嘘と別れと新たな道
誓断輪廻
転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
玩狗 転生者、転移者たちの総称
十の牙 デケンティス
この世界でカニスに与えられている10の種族名
父が亡くなり、絶望していたせいで王国の人間がどれぐらいこの村に滞在していたのか、俺は知らなかった。
思ったよりも数は少ない。
この村の入り口である大穴の螺旋道に集まっている人数は二十人そこらだった。
その中には見たことがないほどスレンダーなカニスや、顔がシワだらけのカニスもいた。
あのカニスたちも、俺が前の世界で聞いたことがあるカニスなのか、それとも全く聞いたことがないカニスなのか…姿形だけでは見当がつかない。
そもそも、俺は犬のことをよく知らない。
アンナにも、グレーターさんにも、シュウにも俺が出会ったカニスたちには何かしらの素晴らしい長所があった。
その長所が、誰にも知られてないというのは、大きな損失なような気がする。
俺はこの世界と、カニスのことを学ばなければならない。
それが何もない俺の唯一の武器になるし、父が願った「何かを思案する」息子になる気がするから。
この村を襲ってきたカニスの子供達も、王国が引き取るそうだ。
捉えられた時は、散々「ママ」と喚いていたらしいが、「ママ」と呼ばれていた影が自分たちを置いて逃げたことを知ると、まるで夢から覚めたように泣き止み、抜け殻のようになってしまったという。
この村で匿ってあげることもできたが、事件を起こしてしまった者たちが、襲撃した村に住むのはお互い良くないだろうということで王国に向かうことが決まったそうだ。
もしあの人が生きていたらなんて言っただろうか?
『道中大変だろうから、成人するまではうちで匿うよ』なんて言っていたと思う。
あの人はそういう人だ。
この子供達もこの襲撃の被害者なのだから、本来ならそうすべきだと思ったが、話が決まっていることをこの村を出る俺が今更口出すことではない。
一瞬、父を殺したと思われる白と黒の髪色の少女の姿が見えた気がする。
俺はあの子が父を殺したとは、誰にも言っていない。
特に家族には…決して言わない。
言ってしまったら、シノンと同じ髪色だったから、父は隙を見せ殺されてしまったの?
それってつまり…
『シノンが生まれなければ、マットは死ななかったんじゃないの…?』
なんて残酷なことを頭の片隅にも置いて欲しくなかったから…
妹は父と母が愛し合って生まれた子供。
似た特徴が少しあっただけで、そんな残酷なことを思って欲しくなかった。
特に母には…。
だから俺は ─── 嘘をついた。
「誰がお父さんを殺したのか…わからない…もしかしたら穴に落ちたのかも」と
真実は時に人を大きく傷つける。
それなら嘘つきで俺は構わない。
あの白と黒の髪の女の子も、もしかしたらそうせざるを得ない状況だったのかもしれない。
想像しかできないが、あの子は利用された側なのはわかる。
だから俺はあの子に何も話しかけない。
その不審な行動が、みんなに嫌な連想をさせてしまう可能性があったからだ。
だから視線に捉えても、追うことはない。
そのまま視界の隅に見送ることにする。
そしてもう一つの嘘。
俺はアンナにこの村を離れることを…話していない。
今日、アンナがヴィトリア王女たちと旅立った後、みんなに話すつもりでいる。
アンナは今、カーネたちと最後の別れを済ましている。
カーネだけじゃない、ソラとシノンもアンナに抱きつき泣いている。
父を失った後、整理がつかないうちに、姉のような存在もこの地を離れてしまうのだ。
それは精神的に不安になるだろう。
俺もこの後、あの二人に泣き付かれるのかと思うと、決心が揺らぎそうになる。
そして、ひとしきり泣いた二人の妹と離れ、アンナが俺の前で立ち止まる。
「ごめんね…シアン」
掠れた声で、まだ俺に謝ってくる。
「もう、謝らないで」
その気持ちに偽りはない。
むしろ、本当は支えてあげたいのに、何もできない無力な自分が恨めしくて、謝りたいくらいだ。
会話は続かなかった。
アンナは震える手を少しだけ挙げ、ぎこちなく軽く手を振りながら…
「さよなら」
とだけ言った。
全てを終えたらこの村に帰ってきてもいいか、と言ったのに…もう帰ってくることはないと覚悟を決めているように。
それは寂しいことだから、俺は同じように軽く手をあげ
「またね」
とだけ返す。
さよならは、今生の別れのような気がしたから、もう一度会えるようにという意味も込めて。
それを察したのか、アンナは顔を振って、もう一度だけ「またね」と言って手を振ってくれた。
それ以上の会話は俺たちにはなかった。
彼女が旅立つのを見送ることしかできないのが心苦しかったが、今の俺にはそれ以外の選択肢はなかった。
王国の騎士たちと共に、アンナの姿が森の中に消える。
この森から、十日歩き続ければ王国に着くらしい。
アンナと同レベルの嗅覚が優れたカニスがいるらしいから、決して迷うことはないと言っていたから、そこは心配していない。
問題はその後…。
王国に愛縛の魔眼を持つアンナが所属すれば、本当に帝国の攻めは軟化するのか?
