第2話『総理』 ~section 4:議会停止と、鑑識の召集~
内閣総理大臣・如月瑠璃の口から放たれた、国家予算よりも直径一センチのガラス玉のルーツ探求を優先するという、国政の根幹を揺るがす――いや、根底から破壊する絶対的な宣言。
その言葉が議場の重厚なケヤキの壁に反響し、完全に消え去るまでの数秒間、衆議院本会議場は再び完全な真空状態へと陥っていた。
数百人の国会議員たちは、自分たちの耳に飛び込んできた音声データが、果たして現実のものなのかどうかを脳内で処理しきれず、完全にフリーズしていた。国家の最高権力者が、全国ネットの生中継カメラの前で、議会制民主主義のプロセスを『中身のない茶番劇』と一刀両断し、床に落ちていた出所不明のゴミの正体を暴くことの方が宇宙の法則において重要であると言い放ったのだ。
常識、政治的思惑、派閥の論理、国民の顔色。そういった、彼らが普段の政治活動において最も重きを置いているすべての抽象的な概念が、漆黒のゴシックドレスを身に纏った一人の少女の『物理的真理の探求』という圧倒的なエゴの前に、塵芥のように吹き飛ばされてしまったのである。
しかし、人間という生き物は、己の理解を超えた異常事態に直面した時、防衛本能として『怒り』という最も原始的な情動に逃げ込むようにできている。
「ふ、ふざけるなああああっ!」
真空の静寂を打ち破ったのは、またしても野党の重鎮・益田孝市だった。
彼の顔面は、先ほどの蒼白な状態から一転して、まるで沸騰したヤカンのように赤黒く染まり上がっていた。額からは脂汗が吹き出し、首の太い血管がはち切れんばかりに隆起している。
「断じて許されることではない! 国家の予算審議を放棄し、あろうことか床のゴミを優先するなど、主権者たる国民に対する明白な反逆行為だ! このような狂人に国家の舵取りを任せておけるものか! たった今、この瞬間に内閣不信任決議案を提出する!」
益田の絶叫は、導火線に火をつける決定的な役割を果たした。
彼の声に呼応するように、硬直から覚めた野党議員たちが一斉に立ち上がり、手元の資料を宙に放り投げ、机を割れんばかりの勢いで叩き始めた。
「そうだ! 狂っているぞ!」
「神聖な議場を私物化するな!」
「ただちに総理を演壇から引きずり下ろせ!」
「議長、何をしている! 早く衛視を呼んで総理を退場させろ!」
怒号、罵声、机を叩く打撃音、そして記者席から狂ったように焚かれ続けるフラッシュの閃光。
国会議事堂の本会議場は、文字通りの阿鼻叫喚の坩堝と化した。与党の議員たちでさえ、あまりの事態の異常さに総理を擁護する言葉を失い、ただパニックに陥って隣の議員と何事かを叫び合っている。
僕の胃袋は、過剰に分泌された胃酸によって物理的に穴が開きそうなほどの激痛を訴えていた。
無理もない。僕は今、この暴動寸前の国会において、あろうことか『騒動の元凶である総理大臣の秘書官』という、最も矢面に立つ最悪のポジションに座らされているのだ。
周囲の議員たちからの『お前が総理を止めろ』という無言の、あるいは有言の凄まじいプレッシャーが、物理的な重さを持って僕の全身にのしかかってくる。高級なオーダーメイドスーツの背中は、すでに滝のような冷や汗でぐっしょりと濡れそぼっていた。
(どうする。どうすればいい!? このままじゃ本当に暴動が起きる。いや、その前に警備の衛視たちが雪崩れ込んできて、如月さんが強制排除されてしまう!)
