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神社部、カレー配布隊出動

〜天嶽神社〜


私と紅菜は、天嶽神社に着いた。


自転車を境内の端に停めて、ベンチの上にカレー弁当を並べる。


まだ温かい。


ビニール袋越しに、スパイスの香りがふわっと広がった。


紅菜「まずは挨拶だね!」


そう言って、本殿の方へ向かう。


私も後に続いた。


二人で、手を合わせる。


紅菜は目を閉じて、いつも通りの大きな声でお願いした。


紅菜「神様! このカレーが全部配れますように!」

「どうか力を貸してください!」


私は少し恥ずかしくなって、周りを見た。


誰もいない。


よかった。


続いて、水の神様の小さな社。


それから、お稲荷さんにも挨拶した。


紅菜はどこでも同じように、真剣に手を合わせる。


紅菜「どうかお願いします!」


その姿を見ていると――。


なんだか少しだけ、本当に神様が聞いてくれているような気がした。


*   *   *


本殿の前に戻ると、紅菜が急にお腹を押さえた。


紅菜「とりあえず、お腹空いたしカレー食べようよ」


琉々「え? もう食べるの?」


紅菜「腹が減っては戦はできぬ、でしょ!」


胸を張る、紅菜。


私が呆れていると――。


ぐうう。


静かな境内に、私のお腹の音が響いた。


紅菜「あ」


にやっと笑う。


紅菜「琉々だってお腹空いてるじゃん!」


琉々「今のは……」


紅菜「焦ってもしょうがないし、食べよ食べよ!」


言ったそばから、紅菜は弁当を一つ取り出して蓋を開けた。


湯気が、ふわっと上がる。


潮崎シーフードカレーの香り。


空腹のお腹には、かなり危険だった。


紅菜「いっただっきまーす!」


勢いよく、スプーンを入れる。


琉々「もう紅菜。これ食べたら、ちゃんと配ろうね」


紅菜はカレーを頬張ったまま、私に向かって親指を立てた。


全然信用できない。


でも、一口食べると――。


そんな気持ちは、すぐに消えた。


琉々「……おいしい」


思わず呟く。


紅菜「でしょ!」


嬉しそうに笑う。


紅菜「これ捨てるなんて、絶対もったいないよね」


琉々「うん」


本当に、そう思った。


*   *   *


二人でカレーを食べていると――。


境内に、一人のおばあちゃんが入ってきた。


神社清掃の日にも会った、よくお参りに来るおばあちゃんだ。


ゆっくりした足取りで、石段を上がってくる。


紅菜「あ! おばあちゃん!」


手を振る。


紅菜「こんにちは!」


おばあちゃん「あら、紅菜ちゃん。今日も元気ねえ」


紅菜はすぐに立ち上がり、ビニール袋に入ったカレーを一つ手に取った。


紅菜「おばあちゃん、これ食べて!」


おばあちゃん「あら、もらっていいのかい?」


紅菜「うん! このカレー、今みんなに配ってるの!」


おばあちゃんは、少し驚いた顔をしてから、優しく笑った。


おばあちゃん「ありがとうね」


丁寧に頭を下げて、カレーを受け取る。


おばあちゃん「この前、一緒に境内を綺麗にしてくれてた子でしょう?」


琉々「はい」


紅菜「私たち、神社部です!」


おばあちゃん「神社部ねえ」


その言葉を、ゆっくり噛みしめるように言った。


おばあちゃん「偉いねぇ」


その言葉に、胸が少し温かくなる。


おばあちゃんは本殿にお参りしてから、石段の方へ戻っていった。


紅菜「気をつけてね!」


おばあちゃん「紅菜ちゃんたちも、頑張ってね」


紅菜「ありがとう!」


私たちはお辞儀をして、おばあちゃんを見送った。


紅菜がカレーを頬張りながら言う。


紅菜「とりあえず、一個だね!」


琉々「紅菜、食べながら言わないの」


そう言いながら、私も少し笑った。


*   *   *


でも――。


その後は、なかなか人が来なかった。


ぽつぽつと参拝者は来る。


けれど、声をかけても「今は大丈夫です」と断られることも多い。


