トーマの苛立ち
「すまんな、恩に着る」
軽く自己紹介しながら、栗色の髪を後ろで束ね日に焼けた健康的な肌にキリッとした顔、女性にしては少し大柄な体に立派な甲冑を纏ったミリエメのロープを解いた後で、俺は男性の、ミリエメはドレスの女の子のロープを解く。
この男性、レオンは少しマズイな、茶色の髪に端正な顔立ちだが今はその顔を苦しそうに歪め、呼吸も荒い、放っておけば死にそうだ。
「トーマ殿、厚かましい頼みだとは承知しているがポーション等の類いを持ち合わせているのであれば譲ってはもらえぬだろうか?このままでは…」
険しい顔で瀕死のレオンを見るミリエメ、その後ろにいるリーヴァはさっきからずっと俺を見ている、ワインレッドの髪を後ろで二つに束ね、白い肌に綺麗な鼻筋、まだ幼さの残る顔、それなのに力強さを感じるワインレッドの瞳でジッと俺を見ている、瀕死の兄に目線もくれずに。
「やはり都合良くポーションの持ち合わせは無いか…、このままでは」
魔眼が気になりリーヴァの視線に気を取られていたがポーションなら持っている、レイナ特製のポーションだ。
レイナは薬屋で働いていたのでポーションの製法がわかる、なので森人の里で必要な薬草を見つけた時に採取して時間のある時に作っていたのだ、ポーションを作る時に大事なのは薬草に宿る魔力とそれに合わせる術者の魔力だ、その時にどれだけイメージを込めて魔力を注ぐかで効果が変わる、森人の里で採れた薬草に治癒魔法の使い手であるレイナの魔力を込めたポーションはそこら辺のポーションより効果が高い。
それでもレイナ自身の治癒魔法よりは効果が低いので今まで使う出番は無かったが漸く初めての出番だな。
「ポーションなら丁度持ち合わせがありますよ」
俺はポーションを腰の袋から取り出しミリエメに差し出す。
「おおっ、まさか本当に所持していたとは、これは有り難い」
ミリエメは俺からポーションの入った瓶を受け取ると苦しそうなレオンにゆっくりと飲ませる、すると暫くして苦しそうにしていたレオンの呼吸が少し落ち着いた、後はレイナの所に連れていって治癒魔法をかければ大丈夫だろう。
取り合えずレオンの窮地は脱したので俺はセオを呼ぶ事にした。
「セオ〜、案内役と一緒にこっちに来て〜」
セオを呼んだ後はミリエメにこれからの事を話す、レオンは回復にはまだ早いしリーヴァは口を開いてくれないしな。
「ミリエメさん、俺の仲間が森の外にいるので取り合えずそこまで行きましょうか。その男の人はミリエメさんにお願いします」
「了解した、森の外に出たら相応の謝礼は約束する」
律儀に頭を下げるミリエメ、でも身に付けている物以外の持ち物は無さそうだが謝礼なんて渡せるのだろうか?そういえば折角アジトに来たのだから盗賊団の貯め込んだ物も持っていかないとな、その中にミリエメ達の荷物もあるだろう。
そう思っているとセオが案内役と一緒に部屋に入ってきた。
「獣人…」
入ってきたセオを見てミリエメがそう呟いた。
はぁ…、今の呟きだけで獣人に好意的でないのがわかった、ステルビアの城下町はリストルから東南にある、ミリエメ達が襲われたのはリストルの北だ、他にも貴族のいる町もあるかもしれないが多分レオン達はロトーネの貴族ぽいな、直感でそう思っていたが今のミリエメの呟きで確信した。
「トーマ殿、この獣人は「セオ、俺の妹です」」
ミリエメの瞳にはエレミーには無かった蔑むような色が見える、まるで出会った頃のクリスだな、なので語気を強めて牽制する。
「う、そ、そうか。わかった」
元からあまり関わるつもりも無かったがこれで決定的だ、そうとわかれば早めに森を出て最低限の世話をして別れた方がお互いの為にもいいだろう。
そして案内役の男を盗賊団の残りで町につきだすと説明した時にミリエメは今度は険しい顔になった、獣人と仇と一緒なのはミリエメも嫌だろう、早々に外に出る事にした。
「ではミリエメさんはその男性を背負って下さい。おい、手のロープは解いてやるからお前はこの男を運べ。セオはこの男を頼む」
セオと随分と素直な案内役、そして俺の三人で野盗の死体を外に運ぶ。