僕がパニック寸前で秘書官席のタブレット端末を握りしめ、何か事態を収拾するための法的な手続きはないかと視線を泳がせていた、まさにその時だった。
如月総理は、暴徒と化しかけている数百人の議員たちを一瞥もすることなく、純白の手袋に包まれた右手でガラス玉を持ったまま、ゆっくりと、そして極めて優雅な足取りで演壇のマイクの前へと戻った。
そして、スッと息を吸い込むと、議場の狂騒を完全に制圧する、澄み切った、しかし絶対的な冷酷さを孕んだ声で宣告した。
「本会議は、これより無期限の休憩とする」
ピタリ、と。
時が止まったかのような錯覚に陥った。
いや、時が止まったのではない。一国の総理大臣が放った、あまりにも強引で、そして法的手続きを完全に無視した超法規的な強権発動の宣言によって、議場内のすべての人間が脳の処理能力の限界を超え、再び完全なフリーズ状態に陥ったのだ。
「そ、総理! なにを勝手なことを! 休憩の動議は議長の権限であり、そのような一方的な宣言は議院規則に明確に違反しており……!」
議長席で顔面を蒼白にした初老の議長が、震える声でマイク越しに抗議の声を上げる。
しかし、如月瑠璃は、国会のルールという人間が作り出した紙切れの上の約束事など、ハナから守る気など微塵も持ち合わせていなかった。
「愚鈍。議院規則という名の空想の産物を盾にして、この物理的真実の探求を阻害することは、わしが許可せん。わしはこの国における最高行政権の行使者じゃ。行政の長として、現在この議事堂内に『国家の安全保障を揺るがす重大な物理的異常事態』が発生していると認定した。よって、事態の解明が完了するまで、この空間におけるすべての政治的プロセスを強制的に凍結する」
「な、なんだと……国家の安全保障だと!?」
「その床に落ちているビー玉のどこが安全保障だというのだ!」
再び沸き上がろうとするヤジの波。
しかし、如月総理は、野党議員たちの反論を待つことすらしなかった。
彼女は、議場全体を見下ろしたまま、その深いアメジストの瞳をスッと細め、演壇のすぐ横で直立不動の姿勢を保っている巨漢のSP――黒田さんに向けて、わずかに顎を動かした。
クイッ、と。
言葉すらない、極めて微小な、しかし絶対的な意思を持った『顎による指示』。
その瞬間。
黒田さんの分厚い筋肉の鎧が、常人には視認できないほどの超高速の反応速度で躍動した。
彼は一切の表情を変えることなく、右耳に装着された透明なインカムの極小マイクに向かって、低く、しかし極めてクリアな声で短い暗号を呟いた。
「――アルファ・ゼロ。全ゲート、物理的封鎖を実行せよ」
次の瞬間、議場内に異様な音が鳴り響いた。
バタン! バタン! ガチャン! という、ひどく重々しく、そして暴力的な金属の衝突音。
それは、衆議院本会議場を取り囲む重厚なケヤキの木製両開き扉――議員たちが出入りするためのすべての出入り口が、外側に待機していた数十名の屈強なSPたちの手によって、一斉に、そして強制的に閉じられた音だった。
さらに、内側からは絶対にあけることのできない特殊な物理ロックが外側から掛けられる、カチャリという冷たい金属音が、議場の四方から同時に響き渡る。
「な、なんだ!? 扉が閉まったぞ!」
「おい、開けろ! なぜ鍵をかける! 衛視! 衛視は何をしている!」
パニックに陥った数名の若手議員が、入り口の扉へと駆け寄り、重厚なケヤキの板をドンドンと力任せに叩く。しかし、外側から屈強なSPの肉の壁と物理的なロックによって完全に封鎖された扉は、ピクリとも動かない。
国会議事堂の本会議場という、国家権力の最高の中枢が。
あろうことか、一人の少女の命令と、彼女に絶対の忠誠を誓うSPたちの手によって、数百人の国会議員ごと完全に『密室』へと作り変えられてしまったのだ。
「お、お前たち、正気か! 国会議員を議場に監禁するなど、前代未聞のテロ行為だぞ!」
