自分が進む道
誓断輪廻 転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
玩狗 転生者、転移者たちの総称
十の牙 デケンティス
この世界でカニスに与えられている10の種族名
俺は今回の襲撃を最後まで考え抜いたのだろうか?
いや、違う。
ロドルフォさんの復讐心に気圧されて、最後まで考えてはいなかった。
それはロドルフォさんが悪いわけじゃない。
プリムス村を襲われて、育ての親を殺され、幼馴染を連れ去られたというロドルフォさんが復讐心を燃やすのは至極当然だと思う。
問題は、その気持ちに共感しつつも、同調はせずに、対策を任せっきりにしてきたこと。
俺は怖かったんだ。
人に復讐する機会が訪れることが。
悪人を返り討ちにしたらスッキリするのかもしれない。
だけど、一つ間違えれば誓断輪廻という首輪が音をあげて俺を締め上げるかもしれない。
俺にどこまでやることができるのかわからないからと、責任を投げやりにしてしまった結果が今回の中途半端な撃退に繋がっているとしか思えない。
ヴィトリア王女が途中で間に入らなかったらどうなっていた?
アンナは連れ去られ、マットだけじゃなく他にも死人が出ていた可能性はある。
下手をしたら、もっと最悪。
ここを繁殖場として乗っ取られていた可能性だってありえた。
俺はそこまで考えたか?
いや…考えていない。
今まで、マットが俺にいろんな選択肢の決定権を託す場面があった。
それが何故だかわからなかった。
だけど名前の由来を知ってわかった気がする。
あれは俺に考えさせて、選択する訓練を子供の頃からさせてくれていたのかもしれない。
マットが何をコンプレックスにしていたのか、俺は知らない。
俺にはあの人がすごい人に見えていたから。
だけどあの人はずっと俺に期待していてくれた。
そんな人を俺は…心の底から家族だと思いきれていなかった…。
……最低だ。
…最低だけど、今ここで腐っていたら、あの人が俺に費やしてくれた時間と期待が全て無駄になる。
いや、マットだけじゃない。
グランじいちゃんも、そしてドルゴさんも俺に期待してくれていたと思う。
期待に応えないはおろか、全て投げ出して逃げようというのか?
俺はこの世界のことを何も知らない。
この世界の理だけじゃなく、カニス・アミークスのことも、転生者のことも何も知らない。
俺たちを襲ったカガチというやつも、その背後にいる皇帝も、そして間に入ってきたヴィトリア女王も…。
少なからず何かしらの情報は得ているはず。
能力の有無じゃない。
ゲームのシステムを理解しないまま、参加している俺がどうやって戦おうというのだ?
ドルゴさんは再三言っていた。
『カニスについて詳しいのはエルフだ』と。
本来なら、犬の獣人に地球と同じ血統が存在していることが異常。
その異常に詳しいということは、この世界の理についてのヒントもあるかもしれない。
……あまりにも考えるのが遅すぎる。
家を建てるという行為が、必要とされているような気がして、自分の置かれている立場を考えていなかった。
そんなものは誰かが代わりをやる。
俺がその場でやらなくても、誰かが代わりにやれただろう。
俺は優先順位を間違えた。
肝心な部分は人に投げっぱなしにして…そして、大切な人を…亡くした。
もう、そんな思いをしたくないのなら…。
あの人が俺に願ったように、知り、考え、答えを出し続けるしかない。
「ありがとう。お母さん」
前の世界では母の愛に触れることなく育った俺だが。
この世界で育ててくれた人がこの人でよかった。
今までは少しだけ壁があったような気がしたけど。
壁越しで話すのは失礼だ。
だから前の世界での生い立ちも全て話す。
ただ一つだけ話せないこともある。
『誓断輪廻』
この制限を話せば、優しい母は俺とアンナの旅立ちを見送ってはくれないだろう。
だからここ以外の部分は話す。
この後に及んで隠し事する嘘つきだと思われても構わない。
もうこれ以上、この人に心配をかけたくないから。
話せることは全て話した。
それを全て受け止めてくれる母。