ベンチに並んだカレーは、思ったより減らなかった。


紅菜「全然人来ないね〜」


境内を見ながら、言う。


紅菜「神社の入口で配った方がいいのかな?」


琉々「うーん、確かにそっちの方がいいかも」


紅菜「でも、入口で配るなら机とかあった方がいいよね」


琉々「確かに」


紅菜「麗に聞いてみる!」


紅菜はすぐに、スマホを取り出した。


*   *   *


〜甘味処たまゆり〜


その頃――。


麗はカレーを持って、甘味処たまゆりに到着していた。


麗「お母さ〜ん」


店の奥へ、声をかける。


麗「これ、今日お店で配ってくれない?」


母の香織が出てきて、ビニール袋の中を覗き込んだ。


香織「なにこれ。こんなにいっぱい、どうしたの?」


麗は、さっき起きたことを説明した。


百個のカレー弁当が、突然キャンセルになったこと。


航一と湊一が、困っていること。


神社部で配ることにしたこと。


お母さんは最後まで黙って聞いてから、大きく頷いた。


香織「それは大変ね」

「いいわよ。お店のお客さんに配るから、ここに置いときなさい」


麗「ありがとう!」


ほっとする、麗。


麗「あと、今日お父さんいる?」


香織「お父さんなら、二階でギター弾いてるんじゃない?」


麗「まだカレーいっぱいあるから、車出してほしいんだよね」


その時、麗のスマホが鳴った。


紅菜からだった。


紅菜『麗、そっちはどう?』


麗はすぐに返す。


麗『今お店に着いたよ。カレー置かせてもらってる』

『今から残りのカレー取りに行って、そっちに合流するね』


紅菜から、すぐに返事が来る。


紅菜『OK! ちなみに麗んちにテーブルとかある?』


少し考えて、返信した。


麗『キャンプで使うテーブルがあったはず。持っていくよ』


紅菜『よろしく!』


麗はスマホを閉じて、二階へ向かった。


*   *   *


〜天光寺〜


その頃――。


姫心も、実家の天光寺に到着していた。


姫心「お父さ〜ん、いる?」


玄関を開けて、中へ入る。


奥から、父の妙玄が顔を出した。


妙玄「うん? どうした?」


姫心は、父に事情を説明した。


妙玄は腕を組んで、少し考える。


そして、静かに頷いた。


妙玄「そういうことなら、お墓参りに来た檀家さんに配ろう」


姫心「助かる!」


姫心の顔が、明るくなる。


妙玄「食べ物を無駄にしないのは、良いことだ!」


豪快に笑った。


妙玄「それに、人のために動くのも、修行の一つだ」


姫心「うん」


深く、頷いた。


その時、姫心のスマホが鳴った。


私からだった。


琉々『そっちはどう?』


姫心は返信する。


姫心『今から、お墓参りに来た人に配るところ』


琉々『わかった。お互い頑張ろうね』


姫心は少し迷ってから、仏様のスタンプを送った。


*   *   *


〜天嶽神社・再び〜


天嶽神社に、一台の車が入ってきた。


麗「お待たせ〜!」


助手席から、降りてくる。


後ろから、父の響介も降りてきた。


車のトランクには、折りたたみのテーブルと椅子。


響介「これでいいか?」


テーブルを、下ろしてくれる。


琉々「ありがとうございます」


頭を下げると、響介が私を見て、少し驚いた顔をした。


響介「あれ? 君、麗の友達だったんだ」


琉々「はい」


響介「この前はごめんね。大丈夫だった?」


琉々「はい、大丈夫です」


麗が首を傾げる。


麗「ん? お父さん、琉々と何かあったの?」


響介「いや、俺じゃなくて、連れがな」


麗「ふーん」


麗はあまり深く聞かず、すぐに紙袋を取り出した。


麗「それより二人とも、これ見て!」

「じゃーん!」


嬉しそうに、着ているパーカーを見せる。


胸のところに――神社部。


背中には――天嶽神社。


白い文字で、大きくプリントされていた。


紅菜「え!」


一瞬で反応する。


紅菜「いいなー! 私も欲しい!」


麗「あるよ」


得意げに笑う。