まずは死体の処理からだ、俺が先頭に立ち洞窟の入り口近くまで戻る、幅はともかく高さが低いと人を担いだままで外に出にくいので天井に手を当てながら土魔法で天井を広げて進んでいく。
「トーマ殿は体術だけではなく魔法も得意なのだな」
「いえ、私の魔法は効果が手の届く範囲にしか出ないので大した事はありませんよ」
後ろから聞こえるミリエメの声に素っ気なく返し、洞窟の入り口を広げ外に出る、外に出ると直ぐに手頃な穴を作り、土魔法で隠していた見張りの死体も一緒に燃やしていく。
レイナがいないので俺の一メートルしか効果の無い風魔法で臭いや煙を空に逃がしていく、効果の出る距離が短いので近付かないと意味がない、なのでなるべく穴に近づき穴を見ないようにしながら気流を操る。
「トーマ殿は凄いな、体術、土魔法、それに風魔法まで使えるのか」
「これも短い距離なので実戦には使えません」
俺の態度が硬化したのに気付いたのかやたら声をかけてくるミリエメだがハッキリ言って話し掛けないでほしいな。
死体の処理を終え、再び案内役とセオと一緒に洞窟の中に戻る。
「では私は中から盗賊団が貯め込んだ物を持ち出して来ますので少し待ってて下さい、ここら辺の魔物はあまり強くないので大丈夫ですよね?」
「あ、ああ」
ミリエメが頷くと同時に洞窟の中に入る、そして案内役に聞き三つに別れている場所の左側の通路の先にある盗賊団が奪った物を置いてある場所にいく、丁度手頃な袋もあったので案内役とセオに、持ち運び出来るように袋に纏めてほしいと頼む、二人が荷物を纏めている間に俺はミリエメ達が捕まっていた場所、そして真ん中の通路から行ける盗賊団が寝泊まり等をするであろう一番拾い空間を土魔法で埋めていく。
魔法の範囲が短いので苦労したがなんとか埋める事が出来た、これで入り口を閉じればここはもう盗賊団が利用したりはしないだろう。
空間を埋めた後はセオ達の元に行く、五つの袋に小分けに纏められていた荷物を持ち、通路も土魔法で埋めながら使い物にならないようにして最後に入り口を埋めて洞窟を出る。
「ミリエメさん、このまま森を出ようと思うのですが大丈夫ですか?」
そろそろ日も傾いて来ているので直ぐに森を出たい、ミリエメは俺に頷くとレオンを背負ったのでそのままついてきて下さいと言って森の中を歩く。
荷物が多いので慎重に空間把握を使いながら魔物に遭遇しないように歩く、ドレス姿で森を歩くには少し大変かと思ったリーヴァも魔力強度は普通の人より高かったので問題なくついてきている、少し時間はかかったが漸く森を抜ける事が出来た。
魔物を避ける為に少しリズ達の待つ場所から逸れたのでもう少し歩きますとミリエメに告げてリズ達のいる場所まで歩く。
「おかえり、どうやら大丈夫だったみたいだね」
皆に迎えられ、皆の笑顔を見て漸く心が落ち着いた。
「うん、捕まってたのは三人、それとこれは盗賊団の戦利品」
そう言って袋を纏めて置き、ある程度の事情を話す。
そしてリズとレイナにリーヴァの事をお願いしてミリエメを呼ぶ、リーヴァからはずっと視線を感じているが今は関わりたくないので無視だ。
「ミリエメさん少しついてきて下さい、その男性はこちらの馬車の荷台で寝かせておきましょう」
「いや、そこまで世話になるわけには…」
「いえ、今からミリエメさんと行きたい所があるのでお願いします。大丈夫です、女性の方も仲間にお願いしてあるしこの方からも目を離さないようにお願いしてあります、残った二人には絶対に危害を加えないと約束します」
躊躇うミリエメを強引に説得する、レオンを馬車の荷台に寝かせる。
荷台に転がされているセッタが何か喚くが黙れと言って黙らせる、そして荷台に置いてあった、お頭が腰に差していた剣をミリエメに手渡す。
「この剣はミリエメさん達の物ではありませんか?」
「あぁ、そうだ、この剣はレ、私の物だ。返してくれるのか?」
レオンの物ね、まぁリーヴァとレオンの事をミリエメは何も言わないし名前を教えたくないなら別にいいか、俺もあえて触れないようにしてるしな。
この剣は野盗の持ち物にしてはやけに豪華な装飾がされていたのでそう思ったが当たっていたようだ、それともう一つ野盗に似つかわしくないのがあったのでそれも聞いてみる。