「警察を呼べ! 誰か外に連絡を……!」
「無駄なエネルギーの消費じゃな」
扉を叩いて騒ぐ議員たちを見下ろし、如月総理は冷ややかに言い放った。
「この議場内の通信設備、および携帯電話の電波は、先ほどのわしの命令と同時に、黒田の指揮下にある電子戦部隊によって完全にジャミングされておる。現在、この本会議場は外界から物理的、かつ電磁的に完全に孤立した『巨大な鑑定室』となった。わしの許可なく、この空間から退出することも、外部と接触することも、物理的に不可能じゃ」
「か、鑑定室だと……!?」
僕の口から、ひきつったような絶望の呟きが漏れた。
彼女は本気だ。
旧校舎の図書室の机の上で、あるいは旧市街の空き地で、持ち込まれた奇妙なモノのルーツを探るために、周囲の環境を整え、ノイズを排除していたあの『鑑定の儀式』。それを、この国政の最高機関である国会を丸ごと私物化して、同じスケールで実行しようとしているのだ。
あまりのスケール感のバグり方に、僕は眩暈すら覚えた。
「さて、環境のノイズ排除は完了した。これより、対象物の本格的な成分分析フェーズへと移行する」
如月総理は、純白の手袋に持ったガラス玉を掲げたまま、スッと振り返り、秘書官席で胃を抱えて震えている僕を真っ直ぐに見据えた。
「サクタロウ。お主のその無駄に汗をかいているだけの秘書官としての職務を果たす時が来たぞ。即座に、警視庁の科学捜査研究所の主任クラス、および無機材料工学の専門家チームを、すべての分析機材と共にこの議場へ召集するのじゃ」
「は……? し、召集って……科捜研を、ここにですか!?」
僕は、自分の耳を疑い、思わず裏返った声を出してしまった。
警視庁の科学捜査研究所といえば、殺人事件や重大なテロ事件の現場で証拠品の分析を行う、警察の心臓部とも言える専門機関だ。それを、事件でもなんでもない、ただ予算委員会の最中に落ちていた一個のガラス玉を調べるためだけに、機材ごと国会に呼びつけるというのか。
「当然じゃ。わしの肉眼とルーペによる初期観察だけでは、表面に付着しているであろうミクロン単位の微量物質の特定や、ガラス内部の厳密な化学組成の解明には物理的な限界がある。完全なるルーツの特定には、最新の電子顕微鏡やガスクロマトグラフィー質量分析計などの科学的アプローチが不可欠じゃ」
如月さんは、当たり前のように涼しい顔で言い放つ。
「しかし如月さん! いくら総理大臣の権限があるからって、警察の鑑識をそんな私物化するような命令、通るわけがありませんよ! 彼らだって暇じゃないんですから!」
「愚鈍」
僕の極めて常識的な抗議は、またしても冷たい一言で切り捨てられた。
「サクタロウ、お主はまだ自分が持っている権力の物理的質量を理解しておらんようじゃな。お主の胸にあるバッジと、その手にある総理秘書官専用のタブレット端末は飾りではない。総理大臣直々の『国家の重大な危機に関する緊急出動要請』という絶対的なコマンドを入力すれば、警察組織は思考を停止して物理的に従うようシステム化されておる。つべこべ言わず、五分以内に彼らをこの議場の手前まで到着させるよう手配するのじゃ」
無茶苦茶だ。
しかし、彼女のその揺るぎない確信に満ちたアメジストの瞳に見つめられると、僕の身体はまるで催眠術にかけられたように、抗うことをやめてしまうのだ。
僕は、胃の痛みに涙目になりながら、手元のタブレット端末を起動した。画面には、一般人では決してアクセスできない、政府高官専用の極秘回線のインターフェースが光っている。
僕は震える指で『警視庁科学捜査研究所・緊急出動要請』のコマンドをタップし、総理秘書官としての生体認証パスワードを解除した。
(ごめんなさい、日本の警察のみなさん……! 今から呼びつける理由は、国家の危機じゃなくて、ただのガラス玉の鑑定なんです……!)
