雪景色の初詣
大晦日の前日。
神社部のグループに、紅菜からメッセージが届いた。
紅菜『ねぇ! みんな! 元旦、天嶽神社に初詣行こうよ!』
麗『いいね!』
姫心『いいけど、大晦日、大雪らしいよ』
紅菜『え!? そうなの? まあ、大丈夫でしょ!』
麗『雪の天嶽神社も絵になりそう!』
麗『みんなで写真撮ろう!』
琉々『初詣楽しみ。何時に待ち合わせする?』
紅菜『七時とか?』
麗『OK』
姫心『わかった』
琉々『私も大丈夫』
姫心『紅菜、滑って頭打たないでよ』
紅菜『そんな子どもみたいなことしないよ』
姫心『……』
麗『紅菜ならやりそうだけどね』
紅菜『とにかく、元旦、みんなで集合ね!』
私たちは、それぞれスタンプを送った。
* * *
大晦日。
昼間までは晴れていたのに、夕方から雪が降り始めた。
雪は、暗い夜の世界から「音」を食べ続ける。
車の音も。
誰かの足音も。
遠くの町の気配さえも。
少しずつ消えていって。
世界は、白く静かな場所へと変わっていった。
* * *
翌朝。
元旦。
カーテンを開けると、窓の縁に雪が積もっていた。
その向こうには、真っ白な景色が広がっている。
琉々「わあ……すごい」
家も。
道も。
遠くの山も。
全部、白い雪に包まれていた。
窓を少し開けると、冷たい空気が一気に部屋へ入ってくる。
琉々「寒いっ」
慌てて窓を閉めた。
手をこすりながら、厚手の服に着替える。
マフラーを巻いて。
手袋をして。
家を出た。
外は、本当に真っ白だった。
誰も歩いていない道に、私の足跡だけが残っていく。
歩くたびに。
ギュッ。
ギュッ。
雪を踏む音が、静かな町に響いた。
なんだか――。
子どもの頃に戻ったみたいで、少しだけ気持ちが弾む。
その時。
紅菜「琉々ー!」
前の方から、大きな声が聞こえた。
見ると――。
紅菜がこちらへ向かって手を振っている。
紅菜「明けましておめでとう!」
琉々「明けましておめでとう」
手を振り返す。
紅菜は嬉しそうに、小走りでこちらへ向かってきた。
その瞬間。
紅菜「わっ!」
足元がズルッと滑る。
紅菜の体が、大きく傾いた。
琉々「紅菜!」
思わず駆け寄った。
紅菜は両手を広げながら、なんとか踏みとどまる。
紅菜「あぶない、あぶない」
苦笑いしながら、ゆっくり体勢を整えた。
琉々「大丈夫?」
紅菜「うん。ぎりぎりセーフ」
胸を撫で下ろす。
紅菜「危うく、姫心にまた呆れられるところだったよ」
琉々「もう呆れられてるかも」
紅菜「琉々まで!」
二人で笑いながら、天嶽神社へ向かった。
* * *
天嶽神社に着くと、石段の前で麗と姫心が待っていた。
紅菜「お待たせー!」
手を上げる。
麗「紅菜、琉々、明けましておめでとう!」
笑顔で言う。
姫心「明けましておめでとう」
小さく頭を下げた。
そして、すぐに紅菜の足元を見る。
姫心「紅菜、ちゃんと転ばずに来られた?」
紅菜「も、もちろん!」
胸を張った。
姫心が目を細める。
姫心「あやしい」
そして、私を見る。
私は何も言わず、苦笑いした。
姫心「琉々の顔で分かった」
紅菜「まだ転んでないから!」
慌てて言う。
麗が笑う。
麗「まだ、なんだ」
紅菜「もう! さ、初詣行こ!」
紅菜に促されて、私たちは石段を上った。
雪が積もった石段は、いつもよりずっと白く見える。
鳥居をくぐる。
その先に――。
雪化粧をした社殿が見えた。
屋根にも。
石灯籠にも。
狛犬の頭にも。
柔らかい雪が積もっている。
朝の光を受けて、境内全体が淡く輝いていた。
琉々「きれい……」
思わず、声が漏れた。
* * *
その時。
麗が、あるものを見つけた。
麗「えっ! 可愛い!」
「ウサギ?」
見ると――。
社殿へ続く参道の真ん中に、一匹の白いウサギが佇んでいた。
真っ白な雪の中で、赤い目だけが小さく輝いている。
麗「可愛い! 写真撮ろう!」
すぐにスマホを構える。
レンズ越しにウサギを見た瞬間。
麗「あれ?」
首を傾げた。
麗「神楽夜ちゃん?」
「だいふく!」
境内の奥から、声がした。
「待って!」
ウサギの向こうを見ると、神楽夜が走ってきた。
今日は印象的な和風っぽいゴスロリ服ではなく、淡い色の振袖を着ている。
長い銀髪もきれいに結われていて、雪景色の中では人形みたいに見えた。
神楽夜は白いウサギに追いつくと、両手でそっと抱き上げた。
麗「きゃー!」
