花束を持った巫女
転んだせいで――。
私の自転車のタイヤが、ちょっと曲がった。
キーキー。
私一人だけ――。
変な音を立てながら、自転車を漕ぐ。
(恥ずかしい......)
でも――。
みんな、何も言わない。
その気遣いが嬉しい。
* * *
四人は――。
潮崎町の港に、やって来た。
防波堤から、海が広がる。
潮風が――。
海の匂いを運んで。
私たちに、届ける。
遠くで――。
カモメが数羽、飛んでいる。
「気持ちいいね~!」
紅菜が、両手を広げる。
「ほんと――」
麗も、笑顔になる。
「気持ちいい~」
「なんか――」
姫心が、深呼吸する。
「落ち着く」
私は――。
紅菜の隣で、頷いた。
海。
綺麗。
前に住んでいた場所では――。
こんな広い景色を見る機会、なかった。
* * *
「にしても――」
紅菜が、花束を見る。
「この花束、誰に渡せばいいのかな?」
三人とも、首を傾げる。
「神様も――」
麗が、ため息をつく。
「もうちょっとわかりやすく、言ってくれてもいいのにね~」
「ほんと、それ」
紅菜が、頷く。
私は――。
申し訳ない気持ちになった。
「あ――」
紅菜が、慌てて言う。
「琉々を、責めてる訳じゃないよ」
「気にしないで」
それから――。
紅菜が、提案した。
「琉々は、怪我してるから――」
「三人で手分けして、それっぽい人探してみよう!」
麗と姫心が、頷いた。
「琉々――」
姫心が言う。
「花束と自転車、見といてね」
「うん」
私は、頷く。
三人は――。
ちりぢりに、人探しを始めた。
* * *
一人になった私は――。
花束を抱えて。
防波堤を、歩き始めた。
(それにしても――)
さっきのこと。
(今思い出しても、寒気がする)
道路に突っ込んだ時――。
世界が、スローモーションに見えた。
怖かった。
でも――。
助かった。
神様が、守ってくれたのかな。
防波堤の先で――。
空を、見上げる。
青い、空。
白い、雲。
広い、海。
(綺麗......)
そんなことを思いながら。
ぼんやりと、空を見ていた。
* * *
「巫女様......」
誰かが、声をかけてきた。
その声に――。
振り返ると。
おじいちゃんが、私を見ている。
(巫女様?)
(私に、言ってる?)
おじいちゃんは――。
涙を流しながら。
私を見て。
近づいてくる。
「巫女様......」
声が、詰まっている。
唇が、震えている。
おじいちゃんの涙は――。
シワを伝って。
何度も、地面にこぼれ落ちた。
「あぁ、生きて――」
おじいちゃんが、言う。
「おられたのですね......」
おじいちゃんは――。
私の手を、握った。
優しく、温かい。
気持ちが、伝わってくる。
* * *
「この左左之助――」
おじいちゃんが、言った。
「巫女様から頂いたお役目」
「やっと、果たすことができます」
おじいちゃんは――。
そう言って。
龍の形をした鍵を、私の手に握らせた。
「どうぞ――」
「お受け取りください」
「生きているうちに、お会いできて――」
おじいちゃんが、天を仰ぐ。
「あぁ、神様」
「ありがとうございます」
おじいちゃんは――。
何度も、ありがとうを。
神様に、伝えていた。
私は――。
どうしたらいいか、わからなくて。
戸惑っていた。
(巫女様?)
(誰かと、勘違いしている?)
でも――。
なんか、不思議な感じ。
私は――。
なんとなく。
おじいちゃんに、花束を渡した。
そして――。
「ありがとう」
と、言った。
* * *
おじいちゃんは――。
さらに涙を流しながら。
私に向かって。
「巫女様、ありがとうございます」
何度も、言いながら。
手を、合わせていた。
その時――。
「おじいちゃ~ん!」
一人の中年女性が、駆け寄ってきた。
「おじいちゃん、何してるの?」
「ごめんなさいね~」
女性が、私に謝る。
「ほら、おじいちゃん、行くよ」
それから――。
花束を見て。
「あら、綺麗な花束ね。」
「貰ったの? ありがとうございます。」
私を見て、軽く頭を下げた。
「それにしても、巫女様って何?」
「時代劇の見過ぎじゃない?」
「とうとう、ボケが始まったのかな~」
「困ったな~」
中年女性は――。
そう呟きながら。
おじいちゃんを、連れて帰っていった。
* * *
(巫女様......)
私を見て、そう言ったおじいちゃん。
妙に、愛おしく感じた。
「琉々~!」
紅菜が――。
手を振って、戻ってきた。
「なんか――」
「おじいちゃんと、話してなかった?」
それから――。
紅菜が、気づく。
「あれ? 花束は?」
「おじいちゃんに、渡した」
私は、答える。
「そっか」
紅菜が、笑う。
「渡す人が見つかって――」
「よかった、よかった」
麗と姫心も、戻ってきた。
二人にも――。
おじいちゃんに花、束を渡したことを伝えた。
二人とも、喜んでくれた。
* * *
それにしても――。
巫女様。
明らかに、私の顔を見て。
懐かしそうな顔をしてた。
私のこと、知ってる?
でも――。
会ったことも、ない。
この町に来てから――。
不思議なことが、よく起こるようになった。
この町に――。
なんか、あるのかな?
それに――。
この、龍の形をした鍵。
いったい、どこの。
なんの、鍵だろう?
私は――。
心に何か引っかかる感情を抱えながら。
四人で、家に帰った。
海の匂いが――。
まだ、残っていた。
* * *
少し前――。
帰り道。
中年女性が、おじいちゃんに聞いた。
「おじいちゃん――」
「あの子、知り合いなの?」
おじいちゃんは――。
不思議そうに、首を傾げながら。
「知らん」
と、一言。
「だって――」
中年女性が、言う。
「巫女様、巫女様って言ってたじゃない」
おじいちゃんは――。
無言だった。
自分がなぜ――。
あんなことを言ったのか、わからない。
でも――。
心の奥底では。
心が震える、確かな感情があった。
「巫女様…か」




