天嶽神社お祭り復活大作戦
冬休みが明けた。
いつもの部室。
窓の外では、冷たい風に吹かれて、校庭の木々が小さく揺れている。
暖房の効いた部屋の中には、私と紅菜と麗の三人。
姫心は剣道部の練習に行っている。
近いうちに大会があるらしく、最近は放課後も忙しいみたいだ。
紅菜は長机に頬杖をつきながら、ノートに何かを書いていた。
覗き込むと――。
〝天嶽神社のお祭りを復活させる方法〟
と、大きな文字で書かれている。
その下は真っ白だった。
琉々「何か良いアイディア思いついた?」
私が言うと、紅菜は顔を上げた。
紅菜「う〜ん、全然」
麗が何かを思い出したように、顔を上げた。
麗「ねえ、紅菜」
紅菜「ん?」
麗「そういえば、イベント会社の酒井さんに連絡してみた?」
紅菜の肩が、わずかにビクッと跳ねた。
紅菜「さ、酒井さん?」
麗「そう。クリスマスイブに病院で会った、おばあちゃんの娘さん」
紅菜「あ〜、うん……」
目をそらした。
分かりやすい。
麗「連絡してないんだ」
紅菜は気まずそうに笑った。
紅菜「なんかさ、恐れ多くて、連絡できてない……」
麗「何が恐れ多いの?」
首を傾げる。
紅菜「だって、イベント会社の社長さんなんだよ?」
「忙しいかもしれないし」
「高校生が、いきなりお祭りを復活させたいから、力を貸してくださいって言っても、困るかなって」
紅菜はだんだん声を小さくしていった。
確かに。
言われてみれば、少し緊張する気持ちは分かる。
酒井さんは「困った時はいつでも相談して」と言ってくれた。
でも――。
本当に連絡していいのか?
迷ってしまうのも無理はない。
麗は椅子から立ち上がると、紅菜の前に手を差し出した。
麗「名刺ある?」
紅菜「あるけど」
紅菜は鞄の中を探して、名刺を取り出し、麗に渡す。
麗は名刺を確認すると――。
そのままスマホに番号を入力した。
紅菜「え?」
顔を上げる。
麗は迷うことなく、通話ボタンを押した。
紅菜「ちょ、ちょっと待って!」
麗「もしもし」
紅菜が麗の携帯を奪おうと手を伸ばす。
麗はそれを避けながら、電話の相手に明るい声で話しかけた。
麗「あ、もしもし。酒井さんですか?」
「この前、病院でお会いした、椿麗です」
紅菜が、口を開けたまま固まっている。
私も思わず姿勢を正した。
麗は相手の話を聞きながら、何度か頷く。
麗「はい。はい」
「いえいえ。おばあちゃん、お元気になられたんですね」
麗の表情が、柔らかくなる。
どうやら、あのおばあちゃんは退院して、今は自宅で元気にしているらしい。
(よかった)
胸の奥が、少し温かくなる。
麗「実は、酒井さんにご相談したいことがありまして」
隣で固まっている紅菜を見た。
麗「今、部長に代わりますね」
紅菜「え!?」
飛び上がった。
紅菜「やだ! 麗が話してよ!」
麗はスマホを紅菜に差し出す。
麗「部長なんだから、ちゃんと話しなさい」
紅菜「でも心の準備が!」
麗「もう電話つながってるよ」
紅菜「心臓が口から出そう!」
麗「出ないから大丈夫」
麗は強引にスマホを紅菜へ握らせた。
紅菜はしばらくスマホを見つめていた。
それから覚悟を決めたように、耳へ当てる。
紅菜「あ、あの!」
声が裏返った。
紅菜「先日は、ありがとうございました!」
電話越しなのに――。
紅菜は立ち上がり、深々と頭を下げた。
相手からは見えないのに。
紅菜「おばあちゃん、お元気になられたんですね」
「本当に良かったです!」
少しずつ――。
紅菜の声から、緊張が抜けていく。
紅菜「あの、実は酒井さんに、少し相談したいことがありまして」
背筋を伸ばした。
紅菜「私たち、今、天嶽神社のお祭りを復活させるために活動してるんです」
「でも、どうすればお祭りを開催できるのか、全然分からなくて」
「もし良ければ、酒井さんのお知恵をお借りできないでしょうか?」
いつもの紅菜とは違う。
言葉を選びながら、一生懸命に話している。
時々、声が震えていたけど――。
