じていた。


「だ、大将! 本当にすみません! あの人、今日はちょっと専門用語のマイブームが来てるみたいで……大根、後で必ず買いに来ますから!」


 僕は顔を引きつらせて必死に頭を下げ、逃げるようにして如月さんの後を追いかけた。


「……たく、朔の親父さんも大変だな。あんな難しい幼馴染を持っちまって」


 背後から聞こえてきた大将の呟きが、僕の痛む胃にさらに塩を塗り込んだ。僕は幼馴染でもなんでもない、ただの助手なのだが、この世界の設定上、その誤解を解くことは不可能だ。


 如月さんに追いつくと、彼女はすでに次のターゲット——今度は、肉屋『鈴木精肉店』の店先に立っていた。

 店先からは、ラードの溶ける香ばしい匂いと、コロッケを揚げるパチパチという心地よい音が漂っている。現実世界の僕なら、間違いなくここで揚げたてのコロッケを一つ買って頬張っているところだ。


 しかし、如月瑠璃の辞書に『買い食い』や『寄り道』という概念は存在しない。

 彼女は店先のガラスケース越しに、コロッケを揚げているふくよかなおかみさんに向かって、再びあの純白の手袋に包まれた『真鍮の筒』を突きつけていた。


「精肉店の女将よ。コロッケの衣のパン粉の糖分が、油の高温でカラメル化するメイラード反応の匂いは極めて食欲を刺激するが、今はその誘惑に乗っている時間はない。お主に問う。この商店街を抜け、川沿いの路地にあったという町工場について、より詳細なデータを開示せよ」


「あらあら、瑠璃ちゃん。今日は光太郎くんと一緒にお買い物? すき焼きのお肉なら、良いところが入ってるわよ。光太郎くんのお腹をいっぱいにしてあげなさいな」


 おかみさんは、如月さんの難解な言葉の半分以上を理解していないのか、それとも持ち前のマイペースさで受け流しているのか、ニコニコと笑いながら完全にトンチンカンな返答をしてきた。


「言語野における相互理解のプロセスが完全に破綻しておるようじゃな。わしは肉など買いに来ておらん。サクタロウの消化器官を満たすことなど、この真鍮のルーツ探求という命題の前では、道端の石ころ以下の無価値な事象じゃ」


「まあまあ、そんなツンツンしないで。はい、これ揚げたてのコロッケ。サービスしとくから、二人で食べながら帰りなさいな」


 おかみさんは、如月さんの厳しい言葉を『照れ隠し』か何かと都合よく解釈し、紙袋に入った熱々のコロッケを差し出してきた。


 僕はその後ろで、今度こそコロッケの油を論理的に分解して拒絶される未来を予測し、絶望に目を閉じた。しかし、予想に反して如月さんはそのコロッケを無言で受け取った。


「……コロッケの油の酸化を防ぐため、受領後十五分以内の消費を推奨する。サクタロウ、これをお主に与える。その代わり、わしが情報を引き出す間、黙って咀嚼を続けて栄養を補給しておけ」


 如月さんはコロッケの入った紙袋を僕の胸に押し付けると、再びおかみさんに向き直った。


「さて、コロッケという等価交換の条件は満たした。ならば答えよ。川沿いの町工場を営んでいた人間の名前と、その工場が閉鎖された正確な年代を。お主のような情報伝達を主目的とする井戸端会議のネットワーク層であれば、過去の人物のゴシップ的なデータにもアクセス可能であると推論する」


「ええっ? ま、町工場……? ああ、もしかして、昔あそこにあった『篠原製作所』のことかしら……? 頑固な職人のお爺さんが一人でやってて、三十年くらい前に火事を出して潰れちゃったのよ……」


 おかみさんは、如月さんの謎の威圧感と、コロッケを受け取ってもらったという安心感の狭間で混乱しながらも、またしても重要な断片情報をポロリと漏らしてしまった。


「篠原製作所。そして、三十年前の火事。……なるほど、真鍮の表面に現れていた複雑なテンパーカラーと、内部の煤の蓄積。すべてが物理的にリンクしてきたぞ」


 如月さんは満足げに頷くと、踵を返し、今度こそ本当に川沿いの路地を目指して歩き出した。


 僕は押し付けられた熱々のコロッケをかじりながら、その後ろ姿を追いかけた。

 ジャガイモの甘みとラードの香ばしさが口の中に広がるが、胃の痛みのせいで本来の味の半分も楽しめない。


『もしも如月さんが旧市街の庶民だったら』という僕の妄想は、完全に裏目に出てしまった。

 環境が庶民的になればなるほど、彼女の異質さと、周囲を論理の嵐で巻き込んでいく『災害』としての性質が、より鮮明に、より劇的に浮き彫りになってしまうのだ。


「サクタロウ。コロッケの咀嚼回数が足りておらんぞ。急がねば、あの金属の過去が灰の中に完全に埋もれてしまう。思考を止めず、脚を動かすのじゃ」


「……はいはい。わかってますよ、如月さん」


 僕は深い溜息とともにコロッケを飲み込み、痛む胃を押さえながら、どこまでもブレない天才の背中を追い続けた。商店街のノスタルジックな風景は、すでに僕の目には、彼女が論理のメスを入れるための巨大な『解剖台』にしか見えなくなっていた。



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