フルーツタルトと誕生日
〜病院〜
病院に着いた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
白い蛍光灯。
消毒液の匂い。
静かな廊下。
さっきまでいた天嶽駅前とは、まるで別の場所みたいだった。
私たちは受付で事情を話し、おばあちゃんの病室を教えてもらった。
紅菜は、いつもより口数が少ない。
麗は、そんな紅菜の隣を、静かに歩いていた。
姫心は、少し潰れた箱を、大事そうに抱えている。
私は――。
さっき見えた、黒いモヤのことを考えていた。
(あれは、何だったんだろう)
確かに見えた。
そして、手を伸ばした瞬間に消えた。
(でも――あの瞬間)
(おばあちゃんの呼吸が、戻った気がした)
* * *
病室の扉の前で、紅菜が小さく息を吸った。
紅菜「……行くよ」
扉を開ける。
そこには、おばあちゃんが寝ていた。
点滴を打っている。
額にはガーゼ。
でも、意識はあるようだった。
紅菜が一番に駆け寄る。
紅菜「おばあちゃん! 大丈夫!?」
おばあちゃんは、ゆっくり目を開けた。
おばあちゃん「ああ……」
「さっきの子たちだね」
小さく、笑う。
おばあちゃん「さっきは、ありがとうね」
「なんか大袈裟に見えるけど、大丈夫だから安心してね」
その声を聞いた瞬間――。
紅菜は力が抜けるように、その場に座り込んだ。
紅菜「よかったぁ……」
目尻の涙を、そっと拭う。
麗も安心して、ほっと息を吐いた。
姫心が、持っていた箱を少し持ち上げる。
姫心「あの……」
「おばあちゃんが持ってた箱、少し潰れちゃったけど、大丈夫ですか?」
おばあちゃんは、箱を見る。
おばあちゃん「あ〜」
「ちょっと崩れちゃったかもね」
でも、その顔は優しかった。
* * *
その時。
廊下から、慌ただしい足音が聞こえた。
病室の扉が開く。
一人の女性が走り込んできた。
久美子「お母さん!」
「大丈夫!?」
息を切らしながら、おばあちゃんのベッドに駆け寄る。
久美子「体調悪いんだから、家にいてねって言ったのに!」
「どこ行ってたの!?」
強い口調だけど、声は震えていた。
おばあちゃんは、申し訳なさそうに笑う。
おばあちゃん「ごめんね」
「久美子が来るって言うから」
「これ、買いに行ってたんだよ」
姫心が、箱をそっと差し出す。
久美子は、その箱を見た瞬間に、何が入っているか、すぐにわかった。
おばあちゃん「昔から、好きだったろ?」
「隣町のフルーツタルト」
「久美子」
「誕生日、おめでとう」
久美子の表情が、歪んだ。
久美子「これ……」
「買うために、わざわざ隣町まで行ったの?」
「体調悪いのに?」
おばあちゃんは、ゆっくり頷く。
おばあちゃん「久美子、好きだったろ。ここのフルーツタルト」
久美子「……誕生日、覚えてくれてたんだ」
声が、小さくなる。
おばあちゃんは、小さく笑った。
おばあちゃん「自分の子どもの誕生日を、忘れる親はいないよ」
その言葉で。
紅菜が、泣き出した。
紅菜「うぅ……」
麗が慌てる。
麗「ちょっと、なんであんたが泣いてるのよ」
紅菜「だって……」
それ以上、言葉にならなかった。
紅菜につられて、麗の目も赤くなる。
姫心も、静かに横を向いた。
私も、気づいたら涙が頬を伝っていた。
久美子は、私たちの方を向いた。
そして、深く頭を下げた。
久美子「今日は、本当にありがとうございました」
「皆さんのおかげで、母が大事にならずに済みました」
「本当に、ありがとうございます」
紅菜が慌てて手を振る。
紅菜「いえ、私たちはたまたま居合わせただけなので」
久美子「ううん。それでも、本当に助かったわ」
久美子さんは、バッグから名刺を取り出した。
久美子「何かあったら、ここに連絡して」
「もし力になれることがあったら、協力するから言ってね」
紅菜が名刺を受け取る。
〝株式会社illumige〟
〝酒井久美子〟
紅菜「イルミージュ?」
「何の会社ですか?」
首を傾げる。
久美子「イベント会社をやってるの」
「イベント系なら、気軽に相談してね」
その瞬間――。
紅菜の目が、パッと輝いた。
紅菜「イベント!!」
麗も、姫心も、同じように反応した。
天嶽神社のお祭りの復活。
その言葉が、私たちの頭に浮かんだ。
紅菜「ありがとうございます!」
* * *
〜病院の外〜
病院を出ると、夜の空気は冷たかった。
(二十四日)
(天嶽駅)
(お告げ)
今回のお告げは、ただチョコを配るためだけじゃなかった。
神様が、私たちをあの時間に、あの場所へ立たせるためだったんだ。
そう思った瞬間――。
背筋に、静かな震えが走った。
紅菜は、名刺を両手で大事そうに持っていた。
紅菜「イベント会社……」
麗が横から覗き込む。
麗「これすごい出会いかもねぇ」
姫心「これで、天嶽神社のお祭りを復活させられるかもね!」
みんな、頷いた。
紅菜は、名刺を見つめたまま小さく言う。
紅菜「でもさ」
琉々「うん?」
紅菜「今日はそれより」
空を、見上げた。
紅菜「おばあちゃんが無事でよかった」
私は、小さく頷いた。
紅菜が大きく伸びをする。
紅菜「よし!」
「帰ろ!」
三人とも、頷いた。
冬の夜空は――。
いつにも増して、星が輝いて見えた。