マットが…いや、お父さんが生きていたら、きっとこの告白を同じように受け止めてくれたと思う。
全てを話し終え、母の顔を見る。
諦めと誇らしさを同時に思っているような複雑な表情…。
「シアンも…やっぱりアンナちゃんについて行くの?」
と訊ねられた。
そうする方が、お母さんは安心できるだろう。
軍の庇護下に置かれている方が、所在がわかるから。
だけど俺は…。
「俺はエルフの住む森に行く」
着いて行かない。
アンナの能力を使う時に俺がいない方が安心できるだろうし、仮にどこかで俺が転生者だとバレた時。
すぐそばに転生者が潜んでいた…と気づいた瞬間、不安が押し寄せてくるだろう。
彼女の決断に俺は邪魔だ。
俺は…愛する人の前に立ち、困難から守り抜くような強い男にはなれないだろう。
アンナのことは異性として好意を持っているが、この恋心の為だけに邪魔をするなら、今すぐ脱落して邪魔しないことこそが一番だろう。
だけど、それもまだできない。
俺にも何か能力があるのかもしれない。
それがわかる前に脱落してしまったら、アンナを助けになることすらできないかもしれないから。
まずこの世界の歪みと俺自身のことが判れば、何らかの形で彼女の助けになることもできるだろう。
その時に、俺は彼女に席を譲りたい。
俺は負け犬だ。それは変わらないだろう。
だけど、ただ何もしないで終わる負け犬よりも…好きな人の役に立つ負け犬で終わりたい。
それを女神に自己犠牲の自己満足野郎だと笑われるかもしれないが…それでも構わない。
もう迷っている余裕はない。
少し心残りがあるとしたら、この村の再建をどうすることか。
この日、話すことを終え、俺は軽く眠りについた。
今まで靄がかかっていたような頭はやけにスッキリしていて、考えが至らなかった部分ばかり思い出し、少しの眠りだけで十分だった。
次の日の朝、ロドルフォさんが目覚めたという知らせがあった。
みんながロドルフォさんを囲み、心配していたと泣いている。
だが、ロドルフォさんはそんな中、まだ死んだような顔をしている。
そして俺を見つけると、その顔はさらに暗くなった。
「…シ、シアン…その、あの…」
普段強気な人とは思えないほどの弱々しさ。
おそらく父が死んだことも耳にしているのだろう。
自分の選択がその原因だと思い込んでいる。
俺はロドルフォさんに近寄り、無事だった方の手を掴み目を見て話しかける。
「あの時のロドルフォさんの判断がなかったら、もっとたくさんの仲間が傷ついていたかもしれません。
ありがとうございます」
そう言うとロドルフォさんは顔を沈め、涙を流していた。
何度も何度も俺に謝っていたが、俺はその謝罪を真摯に受け止めた。
この人が悪いんじゃない。
中途半端に任せていた俺が悪いんだ。
そして、これはこの先のことにも言える。
俺はロドルフォさんの元から場所を移し、次の目的地に向かう。
「あ…シアン…」
「シュウ。話があるんだけど」
ここ数日、シュウは何度も俺の元を訪ねて、励まそうとしてくれていた。
だけど、人付き合いが苦手な優しい性格のせいで、まともに会話をしていなかった。
そんな俺が、顔つきを変えて、話しかけてきたことに戸惑いを隠せていない。
この子は仲間相手には弱そうに見える。
だけど、仲間以外の相手にはとても強いのを俺は知っている。
俺がこの村にいなくちゃいけない存在なんて思い上がりだ。
その思い上がりが、俺をこの地に縛りあげていた。
この村で一緒に住む仲間たちを過小評価しているのと変わりがない。
「俺は数日中にこの村を出る。この村が嫌いになったとか逃げるわけじゃない。やらなきゃいけないことがあるから…その間、この村のことを任せてもいい?一番大変な再建の時に、任せるなんて酷いと思うかもしれないけど、俺は君ならできると思うから」
ずるい言い方だと自分でも思う。
俺ならそう言われたら頑張ってしまうから…。
けどこの子はきっとその期待に応えてくれると思う。
俺のことを慕ってくれる幼馴染。
俺はこれからできることと、できないことを見極めて、任せる勇気を身につけなきゃいけない。




