二度目の打ち合わせ
日曜日。
先日の作戦会議を踏まえて。
私たちはもう一度、酒井さんに相談することになった。
場所は、麗の実家。
甘味処『たまゆり』。
待ち合わせは午後二時。
私は少し早めに家を出て、二十分前に到着した。
琉々「こんにちは」
扉を開けると。
チリン、チリン。
入口の鈴が鳴る。
店内を見渡して――。
琉々「あれ?」
窓際の席に、もう酒井さんがいた。
テーブルの上にはノートパソコン。
画面を見ながら、何か作業をしている。
その横には、湯気の立つコーヒーカップ。
私に気づくと、酒井さんが顔を上げた。
酒井「あ、琉々ちゃん。こっちこっち」
笑顔で手招きしてくれる。
琉々「こんにちは。酒井さん、早いですね」
酒井「前回、少し遅れちゃったからね。今日は早めに来たの」
酒井さんはパソコンを閉じた。
酒井「琉々ちゃん、何か飲む?」
琉々「あ、はい。じゃあ、温かいミルクティーを」
注文を済ませて。
私は酒井さんの向かいに座った。
まだ紅菜たちは来ていない。
二人きりだと、少し緊張する。
そんな私を見ながら。
酒井さんが、ふと思い出したように口を開いた。
酒井「そういえばさ」
琉々「はい?」
酒井「この前、紅菜ちゃんがチラッと話してたんだけど」
少し身を乗り出す。
酒井「琉々ちゃんって、神様とお話しできるの?」
琉々「えっ」
突然聞かれて、言葉に詰まった。
琉々「お話しできる……というか」
どう説明したらいいんだろう。
琉々「たまに、声が聞こえるだけというか……」
酒井「へぇ〜」
酒井さんは驚いた顔をした。
でも。
疑っている感じはしなかった。
酒井「すごいね」
琉々「いえ……私も、よく分かってないんです」
私は苦笑いした。
琉々「あの……クリスマスの日も」
酒井「うん?」
琉々「駅前でチョコを配ったの、神様に言われたからなんです」
酒井「え?」
酒井さんの表情が変わる。
酒井「そうなの?」
琉々「はい」
私は小さく頷いた。
琉々「なんでチョコを配るのか、その時は全然分からなくて」
「でも、そこでおばあちゃんが倒れて」
「私たちが、たまたま近くにいたから……」
そこまで言うと。
酒井さんは少し黙った。
そして。
酒井「そっか」
優しく笑った。
酒井「神様が、お母さんを助けてくれたのかもしれないね」
琉々「……はい」
不思議と。
その言葉が、胸の中にすっと入ってきた。
酒井さんは、コーヒーカップを両手で包む。
酒井「昔ね」
「お母さん、よく天嶽神社にお参りしてたの」
琉々「そうなんですか?」
酒井「うん。私も子供の頃は、よく連れて行かれたよ」
少し懐かしそうに笑う。
酒井「昔は、今より人も来てたしね」
「お祭りもあって」
「子供だったから、神様より屋台の方が楽しみだったけど」
琉々「ふふっ」
思わず笑ってしまった。
酒井「でも、大人になって久しぶりに行ったら」
酒井さんの表情が、少し寂しそうになる。
酒井「ずいぶん静かになっちゃってて」
「ちょっと、寂しかったんだよね」
私は何も言わず、酒井さんを見る。
酒井「だから」
酒井さんが微笑む。
酒井「紅菜ちゃんたちが『天嶽神社のお祭りを復活させたい』って言ってきた時」
「なんか、縁を感じたの」
琉々「私たちもです」
私は言った。
琉々「酒井さんに会えて、本当に良かったです」
酒井「そう?」
琉々「はい」
私は少し笑う。
琉々「神様に、感謝ですね」
酒井さんも笑った。
酒井「そうかもね」
その時。
チリン、チリン。
店の扉が開いた。
紅菜「お待たせー!」
その後ろから、麗と姫心も入ってくる。
紅菜「琉々、早い!」
姫心「ちょっと、紅菜早く入ってよ」
「うしろつっかえてるから」
紅菜「ごめんごめん」
麗は二人のやりとりを笑いながら見てる。
酒井「じゃあ、みんな揃ったことだし」
