クリスマスイブのお告げ
〜天嶽町・とある家〜
電話の音が、鳴った。
古い木のテーブルの上で、受話器が小さく震えている。
そこに住むおばあちゃんが、ゆっくりと立ち上がり、電話を取った。
おばあちゃん「はいはい」
受話器の向こうから、女性の声が聞こえる。
娘「もしもし、お母さん。二十四日、実家に帰るから」
おばあちゃん「あ〜、そうかい」
柔らかく、笑った。
おばあちゃん「はい、わかりました〜。気をつけてね」
電話は、すぐに切れた。
受話器を置いてから、ふと壁のカレンダーを見上げた。
二十四日。
そこには、赤い丸がついている。
おばあちゃんは、ひとりで小さく笑った。
(ケーキ、買っとかないとね)
* * *
〜いつもの部室〜
窓の外は、すっかり冬の色になっていた。
姫心は剣道部の練習で、今日はまだ来ていない。
紅菜は机に頬をつけながら、大きくため息をついた。
紅菜「最近、寒くなってきたよね〜」
「女子高生には厳しい季節になってきたよ」
麗「ほんと、スカート寒いよねぇ」
膝掛けを直しながら、頷く。
私も小さく頷いた。
廊下から入ってくる冷たい空気が、足元に溜まっている気がする。
紅菜は急に顔を上げた。
紅菜「そういえばさ」
「この前、琉々が聞いてくれた神様のお告げ、どうする?」
麗「あぁ〜、二十四日のクリスマスイブに、天嶽駅でチョコを配るやつね」
紅菜「そう!」
机に身を乗り出す。
紅菜「普通に配ってもつまらないしさ。なんかしたいよね!」
麗「私、いい考えある」
手を上げる。
麗「みんなでサンタの格好して配ろうよ」
紅菜「おぉ〜!」
目が輝いた。
紅菜「それいいね! 配りながら『メリークリスマス!』って言おう!」
琉々「楽しそうだけど……」
少し迷う。
琉々「ちょっと恥ずかしいかも。姫心、嫌がらないかな」
紅菜「大丈夫大丈夫!」
麗「配るチョコはどうする?」
「みんなで作る?」
紅菜「それ、いいかも!」
琉々「私、チョコ作るの初めて」
紅菜「え、琉々チョコ作ったことないの?」
琉々「うん。だから、ちょっと心配かも」
紅菜「大丈夫!」
「私に任せて!」
麗「紅菜、料理得意だもんね」
小さく笑う。
そんな話をしていると、部室の扉が開いた。
姫心が竹刀袋を手に持って入ってくる。
姫心「何の話?」
紅菜が勢いよく振り向いた。
紅菜「姫心! クリスマスイブにサンタの格好してチョコ配るよ!」
姫心は、しばらく黙った。
そして。
姫心「……どうして、そうなるの?」
冷静な声で、言った。
* * *
〜後日・紅菜の家〜
私たちは、紅菜の家に集まった。
インターホンを押すと、すぐに玄関が開く。
紅菜「いらっしゃーい!」
エプロン姿で、出迎えてくれた。
紅菜「さ、入って入って!」
リビングには、チョコやクッキーの材料が並んでいた。
型。
ラッピング袋。
リボン。
小さなメッセージカード。
麗「わぁ、ちゃんと準備してる」
目を輝かせる。
紅菜「でしょ!」
得意げに笑う。
紅菜「今回は真面目にやります!」
姫心「今回は、って自覚あるんだ」
静かに呟く。
紅菜は聞こえないふりをした。
紅菜「せっかくだから、みんなそれぞれ作って、一袋にして配ろうよ」
麗「うん、それいいねぇ」
「神社部セットみたいで可愛いかも」
姫心「じゃあ、私は抹茶チョコにする」
麗「姫心らしいね」
麗「琉々は?」
私は並んだ型を見て、小さな鈴の型を手に取った。
琉々「私は……鈴の形のチョコ、作ってみる」
紅菜「いいね! 琉々っぽい!」
紅菜「じゃあ私は、お稲荷さんのクッキーにしよ!」
麗「なんか、クリスマス感ないね」
苦笑する。
麗「でも紅菜らしいかも」
「じゃあ私は、クリスマスツリーのクッキーにしようかな」
それぞれ作るものが決まると、作業が始まった。
チョコを溶かす、甘い匂い。
焼き上がるクッキーの、香ばしい匂い。
紅菜は楽しそうに、稲荷の顔を描いている。
麗はツリーの形を整えている。