「はい、ミリエメさんにも武器は必要でしょう、私達には使い道が無いので。それとあの馬もそうじゃないですか?」
お頭の騎乗していた立派な馬を指差すとミリエメが頷く、どうやらミリエメ達の馬車を引いていた馬のようだ。
「では少し待っていて下さい」
そして俺はすませられないか、離れた所で漸く落ち着いたと座り込んでいた案内役の男を呼ぶ。
「おい、お前は昨日ミリエメさん達を襲った場所を覚えているだろ?そこまで案内しろ」
うへぇという顔をする男だが逆らう気もないようで素直に立ち上がる。
「その間はロープを外してやる、乗る馬を選べ」
男に馬を選ばせている間、ミリエメに襲われた場所に行く事を話すと少し迷ったが行くと言ったので案内役を先頭にその場所に向かう。
「えっと、このままその場所に向かえばいいんで?」
案内役の男が馬に乗っていない俺を見て、行っていいのかと聞いてきたので頷く。
「大丈夫だ、そのまま逃げられると思うなら逃げてもいいぞ。出来れば日が落ちる前に戻りたいから急ぎだ」
その言葉に男は慌てて首を振ると馬を走らせた。
『疾風迅雷』
呪文を唱え男の後をついていく、走って馬についていく俺に固まっていたミリエメも慌てて馬を走らせた。
一時間程かかるようなら魔力が心配だったが十五分程でついた、ほぼ全力で馬を走らせたとはいえ結構近かったな。
魔物に食い荒らされた死体があり、その近くに横転した馬車がある。
「ギャウッ」
まだ三匹のナイトローソンが死体を漁っていたので疾風迅雷のままに踏み込み頭を蹴り飛ばす、食事を邪魔されたせいか俺達に低い唸り声をあげていたが一匹が呆気なく倒され敵わないと思ったのか残りは森の方に逃げていった。
案内役の男を待たせ、遅れて来たミリエメに横転している馬車を指差す。
「あれは貴女達の馬車で間違いないですか?」
「ああ、そうだ。だがあれではどうしようもないな」
ミリエメの言葉を聞いて横転している馬車の元まで行く、ドゥニエル家の紋章なのか鷲のような絵が描かれている立派な馬車だ、目立つ馬車だから盗賊団も放置したんだろうな、所々傷付いているが馬車は走れそうだ。
俺は馬車に手をかけると身体操作を使い、呪文を唱える。
『拍車』『豪腕』
拍車で足場を固め豪腕で勢いをつけて馬車を起こす、かなり重かったが一頭立ての馬車なのであまり大きくはない、なんとかなったな。
「ミリエメさん、多分大丈夫だとは思いますが走れるか確認して、問題ないならその馬を馬車に繋げていて下さい」
いちいち俺の行動に呆気に取られているミリエメに声をかけ動かすと俺は食い荒らされた死体の側に行き、死体の下に土魔法で穴を作り一体ずつ燃やして処理していく、効率は悪いが流石に食い荒らされた死体は損傷が酷い、正直近くに寄るのも嫌だが仕方ないな、苛立つ感情のままに作業を進める。
苛立つ、そうだよな、何故か俺は苛立っている、ミリエメが獣人を蔑んだから、それはそうだがクリスの時はもう少し取り繕う事は出来た、ミリエメも俺に対しては恩を感じているのか丁寧な態度なのであの時のクリスよりはマシなはずなのにだ。
まぁ今考える事じゃないか、早く終らせて皆の所に戻りたい、そう思い皆の事を考えると少し苛立ちも収まった、野盗の死体は五、騎士服の死体が二つか、ミリエメもレオンも魔力強度はなかなか高かったが数に押され二人の騎士が倒された所で捕らえられたんだろうな、お頭の着ていた甲冑もミリエメの物と似ていたしあれも返さないとな。
「何から何まですまない、トーマ殿には本当に感謝する」
馬車の整備が終わったのかミリエメが声をかけてきた、少し苛立ちの収まっていた俺も処理が終ったのでミリエメに振り向いて返事をする。
「いえ、馬車が無事なら戻りましょうか。仲間の方は勝手に埋葬しました、こんな場所ですいませんが、その、酷い損傷だったので」
「いや、トーマ殿にそうしてもらえなければ打ち捨てられたままだっただろう、埋葬してもらえただけで有り難い」
ミリエメは丁寧に胸に手を当て頭を下げた、まぁ悪い人じゃ無いよな、価値観が違うだけだ、ミリエメが御者、馬車に乗ってはどうかというミリエメの提案を断り俺は歩き、案内役は馬で皆の場所に戻る、既に日は暮れ辺りは暗くなり始めていた。