「始めよっか」
* * *
飲み物が揃ったところで。
第二回。
天嶽神社お祭り復活会議が始まった。
酒井「それで?」
酒井さんが私たちを見る。
酒井「どんなアイデアが出たのかな?」
紅菜「はい!」
待ってましたと言わんばかりに、紅菜が身を乗り出した。
紅菜「まず神輿!」
酒井「うん」
紅菜「神楽舞!」
酒井「うんうん」
紅菜「限定御朱印!」
酒井「いいね」
紅菜「屋台!」
「それから神楽殿を作って」
「蒼戸先生に太鼓を叩いてもらって」
「神楽夜ちゃんに歌ってもらって――」
紅菜の勢いが止まらない。
紅菜「あと、みんなで神様をイメージした衣装を着て」
「浴衣のレンタルもして、最後に――」
紅菜が両手を大きく広げた。
紅菜「花火!」
酒井さんが目を丸くする。
そして。
酒井「ふふっ」
笑った。
酒井「ずいぶん大きなお祭りになったわね」
紅菜「はい!」
紅菜は満足そうだ。
姫心が横から付け加える。
姫心「紅菜が思いついたものを全部入れようとするので」
紅菜「姫心だって抹茶スイーツ入れたじゃん!」
姫心「あれは地域のお店に出てもらう案」
紅菜「食べたいんでしょ?」
姫心「……それもあるけど」
麗が笑う。
酒井さんも楽しそうに笑っていた。
でも。
しばらくすると、仕事の顔に変わった。
酒井「なるほどね」
「みんなが、どんなお祭りにしたいのかは分かったわ」
酒井さんはパソコンを叩きながら、何かを書き込んでいく。
酒井「じゃあ、一度整理しましょうか」
私たちは姿勢を正した。
酒井「まず、神事をするなら宮司さんが必要ね」
姫心「はい」
姫心が頷く。
酒井「次に神輿」
紅菜「はい!」
酒井「花火」
紅菜「はい!」
酒井「神楽殿」
紅菜「はい!」
酒井さんが笑う。
酒井「紅菜ちゃん、全部やる気ね」
紅菜「もちろんです!」
酒井「御朱印や衣装、キッチンカーについては、協力してくれる人を探せば比較的進めやすいと思う」
麗が頷く。
麗「うちの店にも相談できます」
酒井「うん、いいわね」
酒井さんが、そこで一度言葉を止めた。
酒井「ただ」
空気が変わった。
酒井「一番大事なことが、二つある」
紅菜「二つ?」
酒井さんが指を一本立てる。
酒井「一つ目は、地域の人たちの理解」
「特に、天嶽神社を昔から支えてきた氏子さんたち」
紅菜たちの表情が少し真剣になる。
酒井「私たちがどんなに『お祭りをやりたい』って言っても」
「昔から神社を守ってきた人たちの理解や協力が得られなかったら、話は進まない」
「勝手にお祭りを開くわけにはいかないものね」
麗「……確かに」
酒井「それと」
酒井さんが二本目の指を立てた。
酒井「もう一つが、『お金』」
全員「…………」
誰も何も言わなかった。
酒井さんは続ける。
酒井「もちろん、どこまでやるかによって全然違うけど」
「みんなが今言ったことを、ある程度ちゃんと形にしようとすると……」
少し考えて。
「ざっと五百万円くらいは見ておいた方がいいかな」
全員「…………」
一瞬。
何を言われたのか、分からなかった。
紅菜「ご……」
紅菜が固まる。
「五百……?」
酒井「万円ね」
ガタンッ!
紅菜が立ち上がった。
紅菜「ご、五百万!?」
店内に紅菜の声が響く。
周りのお客さんが、一斉にこちらを見る。
姫心「紅菜、声!」
姫心が慌てて腕を引っ張る。
紅菜「ご……ごめん」
紅菜が小さくなって座った。
麗も呆然としている。
麗「予想以上に高かった……」
姫心は、完全に固まっていた。
姫心「五百万なんて……絶対無理だよ」
私も。
頭の中で、その数字を何度も繰り返した。
五百万円。
高校生の私たちには。
大きすぎて、どれくらい大きいのかさえ分からない。
お小遣いを全部貯めたら。
何年かかるんだろう。
いや。
何十年?
