8) 管理者希望女マスター
午後6時を過ぎると陽も落ち、夜の暗闇の中、軽ワゴンで移動する。ライトで照らされた局所で紅葉が見えてはいるが、女マスターはやや緊張していて、葉が赤なのも分からなかった。
「いざとなると緊張する!」33歳になっても、緊張する時もあるものだと思い、そう思う自分に苦笑いが無意識にでる。
中古機体で修理費用が
かなりかかるのだが、その内容をふくめてマリアのことをリコからチャット式メールで連絡を受けて、昨日、貯金通帳を眺めていた。サポーターの新製品を買えるほど金はあったが、何故かマリアを引き取りたいと、思った。
元々マリアという、名前であったからなのか、それとも、飲食店での就業経験があったからなのか・・・、いや、その両方ともある!
理論としては喫茶仕事が大変であり、NPOとの掛け持ちも大変だ。だが、それだけの理由ではなく、感情的なラインでマリアを引き取りたい、と日々強く思うようになった。
「感傷かな・・・。でも、あの子は前のマリアじゃないし。」
そう、思うと淋しい気持ちもあるが新しいマリアを引き取り、今の状態から前に一歩踏み出したい、と強く思うのだ。
その頃NPOの事務所では夜番の支部長とレモンが仮眠から起きたところであった。
「もうそろそろ!マスター来るかな。」リコが事務所の椅子でくるくると回っていた。
「どうしたの、リコ。ウキウキしてるね。」レモンが訊いた。
「マスターがハンバーグを持ってうちに来るのよ!」
「マスターのハンバーグはいい香りががするから支部長喜ぶよね、」
「私のおはようご飯が来るのね。」あくびをしながら支部長が言った。
「ママ!!凄い頭になっている。」仮眠から目覚めた支部長の頭は、鳥の巣のようにはね上がっていたので、ついでに化粧もするため洗面所に向かった。
「レモン、ママ寝相悪かったの?」リコは訊いた。
「僕はわからないよ。僕たちの就寝は電源オフなんだから。」
「そうだったわ。ゴメンね、レモン。」
「今日は悪夢だったから、うなされたのよ。」支部長は頭の髪をおちつかせて、部屋に入って来た。
「?、どんな夢だったの」リコが訊く。
「マスターがサポーターの管理者を断る夢。」
「エェ――!!」
「正夢にならなければ良いですけどね。」
「逆夢にして見せるわ!!」
「ママ、男前!」
「有言実行の営業レディだったからやってやるわ!!」
佐井村支部長はH社の営業課長時にこのNPOの支部長の出向があったのだが、H社がM社に吸収合併されるにあたって、H社を希望早期退職してNPOに望まれて支部長になったのだ。
「支部長!テンションが上がり過ぎてますよ!」レモンが、突っ込む。
「やる気になっているだけよ。ただマスターが来た時には表面上には出さないけど。」
「支部長、悪い顔してる!」と、レモンが言うと
「たぬきだから仕方ないわよ。おほほほほ。」
支部長とリコがかしましくしていると、「からん」と、玄関が開く音がした。
リコが廊下のドアを開けて確認すると、女マスターが立っていた。
「マスターいらっしゃい!」
「支部長はいる。」
「ママいるよ。」
二人は事務所に入っていった。
「マスター、いらっしゃい。」先程の勢いはなく、普段通りの支部長となった。
「先に台所良いですか?ハンバーグ焼いてきたので温めて食べてください。」保温鞄からタッパーとお握りを取りだし、チーズを出す。
「リコが温めてくる。ママ、お言葉に甘えて食べる?」
「そうね、マスターありがとう!ご馳走になるわね。」
リコはハンバーグ一式を持って台所に行った。
「レモンがいるけど話はここで良いかしら。」
「はい。隠してもすぐに分かることなのでここで良いですよ。」
「?」レモンは悪い予感がした。さっきの支部長の悪夢のように女マスターがあのサポーターの管理者を断るのかもしれない。緊張している女マスターを見ていると、不安が増幅する。
「で、相談というのは何かしら?」