麗「紅菜と琉々の分も」


紅菜には、赤のパーカー。


私には、水色のパーカー。


麗「これ着て配れば、神社部の宣伝にもなるでしょ?」


紅菜「さすが麗!」


目を輝かせる。


紅菜「あったまいいー!」


麗は笑いながら、ピースをした。


私は水色のパーカーを受け取って、胸の文字を見た。


神社部。


少し恥ずかしい。


でも――。


少しだけ、嬉しかった。


紅菜「これでよし!」


赤いパーカーを着て、袖をまくる。


紅菜「神社部、カレー配布隊、出動!」


紅菜が敬礼してみせた。


麗「なにそれ、ダサい」


麗が笑う。


*   *   *


その時――。


境内に、親子連れが入ってきた。


小さな女の子が、私たちのパーカーを見て首を傾げる。


女の子「しんじゃぶ?」


お母さんが、少し笑った。


お母さん「神社部って書いてあるね」


紅菜がすぐに前に出る。


紅菜「はい! 私たち、天嶽神社のお祭り復活のために活動してる神社部です!」


女の子「じんじゃのぶかつ?」


紅菜「そう!」


胸を張る。


紅菜「今日はカレー配ってます!」


女の子「カレー?」


女の子の目が、輝いた。


お母さん「え、いいんですか?」


紅菜「もちろんです!」


私たちは、カレーを二つ渡した。


お母さん「ありがとうございます」


頭を下げる。


女の子「ありがとう」


小さな声で言った。


その一言が、すごく嬉しかった。


*   *   *


麗「神社部の投稿、もう三百回以上見られてる」


スマホを確認しながら、言う。


紅菜「え!」


スマホを覗き込む。


紅菜「そんなに!?」


麗「しかも、誰かがシェアしてくれてる」


画面を見せてくれた。


〝天嶽神社でカレー無料配布してるらしい〟


〝神社部の子たち頑張ってる〟


そんな投稿が、いくつか流れていた。


胸が、少し熱くなる。


私たちの行動が、少しずつ、町に広がっている。


その後――。


「SNS見て来ました」


若い夫婦。


「この前掃除してた子たちだよね?」


近所のおじいちゃん。


「神社部ってなに?」


学校帰りの中学生。


ぽつぽつと、人が増え始めた。


紅菜は一人一人に、元気よくカレーを渡す。


麗は写真を撮りながら、SNSを更新する。


私は袋に入れたカレーを、そっと手渡す。


「ありがとうございます」


「頑張ってね」


「今度お祭りやるなら行くよ」


そんな言葉をもらうたびに、胸の奥が温かくなった。


神社部。


その名前が、少しずつ、誰かの記憶に残っていく気がした。


*   *   *


配り始めて三時間ほどして――。


悠真が、自転車に乗ってやって来た。


悠真「なんだ、紅菜。新しいバイトでも始めたのか?」


紅菜のパーカーを見て、優しく笑う。


悠真「てか、そのパーカー似合ってるじゃん」


紅菜「なっ……」


紅菜の顔が、一瞬で赤くなる。


次の瞬間――。


紅菜はビニール袋に入ったカレーを、悠真に押し付けた。


紅菜「はい、これ持って行って」


悠真「なんだよ、俺の言葉無視すんなよ」


袋を見る。


悠真「てか、これ何?」


紅菜「カレー」


悠真「見れば分かるけど」


紅菜「部活で食べて」


悠真「なんで?」


紅菜「いいから!」


紅菜は、カレーをさらに追加する。


紅菜「部活のみんなにも持って行ってよ」


悠真「いや、そんなに持てないんだけど」


紅菜「男だったら、これくらい持てるでしょ!」


カレー十個を、押し付けた。


悠真「相変わらず強引だな」


そう言いながらも、ちゃんと受け取る。


悠真「まあ、みんな喜ぶと思う」

「じゃ、練習終わったら食うわ」


紅菜「うん!」


勢いよく頷いた。


悠真が走り去ると、麗がにやにやしながら言う。


麗「紅菜って、ほんと不器用だよね」


紅菜「何が?」


麗「いや、なんでもない」


苦笑いする、麗。


(なんとなく、分かる気がして)