紅菜がテーブルを見つめている。
さっきまでの勢いが、嘘みたいに消えていた。
紅菜「……無理かも」
小さな声だった。
私は紅菜を見る。
紅菜が。
そんな言葉を言うのを、初めて聞いた気がした。
誰も何も言えない。
夢でいっぱいだったお祭りが。
急に。
ものすごく遠い場所へ行ってしまったような気がした。
そんな私たちを見て。
酒井さんが口を開いた。
酒井「でもね」
私たちは顔を上げる。
酒井「勘違いしちゃダメ」
紅菜「え?」
紅菜が酒井さんを見る。
酒井「五百万円を、あなたたち四人で用意する必要はないの」
麗「……どういうことですか?」
酒井さんは指を折りながら説明する。
酒井「協賛してくれる企業を探す」
「地域のお店にも協力をお願いする」
「クラウドファンディングを使う方法もある」
紅菜の顔が、少しずつ上がっていく。
酒井「それに、地域のお祭りなら、行政に相談できることだってある」
「全部をお金で解決しなくても」
「人に協力してもらえば、費用を抑えられることもある」
姫心「例えば?」
酒井「神輿を借りられるかもしれない」
「神楽殿だって、本格的な建物じゃなくて仮設ステージという方法もある」
「地元のお店が出店してくれれば、自分たちですべて用意する必要もない」
紅菜の目に。
少しずつ光が戻ってくる。
紅菜「つまり……」
酒井さんが頷いた。
酒井「五百万円を見て『無理』って諦めるんじゃなくて」
「どうすれば実現できるのかを、一つずつ考えるの」
「お祭りってね」
「一人がお金を出して作るものじゃないのよ」
酒井さんは、私たち四人を見る。
酒井「いろんな人が少しずつ力を出し合って、作るものだから」
その言葉に。
私は、これまでのことを思い出した。
神社の掃除。
カレー。
クリスマスのチョコ。
私たちだけじゃなかった。
いつも。
誰かが助けてくれた。
紅菜「……そっか」
そして。
両手で、自分の頬を軽く叩いた。
パンッ!
紅菜「よし!」
姫心が驚く。
姫心「急にどうしたの?」
紅菜「復活!」
紅菜が顔を上げた。
紅菜「五百万くらいでビビってたら、お祭りなんて復活できないよね!」
姫心「さっき『無理かも』って言ってたけど」
紅菜「言ってない!」
私は苦笑いしながら。
琉々「言ったよ」
紅菜「聞き間違い!」
麗「全員聞いてたよ」
いつもの紅菜が戻ってきた。
私は、少し安心した。
酒井さんも笑っている。
酒井「その意気」
麗「じゃあ、最初にやるべきなのは」
「氏子さんたちに、お祭りを復活させたいって話をすることですか?」
酒井「そう」
酒井さんが頷いた。
酒井「まずはそこ」
「地域の人たちがどう思っているのか」
「お祭りの復活に賛成してくれるのか」
「昔のお祭りを知っている人がいるのか」
「そこを確認しないと、具体的な計画には進めない」
姫心が、何かを思い出したように言った。
姫心「そういえば」
「悠真のおじいちゃんも、同じようなこと言ってたよね」
琉々「あ」
私も思い出した。
琉々「うん。言ってた」
紅菜が勢いよく立ち上がる。
紅菜「じゃあ!」
「もう一回、悠真のおじいちゃんに話を聞きに行こう!」
「氏子さんたちのことも、きっと知ってるよ!」
酒井さんが頷く。
酒井「それがいいと思う」
「宮司さんについては、私の方でも当たってみるわね」
紅菜の顔が明るくなる。
紅菜「本当ですか!?」
酒井「うん。仕事柄、神社や地域イベントに関わった人とも多少つながりがあるから」
「お願いできそうな人がいないか、聞いてみる」
紅菜が勢いよく頭を下げた。
紅菜「ありがとうございます!」
私たち三人も続く。
「ありがとうございます!」
酒井さんは少し困ったように笑った。
酒井「まだ見つかるって決まったわけじゃないからね」
「でも」
コーヒーを一口飲んで。
酒井「やれるところまで、やってみよう」
全員「はい!」
四人の声が重なった。
五百万円。
氏子さんたちの理解。
宮司さん。
大きな壁は、たくさんある。
でも。
さっきまでとは違った。
壁の向こうへ行くために。
次に何をすればいいのか。
それが、少しだけ見えた気がした。




