神結び祭り
翌日の放課後。
いつもの部室。
部室の壁際には、大きなホワイトボードが置かれていた。
その中央には、紅菜が赤いマーカーで書いた文字。
〝第一回 天嶽神社 お祭り大作戦会議〟
麗がホワイトボードを眺めながら、首を傾げた。
麗「あれ?」
「前にも似たような会議、やらなかったっけ?」
少し考える。
琉々「たぶん……第二回目だと思う」
紅菜「細かいことはいいの!」
「今日から、本格的に始まるんだから!」
紅菜「じゃあ、第一回本格的会議!」
ホワイトボードの「第一回」の下に、〝本格的〟と書き足した。
〝第一回本格的 天嶽神社お祭り大作戦会議〟
麗「余計に分かりにくくなったねぇ」
少し笑う。
紅菜は気にせず、赤いマーカーを持ち上げた。
紅菜「酒井さんは言いました!」
「できるか、できないかは考えずに、まずは理想のお祭りを考えなさい、と!」
姫心「なんか紅菜が言うと、違うニュアンスに聞こえる」
紅菜「ということで!」
「みんながやりたいことを、どんどん出していこう!」
すかさず自分で手を挙げる。
紅菜「はい!」
麗「自分で進行して、自分で一番に手を上げるんだ」
呆れたように笑う。
紅菜「まずは私から!」
紅菜は黒いマーカーに持ち替えて、ホワイトボードに書く。
〝神輿〟
紅菜「お祭りといえば、やっぱり神輿でしょ!」
「町のみんなで『わっしょい!』ってやりたい!」
姫心「悠真のおじいちゃんの話だと、神輿はもう無いんだよね?」
紅菜の手が止まった。
紅菜「……そうなんだよね〜」
姫心「神輿って、買うの?」
麗「あれ、どこで作ってるんだろう?」
琉々「宮大工さんとか?」
紅菜「借りたりできるんじゃない?」
〝神輿〟の横に、〝借りる?〟と書き足した。
姫心「いや、借りられないと思うけど……」
紅菜「姫心!現実的なことは後でだよ!」
姫心「はいはい」
麗「じゃあ、次は私」
紅菜がマーカーを渡す。
麗はホワイトボードに、丸みのある文字で書いた。
〝限定御朱印〟
麗「お祭り限定の可愛い御朱印を作りたいなぁ」
「季節の花とか、天嶽山を入れて」
「金色の文字とか使ったら、綺麗じゃない?」
紅菜がすぐに身を乗り出す。
紅菜「いいね!」
「限定って言葉、なんか欲しくなる!」
麗「紙の御朱印だけじゃなくて、デジタル御朱印も作りたい」
「御朱印をスマホで読み込むと、画面に神様や鳥居が浮かぶの」
紅菜「なにそれ!? 面白そう!」
琉々「それ、すごく良いかも」
麗「でしょ!」
紅菜が〝限定御朱印〟を大きな丸で囲む。
次に姫心が手を上げた。
姫心「私は、ちゃんと神事をやりたいな」
ホワイトボードに、丁寧な字で書く。
〝祝詞・神事〟
姫心「お祭りなら、ただ賑やかにするだけじゃなくて」
「神様に感謝を伝える時間が必要だと思うの」
「神主さんに祝詞を奏上してもらって」
「町の人たちも、一緒に手を合わせたりして」
私はその光景を想像した。
静かな境内。
神様に向けて響く祝詞。
集まった人たちが、同じ方向を見ている。
琉々「……うん、とってもいいかも」
自然と声が出た。
紅菜「それ、絶対やろう!」
「お祭りを復活させるなら、神様にもちゃんと喜んでもらいたい」
姫心の案にも、大きな丸がついた。
紅菜が私を見る。
紅菜「次、琉々!」
琉々「え?」
紅菜「琉々は、どんなお祭りにしたい?」
急に聞かれて、少し困る。
私はホワイトボードに並んだ言葉を見た。
神輿。
御朱印。
祝詞。
どれも楽しそうだった。
でも――。
私が天嶽神社で感じてきたものを考えると、浮かんだのは別の光景だった。
琉々「神楽舞……」
麗「神楽舞?」
聞き返す。
琉々「うん」
マーカーを受け取った。
〝神楽舞〟
と、少し小さな字で書く。
琉々「踊れる人がいるなら、見たい」
「神様のために舞うところ」
「鈴の音とか、太鼓の音とか」
「きっと、すごく綺麗だと思う」
胸の奥に、幼い頃に聞いた鈴の音が蘇る。
チリン。
紅菜が急に顔を上げた。
紅菜「そうだ!太鼓!」
「蒼戸先生に叩いてもらおうよ!」
麗「それいいねぇ!」
手を叩く。
麗「先生、太鼓上手だもんね」
姫心「でも、蒼戸先生、人前に出るの苦手じゃなかった?」
紅菜「そこは……」
「顧問の責任ということで!」
琉々「そんな責任ないと思う」
麗「紅菜なら、断られても押し切りそうだよねぇ」
紅菜「まずは頼んでみる!」
ホワイトボードに力強く書いた。
〝蒼戸先生 太鼓〟
麗が〝神楽舞〟の文字を眺める。
麗「神楽殿があったら、いろんなことできそう」
「舞もできるし」
「和楽器の演奏もできるし」
麗は思い出すように。
麗「神楽夜ちゃん、歌ってくれないかなぁ」
紅菜「歌って欲しい!」
「満月じゃなくても歌ってくれるかな?」
麗「どうなんだろう?」
ホワイトボードに書き足す。
〝神楽夜 奉納歌?〟
そして、紅菜がここぞとばかりに書いた文字は。
〝屋台〟
紅菜「お祭りといえば、美味しい食べ物!」