心の中で平謝りしながら、僕は要請の送信ボタンを押した。
「――いい加減にしろおおおっ!!」
僕がタブレットの操作を終えた、まさにその瞬間。
野党席の最前列から、耳をつんざくような激しい怒声が爆発した。
顔面を紅蓮の炎のように真っ赤に染め上げ、口角に泡を飛ばしながら演壇へと突進してきたのは、益田孝市だった。
彼は、議場の扉が封鎖され、あろうことか警察の鑑識まで呼ばれようとしているこの状況に、ついに政治家としての薄っぺらい理性と処世術の皮が完全に剥がれ落ちてしまったのだ。
「権力の私物化だ! 独裁政治だ! 議会を封鎖し、警察権力を使って自分に逆らう議員を弾圧しようというのか! これは明確な憲法違反であり、民主主義の崩壊だ! きさまのような小娘に、これ以上この国を好き勝手にさせてたまるかあああ!」
益田は、仕立ての良いスーツのジャケットを乱し、革靴の音を荒々しく響かせながら、演壇の階段に足をかけた。
彼の目的は明らかだ。如月総理に直接掴みかかり、その手からガラス玉を奪い取って床に叩きつけ、この狂気じみた鑑定の儀式を物理的に破壊すること。
高齢とはいえ、激高した大人の男性の突進力は凄まじい。
秘書官席にいる僕の位置からは、彼を止めることは物理的に不可能だった。
「総理! 危ない!」
僕が絶叫した、その刹那。
「――そこまでだ。その足の裏が、総理の演壇の聖域を汚すことは許されない」
ドンッ!!!
という、まるで大型トラック同士が正面衝突したかのような、ひどく重く、鈍い打撃音が議場に響き渡った。
「ぐっ……!? がはっ……!」
突進していた益田の身体が、見えない透明な壁に激突したかのように、空中でピタリと停止した。
いや、透明な壁ではない。
いつの間にか、演壇の階段の最下段に、漆黒のスーツを着た巨漢――SPの黒田さんが、両足を大地に根を張るように固定し、完全な迎撃の体勢で立ちはだかっていたのだ。
黒田さんは、拳を振り上げることも、武器を抜くこともしていなかった。
ただ、己の分厚い胸板と、丸太のような太い右腕を前方に突き出し、益田の突進の運動エネルギーを、自らの圧倒的な筋肉の質量と完璧な体術によって『完全に吸収し、停止させた』のである。
益田は、黒田の鉄骨のような右腕に胸部を強打され、肺の中の空気をすべて吐き出して白目を剥きかけた。そのまま膝から崩れ落ちそうになるのを、黒田さんが襟首を掴んで強引に直立状態を保たせている。
「な、なんだこの大男は……! 離せ! 私は国民の代表たる国会議員だぞ! 私の身体に触れることは、特権侵害であり……!」
益田が咳き込みながら、黒田さんの腕を振り解こうと必死に暴れる。
しかし、黒田さんの腕はまるで油圧式の万力のようにビクともしない。彼の能面のような冷徹な顔には、一国を代表する重鎮議員に対する遠慮や忖度など、一ミリグラムも存在していなかった。
「私の前では、国会議員という肩書きも、テロリストという肩書きも、すべて等しく『総理に対する物理的脅威』としてフラットに処理される。お前の運動エネルギーはすでに完全に制圧した。これ以上の無駄な抵抗は、自身の骨格への深刻なダメージを招くだけだと警告しておく」
黒田さんの感情の一切こもっていない機械的な宣告に、益田は恐怖に顔を歪ませ、ついに動きを止めた。
議場の野党議員たちも、その圧倒的な暴力のプロフェッショナルによる制圧劇を前に、もはや完全に言葉を失い、静まり返っている。
「……見苦しいの。益田よ」
黒田さんに拘束され、ゼエゼエと荒い息を吐く益田を見下ろしながら。
演壇の上の如月瑠璃が、氷のように冷たく、そしてどこまでも残酷な観察者の声で呟いた。
「権力の私物化? 民主主義の崩壊? お主のその大仰な台詞の裏には、己の正義を貫こうとする高潔な情動など、欠片も存在しておらん」