お祭りを復活させたい気持ちは、きっと伝わっていると思う。
紅菜は、電話の向こうの話を何度も頷きながら聞いていた。
紅菜「はい」
「はい!」
「来週の日曜日ですか?」
「大丈夫です!」
私たちを見る。
私と麗は頷いた。
麗が小声で「うちの店でどう?」と伝える。
紅菜「場所は、たまゆりという甘味処でどうでしょうか?」
「はい。じゃあ、それでお願いします!」
「ありがとうございます!」
電話を切った瞬間――。
紅菜は、椅子に崩れ落ちた。
紅菜「つ、疲れた……」
机に突っ伏す。
麗が紅菜の頭を軽く叩く。
麗「よくできました」
紅菜「麗が勝手に電話したんでしょ!」
麗「でも、ちゃんと話せたじゃん」
紅菜「寿命が三年くらい縮んだ」
麗「三年で済んで良かったね」
紅菜「良くないよ!」
私は二人を見ながら笑った。
麗「それで、どうなったの?」
紅菜は顔を上げた。
紅菜「来週の日曜日に、たまゆりで会うことになった!」
先ほどまでの緊張が嘘のように、笑顔になる。
紅菜「琉々と麗は大丈夫?」
琉々「私は大丈夫」
麗「もちろん大丈夫」
頷いた。
私は、空いている姫心の席を見る。
琉々「姫心には、あとで聞いてみるね」
紅菜「お願い!」
紅菜は真っ白だったノートを開いた。
そして――。
〝酒井さんと打ち合わせ〟
と書き込んだ。
ようやく。
祭り復活に向けた最初の予定が、決まった。
* * *
〜翌週の日曜日・甘味処たまゆり〜
私たちは、麗の実家の甘味処〝たまゆり〟に集まっていた。
昼の営業が落ち着いた時間。
店の奥にある六人掛けの席に、四人で並んで座っている。
テーブルの上には、香織さんが用意してくれたお茶と、小さな和菓子が置かれていた。
紅菜「酒井さん、まだかな〜」
入口を、何度も見る。
姫心「待ち合わせまで、あと五分あるよ」
紅菜は落ち着かない様子で、何度もノートを開いたり閉じたりしている。
ノートには、酒井さんに聞きたいことが書かれていた。
〝お祭りを開催するためには何が必要か?〟
〝どれくらいのお金がかかるのか?〟
〝人を呼ぶにはどうすればいいのか?〟
文字が少し震えている。
意外と、緊張しているみたいだ。
やがて――。
入口の扉が開いた。
チリンチリン。
鈴の音が店内に響く。
紅菜「あっ」
立ち上がる。
入ってきたのは、紺色のコートを着た酒井久美子さんだった。
肩に大きな鞄を掛け、スマホを手にしている。
こちらに気づくと、小走りでやってきた。
酒井「ごめんなさい」
「途中で仕事の連絡が入ってしまって」
「少し遅くなりました」
紅菜が勢いよく頭を下げる。
紅菜「全然大丈夫です!」
「まだ待ち合わせの時間ぴったりです!」
酒井「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
笑う。
酒井「今日は仕事じゃなくて、相談を聞きに来ただけだから」
紅菜は少し安心したように、席を勧めた。
姫心「酒井さん、何を飲みますか?」
メニューを差し出す。
酒井「ありがとう」
メニューを眺めた。
酒井「じゃあ、ホットコーヒーをいただこうかな」
姫心「分かりました」
店員さんに注文する。
私たちも、それぞれ飲み物や甘味を注文した。
酒井さんはコートを脱ぎ、鞄から手帳とペンを取り出した。
仕事用なのか――。
真っ黒な表紙の、しっかりした手帳だった。
その姿を見ただけで。
急に本格的な打ち合わせが始まるような気がした。
紅菜も背筋を伸ばす。
酒井さんは私たちを順番に見た。
酒井「それで」
「今日は、天嶽神社のお祭りを復活させたいという相談で合ってるかな?」
紅菜「はい!」
元気よく答えた。
少し声が大きすぎたのか、近くの席のお客さんがこちらを見る。
紅菜は照れたように座り直した。
麗が話を続ける。
麗「でも、実際にお祭りを開催するために、何をしたらいいのか分からなくて」
「私たちだけで考えても、屋台を呼ぶくらいしか思いつかないんです」