王女様は色々考えているようだった。
だが説明を聞いた限り、女神からもらった能力を過信しすぎているようにも感じた。
敵国は子供を戦闘員として利用する外道。
能力がいくら高くても、剣を振るえない状況を作り出されたら脆い。
それに、少し女神に対する不信感がなかったのも、違和感があった。
アンナとどういう話をして、共闘に至ったのかもっと知りたい。
だが、俺はこの村でアンナと一緒に住んでいた村人としか思われていない。
それが少し、悔しい……が、悔しいからこそ自分がやるべきことを今は整理しなくちゃならない。
まずは目先の問題。
どうやってエルフの森に辿り着くかだ。
ドルゴさんが生きていれば、もしかしたらそこまでの道筋を示してくれたかもしれない。
父さんが生きていれば、道中必要なものなどを一緒に考えてくれたかもしれない。
あの二人がいないのは…道を照らす光を失ったようなもの。
だけど、ここまできたら…例え闇雲でも…進むしかないのか…
「シアン」
振り返ると、歩くのもしんどそうなロドルフォさんが、何かを握り締め俺の後ろに立っていた。
「お前がこの後、どうするのか…カーネからさっき聞いた…」
俺を止めにきた…ようには見えない。
むしろその逆。
「エルフの森へ行くなら、坑道のさらに奥、そこにある抜け道を抜けて、山を越えろ」
ロドルフォさんが片手に持っていたのはそこまでの案内図。
どうしてそんなものがあるのか、俺にはわからなかった。
「ドルゴとマットは、お前がこの村から離れ、エルフの森に行くことを予想していた。山を越えれば辿り着ける。
俺たちが途中で通った雪山の集落、エンパスがそこにあるから間違いない」
そういえばそうだった。
この人とルカとララはプリムス村から別ルートを通ってエルデの村に辿り着いている。
「エンパスは本当に小せえ集落だ。住んでいるのもたった四人。俺たちはそこからエルフの森に行くか、ドワーフが住むここに進むか尋ねられた」
四人しか住んでいない小さな集落では、一時的に匿うことができなかったのだろう。
だからエルフの森か、ここか選ばされた。
「だが、エルフの森に辿り着いても歓迎されると思うなよ。エンパスの連中から聞いた話だと、エルフはカニスと距離を置いているって話だ」
それは種族間の争いか、それとも別の理由か…
歓迎されたいわけじゃないが、辿り着いて追い返されるのだけは避けたい。
だが、選択肢に上がるというからには、少なくとも、即座に追い返されるほどではないのだろう。
それなら別に問題ない。
別に種族間の軋轢を無くそうとかそんなものに加担している余裕は、今の俺にはないから。
「ありがとうございます…ロドルフォさん」
俺が感謝の言葉を告げた時、ロドルフォさんは背中を向け、大穴をのぞいていた。
その背中が、自分の役目を果たし、もう未練はない。
そんなことを言っているような気がしたから、俺はその背中に向かって卑怯な言葉を続けた。
「この先、この村のことを俺の代わりにシュウやグレーターさんに任せますが、あの二人は色々と衝突することが多いので、ロドルフォさんが間に入ってくれませんか?」
片腕を失ったこの人にもう狩りに行く能力はない。
自分のせいで、父さんとドルゴさんが死んだと責め続ける人を、この世に繋ぎ止めるには、何かしらの役割が必要だと思った。
それは、人の心を操るような卑怯なまね。
それはわかっているが、俺はもう綺麗事を並べて誰かを失うのは嫌だから、人の心を操ることも厭わない道を選ぶ。
じゃなきゃ、この先の困難を乗り越えられない。
そう気付かされたから…。
章もそろそろ完結になります。
現在並行して、1章〜3章前半の改稿作業を進めています。
前半部分はテンポ感や描写を調整しているため、一部展開や用語などが現在版と異なる箇所があります。
物語の根幹や今後の展開が大きく変わるわけではありませんが、後の展開に繋がる情報を整理・追加しているため、以前読んでくださった方は少し印象が変わるかもしれません。
より読みやすく、物語に入り込みやすい形を目指して改稿していますので、気長に見守っていただけると嬉しいです。