「マリアを引き取りたいのですが、管理者決まってますか?」
あっさりときく女マスターに
「決まってないから、マスター。管理者になる?」
「是非とも私に管理者にさせていただきたいのですが・・・大丈夫ですか?」
レモンは自分の高まる不安が全くなかったことに肩透かしを食らったが、杞憂に終ったことに安堵した。
肩透かしを食らったのは支部長も同じだったようだ。
「マスターが引き取ってもらうように、色々考えていたけど、管理者になって貰えるならNPOとして、それに私としてもね、ありがたいことよ。」
「良かったです。考えてみると今まで、私は前のマリアのことで、踏ん切りがつかなかったですしね。」
「マスター。」支部長は優しく言う。
「ああ、もぅ、今も、こう言うと涙が出てきてしまうんです!」声を大きくして、今の状態を宣言する女マスターに
「泣いても、良いのよ。」と、柔らかく声をかける。
「いえ、お願いがあるんですよ。」
いきなり、素に戻る女マスターに目を丸くする支部長。
「な、何かしら?」支部長は訊いた。
「家にお出迎えするまでリコをバイトとしてお借りしたいんです。」
「どうして」
「今、人のバイトが辞めちゃって、喫茶店が回らないんです。」
「なるほど、人手不足の解消にサポーターなら、棄てることもないわね。」
「絶対そんなことしませんよ。」
「そうであってほしいわ。」
「信頼して下さい。」
「はい。しました。」
「・・・・・・。ノリが軽いですね、支部長。」
「気にしない、気にしない。それで他には」
「マリアと一緒にいる時はだれか一緒にいてほしいのです。わたし、何地雷踏んだり、暴走するかわからないんで。」
「お安いご用よ。今すぐマッチングは出来ないけど、マリアの修理とメンテナンスが終わったらそうなるように手はずを整えられるようにするわ。レモン、マリアちゃんの書類出して。」
「はい!」レモンは支部長の机からA4の茶封筒を取り出した。レモンから手渡された封筒にはマリア(仮名)と書かれていた。そこから書面を取り出した。
「はい。引き取りの説明書面と署名用の用紙。」
見ると封筒は子供用辞書くらいの厚さがあり、凶器になりそうな重たさがあった。
「一つめの試練ですね。」
「えぇ。私にとっても試練よ。レモン、この書面に照らし合わせて書類を作成していくから確認お願い。」
「ママ、その前にご飯食べようよ。マスターも食べるでしょ!」
「食べるわ!!レモン、ちょっと待っててね」
「りょ!」
「ご相伴になります。」
二人は台所に行き、食卓を囲む。
ハンバーグにはチーズがハート型に盛り付けられていて、お握りにも可愛らしくふりかけがかけてあった。追加に作った味噌汁は白菜と油揚げが入っていた。それらをリコはスマホで写真を撮る。
「見てみて!!可愛いでしょ、マスターのハンバーグ!これで写真投稿のタイムラインに載せるの。」リコは嬉しそうにいった。
「そういう風に喜んで貰えて持ってきて良かった。」
「そうね、私も嬉しいわ。プロの料理が食べれて、リコの料理も食べれるから。」支部長は満面の笑みで言った。
こういうことがマリアと出来たら良いのに。
女マスターは自分の欲求を満たしたい思いにかられた。
「どうしたの、マスター。」リコが訊いた。
「こういう食卓って良いなぁ、て思ったの。」しみじみと答えると、
「マリアちゃんとしたいんでしょう。」と、支部長がいたずらっ子のようなほほえみで言った。
「ばれましたね。」
女マスターは照れて笑い、外の二人も和やかに笑った。
「ご飯を食べたら、幸せの前段階として、書類を書きましょう!」
「二人とも冷めちゃう。はやく食べて。」
「「はーい。」」
支部長と女マスターは年甲斐もなく子供のようなはしゃいだ声で
「「いただきます!!」」
幸せな食事の時間のはじまりであった。
しかし、
「くしゅん。僕は出番なしなんだよな。」
レモンを除く。
1月7日に投稿予定でしたが、一日ずれました。ごめんなさい。