酒井「なるほど」
手帳に何かを書き込む。
酒井「まず確認したいんだけど」
「天嶽神社のお祭りは、昔はどんな規模だったの?」
四人で顔を見合わせた。
紅菜「私も小さい頃に行ったことがあるんですけど」
「屋台がいくつか出て、町の人たちが集まる、小さなお祭りでした」
酒井「神輿はあった?」
紅菜「多分、昔はあったみたいです」
少し自信なさそうに続ける。
酒井「奉納行事は?」
紅菜「ほうのう?」
首を傾げる。
姫心が代わりに答える。
姫心「神様に歌や踊りを奉納したり、祝詞を奏上したりすることですよね」
酒井「そう」
頷いた。
酒井「お祭りっていうと、屋台や神輿を思い浮かべる人が多いけど」
「本来は、神様に感謝を伝える神事でもあるの」
紅菜たちは真剣に話を聞いている。
琉々「ただ人を集めればいいというわけではないんですね」
酒井「もちろん、人が集まって楽しむのも大切」
「でも、天嶽神社らしいお祭りを作りたいなら、神様に何を伝えたいのかも考えた方がいいと思う」
神様に、何を伝えたいのか?
私たちは、しばらく黙った。
今まで――。
お祭りを復活させたいとは思っていた。
町の人を集めたい。
神社を盛り上げたい。
でも――。
神様に、何を伝えるのかまでは考えていなかった。
酒井「イベントを作る時に、私が最初に考えることがあるの」
紅菜がノートを開く。
紅菜「何ですか?」
酒井「そのイベントが終わった時」
穏やかな声で、言った。
酒井「来た人に、どんな気持ちで帰ってほしいか」
紅菜のペンが止まる。
紅菜「どんな気持ちで……」
酒井「例えば、楽しかったと思ってほしい」
「懐かしいと思ってほしい」
「また来たいと思ってほしい」
「誰かに伝えたいと思ってほしい」
私たちを見た。
酒井「イベントってね」
「ただ人を集めることじゃないの」
「来てくれた人の心に、思い出を作ることなの」
麗が感心したように呟く。
麗「思い出を作る……」
酒井「そう」
「だから、まずはどんなお祭りにしたいのかを考える」
「できるか、できないかは後でいい」
「予算も、人手も、一度置いておく」
「最初から現実的なことだけを考えると、小さくまとまってしまうから」
紅菜の表情が、だんだん明るくなっていく。
紅菜「じゃあ、やりたいことを全部出してもいいんですか?」
酒井「もちろん」
紅菜「神輿も?」
酒井「いいと思う」
紅菜「花火も?」
酒井「夢としてはね」
紅菜「屋台いっぱいも?」
酒井「まずは書いてみたらいい」
紅菜「わあ……」
目が輝く。
姫心が隣で小さく息を吐いた。
姫心「紅菜、食べものばかりになりそう」
紅菜「そんなことないよ!」
慌てて否定する。
酒井さんが微笑む。
酒井「ところで、屋台のお店については、心当たりはある?」
姫心が頷いた。
姫心「はい」
「知り合いに、キッチンカーをしている人がいます」
「声をかければ、知り合いの出店者にも相談してくれると言っていました」
酒井「それは大きいね」
手帳に丸をつけた。
酒井「出店者を一から探すのは、かなり大変だから」
紅菜は嬉しそうに身を乗り出した。
紅菜「じゃあ、屋台は大丈夫そうですか?」
酒井「まだ大丈夫とは言えないかな」
優しく言う。
酒井「出店できる場所があるのか?」
「電気や水道は使えるのか?」
「ゴミはどうするのか?」
「火を使う場合は、安全管理をどうするのか?」
「確認することはたくさんあるの」
紅菜の笑顔が、少しずつ引きつる。
紅菜「そんなに……」
麗「お祭りって、屋台を呼べばできるわけじゃないんですね」
酒井「そうね」
指を折りながら続ける。
酒井「会場の使用許可」
「近隣への説明」
「事故が起きた時の対応」
「スタッフの人数」
「警備」
「救護」
「トイレ」
「雨が降った時にどうするか」
聞けば聞くほど――。
必要なことが、増えていく。
紅菜のノートには、文字がびっしりと並び始めた。
紅菜「お祭りって……」
声が小さくなる。