テンションが一気に上がる。
麗「神楽夜ちゃん、可愛い!」
「振袖すごく似合ってる!」
「ちょっと写真撮らせて!」
神楽夜が、驚いて麗を見る。
神楽夜「ちょ、ちょっと、やめてください!」
神楽夜はウサギのだいふくを抱えたまま。
社殿の方へ逃げるように走っていった。
その先に――。
見覚えのある人が立っていた。
紅菜「あれ?」
「蒼戸先生じゃない?」
「なんで神楽夜ちゃんと一緒にいるの?」
蒼戸先生はこちらに気づくと、小さく手を上げた。
蒼戸「穂高。明けましておめでとう」
紅菜「先生、明けましておめでとうございます!」
元気に答える。
蒼戸先生は、神楽夜の方を見る。
蒼戸「この子は、いとこの廻神楽夜」
紅菜「えー!?」
大きな声を上げた。
紅菜「いとこだったんですか!?」
蒼戸「どうしても付き合えって、ごねられてね」
少し困ったように、頭の後ろをかいた。
神楽夜は、だいふくを右腕に抱いたまま、蒼戸先生の左腕にしがみついている。
そして――。
先生の背中から、こちらを見た。
正確には。
私を見ていた。
心なしか――。
睨まれている気がする。
姫心が、私に小声で聞く。
姫心「琉々、神楽夜ちゃんと何かあった?」
琉々「なんていうか……」
声を潜める。
琉々「心当たりはないんだけど、嫌われてるみたい……」
神楽夜ちゃんが、蒼戸先生の腕に少し強くしがみついた。
なぜか――。
胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。
理由は、自分でも分からない。
神楽夜が蒼戸先生の腕を引っ張る。
神楽夜「慧介、行こ」
蒼戸「あ、あぁ」
二人は、鳥居の方へ歩いていく。
神楽夜は途中で一度だけ振り返り、また私を見た。
麗が大きく手を振る。
麗「今度は、写真撮らせてねー!」
神楽夜は答えず、そのまま鳥居をくぐっていった。
まったくブレない麗には感心する。
紅菜「蒼戸先生と神楽夜ちゃんが知り合いなんて、意外だったね」
姫心が二人の後ろ姿を見ながら言う。
姫心「でも、なんとなく似てるよね」
その言葉が――。
なぜか、胸の奥を小さく刺した。
紅菜「気を取り直して、お参りしよ!」
その声で、私は我に返った。
* * *
四人で並んで、社殿の前に立つ。
賽銭を入れて。
鈴を鳴らす。
二礼。
二拍手。
静かに手を合わせた。
去年――。
この町に引っ越してきた。
天嶽神社で紅菜と出会って。
麗と姫心と仲良くなって。
神社部に入って。
みんなで掃除をして。
山を登って。
カレーを配って。
おばあちゃんを助けて。
いろんな人と出会った。
それも全部――。
もしかしたら。
神様がつないでくれた縁なのかもしれない。
そう思ったら――。
自然と胸の奥に、温かいものが広がった。
お願いではなく。
ただ一つだけ。
心の中で呟いた。
(ありがとうございます)
風が吹いた。
頭上の木から雪が落ちて、白い粉のように舞った。
それが、神様からの返事のように見えた。
* * *
参拝を終えて、境内を歩いていると――。
石段を上ってきた男性が、足を滑らせた。
男性「うわっ!」
なんとか手すりにつかまり、転ばずに済んだ。
麗「危なかったね」
心配そうに言う。
姫心も、雪の積もった参道を見渡す。
姫心「このままだと、他の人も転びそう」
紅菜は、しばらく参道を見つめていた。
そして――。
ぱっと顔を上げる。
紅菜「ねえ、みんな、雪かきしない?」
麗「いいね!」
姫心「その方が、参拝に来る人も歩きやすいよね」
参道を見る。
琉々「でも、雪かき用のシャベルとかあるのかな?」
紅菜「ふふん」
得意げに笑う。
紅菜「社殿の裏に、ちょうどいいシャベルがあるんだ!」
姫心「なんで知ってるの?」
紅菜「この前、掃除してる時に見つけた!」
社殿の裏へ走っていった。
姫心「走ったら滑るよ!」
後ろ姿に声をかける。
紅菜「分かってるー!」
少しして――。
紅菜が、シャベルを何本か抱えて戻ってきた。
紅菜「じゃー、みんなで雪かきしよう!」
私たちは手分けして、参道の雪かきを始めた。
ザッ。
ザッ。
シャベルが雪をすくう音が響く。
最初は寒かったけれど、動いているうちに少しずつ体が温まってきた。
* * *
雪かきを始めてすぐ――。
いつも参拝に来るおばあちゃんが、石段を上ってきた。
おばあちゃん「あらあら」
「みんな、元旦からご苦労さまねえ」