麗が紅菜を見る。
麗「それは、そうなんだけど……紅菜が言うとな〜」
紅菜は麗の言葉を気にせず、指を折りながら食べたいものを挙げていく。
紅菜「焼きそば!」
「焼きとうもろこし!」
「たこ焼き!」
「かき氷!」
「わたあめ!」
「チョコバナナ!」
麗「ちょっとちょっと、全部、自分が食べたいものになってるから」
途中で止める。
紅菜「お祭りに来た人だって食べたいよ!」
姫心「紅菜が一番食べたいんでしょ」
紅菜「否定はしない!」
私は笑いながら、前に会った人たちを思い出す。
琉々「航一さんと湊一さんのカレーも出して欲しいね」
紅菜「それは絶対!」
ホワイトボードに書き足す。
〝やみつき潮崎シーフードカレー〟
麗「うちの『たまゆり』も出せるか、お母さんに聞いてみるね」
紅菜「和菓子、いいね!」
姫心も少し身を乗り出した。
姫心「抹茶専門のスイーツ店も呼びたい」
紅菜がにやりと笑う。
紅菜「それは姫心が食べたいだけじゃない?」
姫心は一瞬黙った。
姫心「……来た人も喜ぶと思う」
紅菜「姫心も同じじゃん!」
笑う。
* * *
麗がホワイトボードの端に、衣装の簡単な絵を描き始めた。
麗「みんなで神様をイメージした衣装を着たいな〜」
紅菜「神様の衣装?」
麗の手元を覗く。
麗「紅菜は稲荷のイメージで、赤と金」
「琉々は水の神様で、水色と白」
「姫心は桜のイメージで、淡いピンク」
「私は自由と風をイメージした、緑と黄色」
麗のマーカーが動くたびに、四人分の衣装が形になっていく。
紅菜「可愛い!」
喜ぶ。
紅菜「これ着てお祭り歩きたい!」
琉々「かなり目立ちそう」
「でも……来てみたいかも」
姫心「衣装を着たい人向けに、浴衣のレンタルもできるといいかも」
麗「それいいねぇ」
「着付けができる人も探さないとね」
紅菜「今は、できるかどうか考えない!」
「とにかく書く!」
麗「紅菜が一番、酒井さんの言葉を都合よく使ってるねぇ」
紅菜は聞こえないふりをして、さらに文字を書く。
〝花火〟
紅菜「最後に花火!」
麗「おお!」
「夜の天嶽山に花火、絶対綺麗!」
姫心「神社の近くで上げられるかは分からないけど」
「できたら、すごく印象に残りそう」
私は窓の外を見る。
暗い山の上。
夜空に開く、大きな光。
その下で、たくさんの人が同じ空を見上げている。
琉々「神様に、祈りを届ける花火」
呟くと、三人がこちらを見た。
紅菜「それいい!」
花火の横に書き足す。
〝神様へ祈りを届ける花火〟
麗「ただの花火じゃなくて、みんなの願いを集めるのはどう?」
「短冊みたいな紙に、願いや感謝を書いてもらって」
「その気持ちを花火に込めるの」
姫心「紙を燃やすわけにはいかないから、奉納箱に入れて」
「祝詞の後に、みんなの願いの分だけ花火を上げるのいいかも」
紅菜「それ、めちゃくちゃいい!」
紅菜は興奮して、ホワイトボードを指差した。
紅菜「よし! これ全部やろう!」
姫心「全部は無理だと思うけどな〜」
姫心がホワイトボードを指差す。
姫心「神輿」
「御朱印」
「神楽殿」
「衣装」
「浴衣レンタル」
「屋台」
「花火」
「これ全部やったら、予算も人手もすごいことになるよ」
紅菜は黙った。
麗も、文字で埋まったホワイトボードを見る。
確かに――。
書き出した夢は、ホワイトボードいっぱいに広がっている。
楽しい。
でも。
全部を実現するのは、簡単ではない。
部室の空気が、少しだけ静かになった。
私は、ホワイトボードに並んだたくさんの言葉を見る。
琉々「全部はできないかもしれないけど……」
「その中から、今の私たちにできることを選んでいけばいいと思う」
姫心「そうだね」
麗「どれか一つでも実現できたら、すごいよねぇ」
紅菜は、しばらく黙っていた。
そして――。
赤いマーカーを持ち直す。
ホワイトボードの一番上に、大きな字を書いた。
〝来た人が、また来たいと思うお祭り〟
紅菜「これが、一番大事なことかも」
「屋台がたくさんあるとか」
「花火が上がるとか」
「それも大事だけど」
「来てくれた人が、この神社を好きになってくれるお祭りにしたい」
紅菜の声は、いつもより静かで、力強かった。
姫心「神様に感謝を伝えて」
麗「町の人たちが、楽しい思い出を作れて」
琉々「そして、人と神様が、つながるお祭り」
三人が、私を見た。
麗「人と神様がつながる……」
小さく繰り返す。
紅菜「それだ!」
ホワイトボードの中央に、さらに大きな文字を書く。
〝神結び祭り〟
その文字を見た瞬間。
胸の奥が、小さく震えた。
神結び。
神様と人。
人と人。
町と神社。
今まで私たちがしてきたことが、その言葉に集まっているように思えた。
麗「いい名前だねぇ」
姫心「このお祭りで、天嶽神社と町の人たちを、もう一度つなげる」
紅菜はホワイトボードを見つめた。
紅菜「絶対、成功させよう」
私たちは同じ思いを胸に、頷いた。