紅菜「すごく大変なんですね」
酒井さんは頷いた。
酒井「大変よ」
「でも」
少しだけ、笑った。
酒井「誰か一人で全部やる必要はない」
「役割を分けて」
「協力してくれる人を増やして」
「一つずつ準備していけばいいの」
その言葉を聞いて――。
私は、これまでの神社部の活動を思い出した。
掃除も。
カレーの配布も。
クリスマスのチョコレートも。
最初から全部できたわけじゃない。
少しずつ――。
みんなで考えて、動いてきた。
紅菜も同じことを思ったのか――。
もう一度、顔を上げた。
紅菜「はい!」
「私たち、頑張ります!」
酒井「うん」
頷いた。
そして、少し真剣な表情になる。
酒井「ただし」
「一番最初に確認しないといけないことがある」
紅菜の手が、止まった。
紅菜「何ですか?」
酒井「天嶽神社には、今、神主さんがいないのよね?」
麗「はい」
「神主さんが亡くなってから、ずっといません」
酒井さんは腕を組む。
酒井「お祭りを単なるイベントとして開催するなら、方法はあると思う」
「でも」
「神社のお祭りとして、神事を行うなら」
「神主さんか、神職の方の協力が必要になる」
姫心が小さく頷いた。
姫心「やっぱり、そうですよね」
紅菜「ほかの神社の神主さんに、お願いすることはできるんですか?」
不安そうに聞く。
酒井「できる可能性はある」
「でも、誰でもいいわけじゃないし」
「地域の神社とのつながりも確認した方がいい」
「それに」
少し言葉を選んだ。
酒井「天嶽神社を管理している人が、今どうなっているのかも調べる必要がある」
紅菜「管理している人?」
酒井「神主さんがいなくても」
「土地や建物を管理する責任者がいるはずなの」
「祭りを開くなら、その人の許可も必要になる」
四人とも、何も言えなかった。
私たちは――。
天嶽神社をきれいにしたり。
参拝者を増やしたり。
神様の声を聞いたりしてきた。
でも――。
神社を正式に管理している人が誰なのか。
考えたことがなかった。
紅菜がノートを見つめる。
紅菜「神社のことを知ってるつもりだったけど」
「知らないことばっかりだ……」
酒井さんは、紅菜を安心させるように言った。
酒井「今、分かったんだから大丈夫」
「一つずつ調べていけばいいの」
麗「まずは、神主さんを探すことですか?」
酒井「その前に」
人差し指を立てた。
酒井「自分たちが、どんなお祭りをしたいのか」
「それを考えてみて」
「やりたいことが決まらないと、誰に何をお願いすればいいのかも決まらないから」
姫心「なるほど」
頷く。
姫心「次に会う時までに、四人で案を出してみます」
酒井「うん」
「できる、できないは考えなくていい」
「まずは、理想のお祭りを作ってみて」
コーヒーカップを持ち上げた。
酒井「ある程度、案がまとまったら」
「もう一度、打ち合わせしましょう」
紅菜「ありがとうございます!」
頭を下げる。
私たちも続いて頭を下げた。
酒井さんは笑う。
酒井「こちらこそ」
「母を助けてくれた恩返しもしたいから」
「私にできることなら、協力するわ」
紅菜の目が、また輝き始めた。
紅菜「なんか」
胸の前で、両手を握る。
紅菜「楽しくなってきました!」
姫心「まだ何も始まってないよ」
呆れたように言う。
紅菜「でも」
笑った。
紅菜「何かが動き出す予感がする!」
相変わらずの紅菜に――。
みんなが笑った。
でも。
私も同じことを感じていた。
* * *
お祭りを復活させるには――。
私たちが思っていた以上に、たくさんの準備が必要だった。
神主さん。
管理する人。
許可。
お金。
安全。
知らないことだらけだ。
それでも――。
目の前にあった真っ暗な道に。
小さな明かりが灯ったような気がした。
まだ――。
どこへ続いているのかは分からない。
だけど。
歩き始めることはできる。
私たちは――。
ようやく、お祭り復活に向けて。
最初の一歩を、踏み出した。