私は、少しだけ笑った。


*   *   *


その後――。


樹が、小学生軍団を連れてやって来た。


樹「姉ちゃん!」


樹を先頭に、自転車に乗った小学生が五人。


この前会った颯真もいる。


みんなで声を揃える。


「こんにちはー!」


「こんにたわー!」


一人だけ、少し言い間違えていた。


紅菜が笑う。


紅菜「はい、こんにちは!」


樹がビニール袋を覗き込む。


樹「なにこれ? 美味そうじゃん!」


紅菜「美味そうじゃなくて、美味いの」


胸を張る。


小学生たちは、カレーを受け取って境内のベンチで食べ始めた。


「うまっ!」


「からっ!」


「でもうまい!」


「水!」


わいわい騒ぐ声が、境内に響く。


紅菜は嬉しそうに、その様子を見ていた。


しばらくして、樹が空の容器を持って戻ってくる。


樹「姉ちゃん、ごちそうさま」


紅菜「あんた、もう食べたの?」


樹「うん」


少し考えてから、残りのカレーを見た。


樹「これ、俺らも配ってきていい?」


紅菜「え?」


樹「学校の近くに、まだ友達いるかもしれないし」


颯真も頷く。


颯真「俺、お母さんに持って帰りたい」


別の子も手を上げる。


「俺も!」


紅菜が、一瞬だけ黙った。


それから――。


にっと笑う。


紅菜「よし!」


紅菜「君たちを、小学生配布隊に任命する!」


「やったー!」


紅菜「ただし」


指を立てる。


紅菜「転ばないこと!」

「寄り道しないこと!」

「ちゃんと、ありがとうって言うこと!」


「はーい!」


小学生軍団はカレーをいくつか受け取ると、自転車にまたがった。


樹「姉ちゃん、じゃーね!」


紅菜「気をつけてね!」


「ごちそうさまでしたー!」


小学生軍団は、元気よく走り去っていった。


紅菜がぽつりと言う。


紅菜「あいつら、意外と頼りになるじゃん」


琉々「うん」


*   *   *


午後になって、日差しが少し傾き始めた頃――。


一人の女性が、境内に入ってきた。


帽子をかぶっていて、肩から小さなカメラを下げている。


(観光客かな)