如月さんは、ゆっくりと階段を降り、黒田に拘束されている益田の目の前まで歩み寄った。
そして、手にした銀のルーペを通して、益田の顔面を至近距離から冷徹に観察し始めた。
「な、なんだ……! 私を愚弄する気か……!」
「愚弄などしておらん。ただ、お主の身体が発している極めて正直な『物理的反応』を観測しているだけじゃ」
如月さんは、純白の手袋の指先で、益田の額に浮かぶ大量の汗をスッと指し示した。
「お主は今、民主主義の危機に激高していると口では喚いておる。本来、人間が純粋な義憤や正義感という情動によって怒りを感じた場合、交感神経の働きにより、心拍数の上昇と共に、瞳孔は大きく拡大し、筋肉への血流が増加して顔面は紅潮するはずじゃ」
彼女の指摘は、政治家の感情論を、単なる生物学的な生体反応へと冷酷に解体していく。
「しかし、よく見るのじゃ。お主の額からは、体温調節のためのエクリン腺から異常な量の冷や汗が分泌されておる。さらに、強い照明の下であるにもかかわらず、お主の瞳孔は極端に収縮し、視線は定まらずに激しく揺れ動いておる。そして、首元の頸動脈の異常な拍動。これは、純粋な『怒り』による生体反応ではない」
如月さんの深いアメジストの瞳が、益田の醜い本質を、一枚一枚皮を剥ぐように白日に晒していく。
「これは『恐怖』と『焦燥』じゃ。わしの理化学的な追及によって己の利権構造と無能さが暴かれ、さらに議場が封鎖されて警察の鑑識まで呼ばれるという、己の狡猾な処世術が一切通用しない未知の状況に対する、極めて原始的な自己防衛本能の働きに過ぎん。……お主が先ほどから声を張り上げ、わしに突進してきたのは、国や国民のためではない。ただ、カメラの前で『総理に立ち向かう正義の政治家』というポーズを演じ、己の失態をごまかし、政治家としての地位を守るための、極めて利己的で空虚な自己アピールじゃ」
「ち、違う! 私は国民のために……!」
「嘘をつくな。お主の収縮した瞳孔と、過剰に分泌されたコルチゾールが、お主の言葉が完全な虚偽であることを物理的に証明しておる」
如月瑠璃の容赦のない、そして反論不可能な生体データの解体によって、益田の『正義の怒り』という名の薄っぺらいメッキは完全に剥がれ落ちた。
「中身のない正義感と、自己保身のための低俗な情動。そんな不純物だらけの動機で、わしの神聖なルーツ探求を邪魔するなど、万死に値する。これ以上、その見苦しい汗と体臭で、この議場の空気を汚染するでない。黙ってそこで、科学の光によって真実が暴かれる様を見ているのじゃな」
冷徹な宣告。
それは、益田孝市という政治家の魂そのものを、論理の刃で完全に切り裂き、沈黙させる一撃だった。
益田は、もはや反論する気力すら完全に喪失し、黒田の腕の中で力なく首を垂れた。
議場を埋め尽くす数百人の議員たちも、一人の少女の恐るべき観察眼と、それを支える絶対的な論理的暴力の前に、もはや誰一人として声を上げることはできなかった。
「……サクタロウ。手配は済んだな」
完全に静寂を取り戻した議事堂の赤絨毯の上で、如月総理は再び演壇へと戻りながら、僕に向かって声をかけた。
「は、はい。科捜研のチーム、フル装備でこちらに向かっています。あと三分ほどで、議事堂のゲートに到着するはずです……」
僕は、胃を抱えたまま、かすれた声で報告した。
「重畳じゃ」
如月瑠璃は、純白の手袋に包まれた手の中で、直径一センチのガラス玉を静かに転がした。
国会という国家の最高権力の中枢が、完全に彼女の『ルーツ探求のゲーム盤』へと書き換えられたのだ。
巨大な密室と化した議事堂の本会議場は、これから始まる前代未聞の科学的鑑定の儀式を前に、不気味なほどの沈黙を保ったまま、科捜研の到着を待っていた。