姫心は抹茶チョコをハート型に、几帳面に揃えている。
私は鈴の形のチョコを、そっと型から外した。
少しだけ欠けたものもある。
でも――。
小さな鈴がいくつも並ぶと、なんだか可愛かった。
最後に、四人分のお菓子を一つずつ袋に入れる。
メッセージカードには、麗がデザインした小さな文字。
〝メリークリスマス 清杜高校 神社部より〟
紅菜が完成した袋を、両手で持ち上げた。
紅菜「できたー!」
麗がスマホで写真を撮る。
姫心も、少しだけ嬉しそうに眺めている。
私も袋を一つ手に取った。
中には――。
鈴のチョコ。
抹茶チョコ。
お稲荷さんクッキー。
ツリークッキー。
みんなの個性が、一つの袋に入っていた。
紅菜「それじゃあ」
拳を上げる。
紅菜「来週のクリスマスイブ、天嶽駅で配ろう!」
私たちも紅菜に続いて。
「おー!」
と、拳を挙げた。
* * *
〜琉々の家〜
家に帰って、玄関を開けた。
手には、余ったチョコの袋。
リビングからお母さんが出てきた。
そして、私の手元を見た。
お母さん「それ、何?」
琉々「あ……チョコ」
「神社部で、クリスマスに配ることになって」
お母さんの表情が、少し硬くなった。
お母さん「あなた、最近なんか変な神社の服着て、いろいろやってるらしいじゃない」
心臓が、少しギュッとなる。
お母さん「お隣さんに聞いたわよ」
「神様なんていないんだから、ほどほどにしなさい」
その言葉で、胸の奥がさらにギュッとなる。
お母さん「そんなことより、ちゃんと勉強しなさい」
言い返せなかった。
言葉が、喉の奥で止まる。
さっきまで温かかった気持ちが、一瞬で冷えていく。
私はチョコの袋を抱えたまま、階段を上がった。
お母さん「琉々?」
聞こえたけど、振り返らなかった。
自分の部屋に入って、扉を閉める。
久しぶりに、味わった。
この気持ち。
まるで、黒い何かを投げつけられたみたい。
胸の奥に、嫌な感情が広がっていく。
私は鞄からお守りを取り出して、ぎゅっと握った。
おじいちゃんがくれた、滝のお守り。
少しだけ、温かい気がした。
(神様なんていない)
お母さんの声が、頭の中で何度も響く。
でも――。
私は聞いた。
あの声を。
何度も。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
「お風呂、入ろ」
そう言って、私は立ち上がった。
* * *
〜クリスマスイブ・天嶽駅前〜
冷たい風が、吹いていた。
街灯にはクリスマスの飾り。
駅のロータリーには、帰宅途中の人たちが行き交っている。
私たちは、作ったチョコとクッキーの袋を持って立っていた。
全員、サンタの格好。
紅菜と麗は、すごく楽しそうだった。
紅菜「メリークリスマ〜ス!」
元気よく、袋を配る。
麗「メリークリスマス!」
笑顔で続く。
私と姫心は、少し離れて立っていた。
赤いサンタ帽。
白いふわふわの縁取り。
正直、かなり恥ずかしい。
姫心「学校の人に見られたら、どうしよう」
小さく呟く。
琉々「うん。その気持ち、すごく分かる」
私が言うと、姫心と目が合った。
二人で、思わず笑ってしまう。
紅菜「なになに? 私も混ぜて!」
すぐに寄ってくる。
姫心「なんでもない」
「ほら、紅菜、子ども来たよ」
紅菜「あ!」
すぐに笑顔になる。
紅菜「メリークリスマス!」
袋を受け取った子どもが、嬉しそうに走っていく。
* * *
それから一時間ほど。
私たちは駅前でお菓子を配り続けた。
紅菜「にしてもさ」
袋の数を確認しながら、言う。
紅菜「これ、何の意味があるんだろうね」
麗「神様のお告げって、毎回謎だよね」
「でも、前回のカレーも結果的に神社部の宣伝になったし、何か意味あるんじゃない?」
姫心「ただ配るだけにしては、日付と場所が具体的すぎる」
私は駅前を見渡した。
二十四日。
天嶽駅。
(本当に、何の意味があるんだろう……)
紅菜は少し考えてから、にっと笑った。