と思った。


女性は本殿にお参りしたあと、私たちの方へやって来た。


女性「カレー、いただいてもいいですか?」


紅菜「もちろんです!」


笑顔で渡す。


女性は、パーカーの文字を見た。


女性「神社部……」


小さく呟く。


女性「高校生の部活ですか?」


紅菜「はい!」


胸を張る。


紅菜「天嶽神社の祭り復活のために、活動してます!」


女性「面白いですね」


少し目を細めて、笑った。


女性「写真、撮ってもいいですか?」


紅菜「え? 私たちですか?」


女性「はい。後ろ姿だけでも」


紅菜が麗を見る。


麗は一瞬迷ったけど、すぐに頷いた。


紅菜「いいですよ!」


女性は私たちのパーカーと、カレーの並んだテーブルを何枚か撮った。


カシャ。


カシャ。


女性「ありがとうございます」


丁寧に頭を下げて、カレーを受け取った。


その時は、ただの観光客だと思っていた。


でも――。


麗だけは、少し気になったように女性の後ろ姿を見ていた。


琉々「どうしたの?」


麗「ううん」


「なんか、撮り慣れてるなって思って」


琉々「カメラ?」


麗「うん、でも気のせいかも」


麗はそう言って、またスマホに目を戻した。


*   *   *


その後も、カレーは少しずつ減っていった。


たまゆりからも、連絡が入る。


香織が、常連さんに配ってくれたらしい。


天光寺の姫心からも、連絡が来た。


檀家さんたちが、喜んで受け取ってくれているという。


SNSの投稿も、さらに広がっていた。


〝天嶽神社の神社部、応援したくなる〟


〝無料カレーもらった。めっちゃ美味しい〟


〝今度キッチンカー行ってみたい〟


それを見るたびに、紅菜が「おお!」と声を上げる。


紅菜「ねえ琉々」


琉々「うん?」


紅菜は少し照れたように、神社の境内を見渡した。


紅菜「神社って、こうやって人が来ると、すごく嬉しそうに見えるね」


本殿を、見上げた。


夕方の光が、屋根の端を照らしている。


確かに――。


いつもより少しだけ、境内が明るく見えた。


琉々「うん」


小さく頷く。


琉々「喜んでる気がする」


*   *   *


夕方――。


姫心が自転車で、天嶽神社に到着した。


姫心「ごめん、遅くなった」


麗「お疲れ〜!」


手を振る。


麗「そっちはどう?」


姫心「二十個、全部配れた」


少しだけ、誇らしげに言う。


姫心「檀家さんたち、すごく喜んでくれた」


紅菜「さすが姫心!」


拍手する。


姫心「こっちは?」


テーブルを見る。


麗「あと……十八個」


姫心「まだ十八個あるのか」


真剣な顔になる。


日は傾き、空は少しずつ橙色に染まっていた。


それでも、私たちは声を出し続けた。


「カレー配ってます!」


「無料です!」


「食品ロスを防ぐために、ご協力お願いします!」


通りかかった人に声をかける。


参拝者に手渡す。


SNSを見た人が、ぽつりぽつりと来てくれる。


十八個。


十五個。


十二個。


九個。


少しずつ、確実に減っていく。


でも、日が沈むにつれて、人通りはどんどん少なくなった。


辺りが、暗くなり始める。


麗「さすがに、限界かな」


小さく、言う。


姫心「そうだね」


頷く。


琉々「もう人も全然通らないね」


境内を見渡す。


紅菜が、残ったカレーを数える。


紅菜「あと七個……」


悔しそうだった。


紅菜「ここまで来たのに」


誰も、何も言えなかった。


その時――。


石段の下から、小さな足音が聞こえた。


振り向くと――。


さっきの親子連れが、戻ってきていた。


女の子が息を切らしながら言う。


女の子「あのね」

「おじいちゃんと、おばあちゃんも、食べたいって」


その後ろから、年配の夫婦がゆっくり上がってくる。


さらに、近所の人らしい二人も一緒だった。


おじいちゃん「孫に言われてね」


笑う。


おじいちゃん「まだ残ってるかい?」


紅菜の顔が、一気に明るくなる。


紅菜「あります!」


一つ。


二つ。


三つ。


四つ。


残りが、どんどん減っていく。


そして最後――。


小さな女の子が、両手を差し出した。


女の子「ください」


紅菜は、最後の一個を大事そうに袋へ入れた。


紅菜「はい、どうぞ」


女の子が、嬉しそうに受け取る。


女の子「ありがとう!」


その瞬間――。


テーブルの上から、カレーがなくなった。


誰も、声を出せなかった。


そして。


紅菜「全部……」


呟く。


紅菜「全部配れたー!!」


両手を上げた。


麗が、拍手する。


姫心も、ほっとしたように笑う。


私も、胸の奥が熱くなった。


百個。


本当に、全部なくなった。


琉々「よかった……」


思わず、声がこぼれる。


紅菜が、私たちを見回して笑った。


紅菜「やったね!」


琉々「うん、やったね」


その時――。


夕暮れの風が吹いた。


本殿の鈴が、小さく揺れる。


チリン。


まるで神様が、笑っているみたいだった。


*   *   *


片付けを終える頃には、空はすっかり暗くなっていた。


紅菜「今日はこれで解散しよ」


大きく伸びをする。


紅菜「みんな、本当にお疲れ!」


麗「お疲れ〜」


椅子を畳む。


姫心「お疲れ様」


頷く。


琉々「お疲れ様」


帰る前に、四人でもう一度、本殿へ向かった。


紅菜が、手を合わせる。


紅菜「神様、ありがとうございました!」


私たちも、静かに手を合わせた。


今日だけで、たくさんの人がこの神社に来た。


カレーを受け取って、笑ってくれた。


神社部という名前を、覚えてくれた。


それが、なんだか嬉しかった。


私たちはただ、カレーを配っただけだと思っていた。


でも――。


あの日、天嶽神社から始まった小さな行動は。


私たちが思っていた以上に、大きく町へ広がっていた。


*   *   *


家に帰ると――。


航一と湊一から、お礼の連絡が入っていた。


湊一『今日は本当にありがとう!』

『まさか全部なくなると思わなかった!』


航一『何か困ったことがあれば、なんでも言ってね』

『絶対駆けつけるから』


少し考えてから――。


「ありがとうございます」のスタンプを送った。


画面を閉じる。


今日のことを、思い出す。


おばあちゃん。


親子連れ。


小学生たち。


神社部のパーカー。


SNSの投稿。


最後の一個を受け取った、女の子。


胸の奥が――。


まだ少し、温かかった。


*   *   *


後日――。


やみつき潮崎シーフードカレーに、一本の電話が入った。


湊一「はい、やみつき潮崎シーフードカレーです!」


いつものように、明るく響く声。


でもすぐに――。


その声が、裏返った。


湊一「はい。はい。え!? だ、大丈夫です!」

「はい。はい。ぜひお願いします!」


電話を切った湊一は、しばらく固まっていた。


航一が、不思議そうに見る。


航一「どうした? 何の電話?」


湊一が、ゆっくり振り向く。


湊一「ヤバい」

「うちのカレー、テレビで取材したいって」


航一「マジで?」


湊一「マジで!!」


スマホを握ったまま、まだ信じられない顔をしていた。


湊一「SNS見て連絡して来たみたい」


航一も、目を見開く。


航一「……神社部の子たちのお陰?」


湊一「たぶん」


少し笑った。


湊一「すげえな、あの子たち」


その頃――。


私たちはまだ、何も知らなかった。


その後、神社部が思ってもみないことになることを。


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