紅菜「明けましておめでとうございます!」
元気よく答える。
おばあちゃん「いつも掃除してくれて、ありがとうね」
雪かきをしている私たちを見ながら、微笑んだ。
おばあちゃん「神様も、きっと喜んでるわねえ」
紅菜「そうだと嬉しいです!」
笑顔が、さらに明るくなる。
それからも――。
ぽつぽつと参拝者が訪れた。
「明けましておめでとう」
「神社部の子たちだよね?」
「雪かきありがとう」
「足元、気をつけてね」
すれ違うたびに、みんなが私たちへ声をかけてくれる。
以前は――。
私たちがここにいても、誰も気に留めなかった。
でも今は。
少しずつ、私たちのことを知ってくれる人が増えている。
* * *
雪かきを始めて、三十分ほど経った頃。
石段の下から、見覚えのある人がやってきた。
湊一「やー! みんな!」
「明けましておめでとう!」
紅菜「湊一さん!」
すぐに駆け寄る。
紅菜「明けましておめでとうございます!」
姫心「湊一さんも初詣ですか?」
不思議そうに首を傾げる。
姫心「前に、神様とかあまり信じないって言ってませんでした?」
湊一「そうだったんだけどね」
少し照れたように、笑った。
湊一「あの後、テレビの取材があってさ」
「それから、店が大繁盛なのよ!」
紅菜「テレビの取材?」
驚く。
琉々「すごい……」
思わず声を漏らした。
湊一「これも、神社部のおかげだよ!」
「あの時は、本当に助かった」
「ありがとう!」
深く頭を下げる。
紅菜「そんな!」
慌てて手を振る。
紅菜「私たちは、ちょっと手伝っただけですよ!」
湊一「それでもだよ」
社殿を見上げた。
湊一「あの時さ、琉々ちゃんが『神様に言われて』って言ってただろ」
「もしかしたら、本当に神様っているのかもなって思ってね」
「時々、お参りに来るようになったんだよ」
楽しそうに笑う。
湊一「まあ、航一は相変わらず信じてないけどね」
麗「航一さんらしい」
笑う。
湊一は参拝を終えると、私たちに大きく手を振った。
湊一「また店にも来てね!」
紅菜「はい!」
手を振り返す。
紅菜「また天嶽神社、来てくださいねー!」
* * *
湊一が帰った後も――。
カレーを配った時に見かけた人たちが、何人か参拝にやってきた。
「あの時の神社部の子たちだ」
「カレー、美味しかったよ」
「今日は雪かきまでしてるの?」
そんな声が聞こえる。
麗「なんか、今日、人多くない?」
参道を行き交う人を見ながら、言う。
麗「元旦って、いつもこんな感じなの?」
紅菜「ううん」
「毎年来てるけど、こんなに来ないよ」
姫心「神様のお告げの効果かな?」
考えるように言う。
私は、境内を見渡した。
神様のお告げ。
カレー。
テレビ取材。
SNS。
口コミ。
私たちが掃除をして。
町の人たちと話して。
少しずつ積み重ねてきたもの。
(きっと、どれか一つだけじゃない)
(神様のお告げだけでもなく、私たちの力だけでもない)
(その全部が、今日につながっている)
琉々「うん」
小さく頷く。
琉々「たぶん、全部だと思う」
紅菜「全部?」
首を傾げる。
琉々「神様のお告げも」
「私たちがやってきたことも」
「町の人たちが覚えてくれてたことも」
紅菜は、一瞬だけ目を丸くした。
それから――。
嬉しそうに笑った。
紅菜「そっか」
雪化粧した社殿を、見上げる。
紅菜「じゃあ、もっと頑張らないとね」
麗と姫心も、紅菜の隣に並んだ。
私も、三人の隣へ行く。
* * *
去年の夏――。
私は、誰にも必要とされていないと思っていた。
自分の力も。
聞こえる声も。
全部、隠した方がいいと思っていた。
でも今は――。
雪の中で笑う三人がいる。
私たちに声をかけてくれる町の人たちがいる。
そして。
少しずつ息を吹き返していく神社がある。
もしかしたら――。
私がここへ来たことにも、意味があったのかもしれない。
紅菜が、社殿を見つめたまま言った。
紅菜「絶対、復活させよう」
私たちは、紅菜を見る。
紅菜は振り返り、力強く笑った。
紅菜「天嶽神社のお祭り」
麗「うん」
姫心「絶対に」
まっすぐ、紅菜を見る。
私も――。
胸の奥に生まれた温かい気持ちを抱えながら、強く頷いた。
琉々「うん!」
その時。
社殿の奥から。
小さな鈴の音が聞こえた。
チリン。
雪の降る静かな境内に。
その音だけが。
いつまでも、優しく響いていた。