紅菜「ま、楽しいからいっか!」
その時だった。
駅の方から、一人のおばあちゃんが歩いてきた。
両手で、白いケーキの箱を大事そうに抱えている。
足取りは、少し頼りない。
紅菜がいつもの笑顔で近づいた。
紅菜「おばあちゃん、はい!」
「メリークリスマス!」
おばあちゃんは立ち止まり、ゆっくりと顔を上げた。
おばあちゃん「あ〜、ありが……」
袋を受け取ろうとした瞬間。
おばあちゃんの手が、胸元を押さえた。
体が、小刻みに震える。
次の瞬間。
その場で、硬直したように動きが止まった。
紅菜「え……?」
声が揺れた。
おばあちゃんの体が、前に崩れる。
ケーキの箱が、落ちた。
紅菜「おばあちゃん!」
受け身を取れないまま倒れて、額を少し切ってしまった。
赤い血が、コンクリートに滲む。
紅菜の顔から血の気が引いた。
紅菜「お、おばあちゃん!」
「大丈夫!?」
何度も呼びかける。
紅菜「おばあちゃん! おばあちゃん!」
反応がない。
紅菜の呼吸が荒くなった。
紅菜「いや……」
「死なないで……!」
その場にしゃがみ込む。
私は走った。
麗もすぐに駆け寄る。
麗「おばあちゃん、大丈夫ですか!?」
その時――。
おばあちゃんの肩のあたりに、黒いモヤのようなものが見えた。
煙みたいに揺れている。
冷たい。
そこだけ、空気が沈んでいるように見える。
(なに……これ?)
触れたつもりはなかった。
ただ、反射的に手を伸ばした。
指先が、空気をなぞった瞬間。
黒いモヤは、煙のようにほどけて消えた。
(……え?)
不思議に思う間もなく、姫心の声が飛ぶ。
姫心「麗、駅員さん呼んで!」
「琉々、おばあちゃんに上着かけて!」
「紅菜は下がって! ゆっくり息して!」
姫心はすでに、スマホを耳に当てていた。
姫心「救急です。天嶽駅前です。高齢の女性が倒れました。反応がありません。額から出血しています」
凛とした声で伝えた。
私は慌てて自分の上着を脱いで、おばあちゃんにかけた。
麗は駅員さんを呼びに走る。
紅菜は胸を押さえたまま、苦しそうに息をしていた。
琉々「紅菜、大丈夫?」
紅菜は、おばあちゃんから目を離さない。
紅菜「いや……」
「お願い……」
麗が戻ってきて、紅菜の背中をさすった。
麗「紅菜、大丈夫。救急車来るから」
「息して。ゆっくり」
紅菜の肩が、震えている。
麗が小さく呟いた。
麗「……去年、大好きだったおばあちゃんが亡くなったから」
「たぶん、それと重なったんだと思う」
私は紅菜を見た。
いつも明るくて。
どんな時も前に出る紅菜が。
今にも壊れそうに見えた。
遠くから、サイレンの音が近づいてくる。
救急車の赤い光が、駅前のガラスに反射した。
おばあちゃんが、運ばれていく。
ケーキの箱は、少し潰れたまま、駅員さんが拾ってくれていた。
胸が、ぎゅっとなった。
紅菜は救急車を見送ってから、ようやく大きく息を吸った。
紅菜「……はぁ」
呼吸が、少しずつ戻っていく。
私は紅菜の隣にしゃがんだ。
琉々「紅菜、大丈夫?」
紅菜「うん」
「ごめん。心配かけて」
麗「大丈夫?」
姫心がペットボトルの水を差し出した。
姫心「飲んで」
紅菜は受け取って、ぐびぐび飲む。
そして。
紅菜「ぷはー!」
大きく息を吐いた。
紅菜「死ぬかと思った」
麗「それ、こっちのセリフ!」
紅菜は、少しだけ笑った。
でもすぐに、救急車が走っていった方向を見た。
紅菜「おばあちゃん……心配」
「みんなで病院、行ってみよ」
琉々「紅菜、ほんとに大丈夫?」
紅菜「うん、大丈夫」
姫心「無理はしないでよ」
紅菜「うん。ありがと」
少しだけ、笑った。
私たちは、駅員さんから病院の名前を聞き、四人で向かうことにした。
その手には――。
少し潰れたケーキの箱と。
まだ少し残った、クリスマスのお菓子の袋があった。
(二十四日。天嶽駅。神様のお告げ)
その意味が、少しだけ分かった気がした。




