4話 夫婦になるために必要な10のコト
ヒガナの口から出たのは、出会った時と同じ言葉。優吾の手を包み込む温かい手。赤き瞳に引き込まれそうな、真剣なまなざし。最初に求婚された時の、流れ作業のような言い方ではなかった。まるで本当にプロポーズされているような気分だった。
「夫婦って……最初のと何が違うんだ? また俺を殺そうとしてるってわけじゃなさそうだけど」
「前はあなたを殺してここに縛り付けるやり方。今は逆で、あなたに私を縛り付けようってやり方。どっちにしても、常に一緒なのは変わらない。人間の間では、夫婦って永遠に続く男女の契りのことなんでしょ? 未来永劫決して切れない男女のつながり。私たちにピッタリだと思わない?」
ヒガナは手を離すと、楽しそうにそう言った。
いったい誰に教わったのか、はたまた本に書いてあったのか知らないが、かなりロマンチックな表現だ。
優吾自身、夫婦という関係にはあまり縁がないので分からないが、世間一般の夫婦への認識はこんな感じなのだろうか。わざわざ尋ねる話でもないので、特に言及しなかった。
話の内容をまとめると、ヒガナがずっと傍でいられるようにするということか。実際に契約するにあたって色々聞きたいことはあるが、これなら優吾とヒガナの要望は大方満たしている。
「それで? 夫婦になるには、具体的にどうすればいいんだ?」
「私とあなた、二人の間で契約を交わすの。普通は人間と神が結ぶんだけどね。その説明はそっちの子のほうが詳しいでしょ」
「そうなんですか? 一花先輩」
「そうね……さっきから気になってたんだけど、興津君。あなた、ヒガナ様と夫婦になることは素直に受け入れてるわね」
「まぁ、役所に届けるわけでもないですし……ですよね?」
「安心して。婚姻届を書く必要はないわ。契約条項に含まれるなら話は別だけど」
含みを持たせた一花に、優吾は表情をこわばらせた。
いくら優吾といえど、婚姻届の妻の欄に「ヒガナ」と書いて提出する気はない。もっとも、出したところで突き返されるか、頭を心配されるのがオチだろうが。
「契約っていうのはね。神と人間、双方の同意のもとで交わされる約束事のこと。私の場合、太陽の神天照様と契約を結んでいるわね。妖怪に対処する力を得る代わりに、人間を妖怪たちから助けることが見返りね。神や妖怪なんかの怪異が見えてるのはそのおかげ」
「へぇ、でも俺はそんな契約結んだ覚えが……」
「それはそうなんだけど、一旦それは後ね。今は、ヒガナ様と興津君の契約を結ばないと」
「そうですね」
もしかして、覚えてないくらい小さい時に契約を結んでたりするのだろうか。後にすると言っても、優吾の脳内では必死に記憶をたどっていた。ただ、それらしき記憶は見当たらないので、意識を現実に戻す。
「それで、ヒガナの条件は?」
「もちろん夫婦になること。あと、私に嘘をつかないこと。あと……」
「分かった。紙に書いてくれ」
ヒガナが数えるために折っていた指が二周目に入ったところで、優吾はそれを止めた。優吾はカバンから、もう必要ない学校からの手紙を取り出し、それの裏面をペンと一緒にヒガナへ差し出す。
書き終えた用紙を渡されて、優吾は目を通した。
条項はこうだ。
・夫婦になること
・私に嘘をつかないこと
・私に黙ってどこかに行かないこと
・私以外の神と契約を結ばないこと
・今日の日付から三年以内に私の代わりの妖力源を用意すること
・あなたが死ぬまでに、私を成仏させること。
・困ったときは私を頼ること
・週一回は神社の掃除に来ること
・私にもご飯を用意すること
・私の読みたい本を買うこと
・上六つを守れなかったときは、私に殺されること。その後、ここで私と一緒に暮らすこと
・その他を守れなかったときは、私のお願いを聞くこと
「……多いな」
「何か文句ある?」
今すぐに殺すと言われていたのを考えれば、随分とましではあると思う。ヒガナの代わりの妖力源を見つけるまで、三年の猶予があるわけだ。ただ、二人の反応的に、それはほとんど不可能なことなのだろうが。それでも、ヒガナを自由にするためにも、自分自身の命を守るためにも、やるほかない。
そんな中、一つだけよくわからないのがあった。
「……成仏って、また知らない単語が出てきたんだが」
「それはまた今度。期限もあなたが死ぬまでにしてあるでしょ」
確かにもう一つに比べたら、はるかに良心的ではあるが。
「三年後までに、ヒガナに代わる妖力源を用意……それが難しいって話なんじゃ?」
「私に言ったでしょ。『俺が何とかする』って。約束は守ってもらうから」
「死ぬまでじゃダメなのか?」
「ダメ。死にたくないからついた嘘の可能性があるから。死ぬ直前になって、やっぱり無理でしたって言うかもしれない」
「……分かった」
三年。ちょうど高校卒業くらいか。
「一花先輩。何度もすみません。お知恵を貸していただけないでしょうか」
「巻き込ませたのは私だし、いいけれど……それこそ死ぬかもしれないわよ」
「そこは、ヒガナを頼ります」
「なんで私が出てくるの?」
「書いてあるだろ。困ったらヒガナを頼れって」
紙を指さすと、ヒガナは目をぱちぱちとさせた。それから優吾をジト目で見つめるヒガナ。頬を少し膨らませ、しぶしぶといった様子で答えた。
「……そうだけど。でも、あまり期待しないでね。契約した後の私の力がいつもの十分の一。そこから私が存在を維持するための妖力を除いたら、あなたを助けるために使える力は限られてくるから」
「分かってる。できるだけそうならないようにするよ」
「嘘じゃない?」
「もちろん」
「信じられないけどね」
優吾の答えに、ヒガナは疑いの眼差しを向ける。
「そんなに――」
「そこは私も同感」
優吾が反論しようとしたところ、一花もヒガナ側についたことで、場は二対一になった。状況悪しと優吾は、声を小さくした。
「一花先輩まで……そんなに信用できないですか……」
「うん」
「ええ」
「返事までそろえなくていいのに」
「あなたねぇ、無防備の状態で妖怪に喧嘩を売ったり、知らない女の子を助けるために知らない場所まで追っかけたり、果ては自分を殺そうとした怪異と夫婦になる人の言葉に、信用なんてあると思う?」
「そこがいいところだけどね」
「それは否定しませんが……」
二人が意気投合している中、優吾は己の行動を思い返した。なるほど、確かに無茶をしているようにしか見えない。子泣き爺も、リュックではなく優吾自身の背中にくっつかれていたら、その時点でジエンドだった。
その後も、体と口が頭より先に動いていた。
「善処します」
「まぁいいわ。それより、興津君からの条件は何?」
「俺からの……条件?」
「契約なんだから当然興津君の要求も通るわ。力関係的にあまり多くは望めないけど。ヒガナ様が結構な数の条件を出しているから、それなりに自由があるわよ」
ヒガナへの条件。確かに、ヒガナの要求をどうするかばかりで、まったく考えていなかった。多分、今すぐに殺されないというのは大前提なのだろう。でなければ、ヒガナの条件が成り立たない。
「ちなみに、ヒガナ様の条件を覆すようなものは無理ね。本人が良いと言えば別だけど」
「私は譲らないからね」
となると、ヒガナを成仏させるまで殺さないで、とかは無理なのか。
「じゃあ、風呂とトイレにはついてこないこと。あと、学校では大人しくすること。あとは、俺を助けるときに無理をしないこと。こんな感じでどうだ?」
「どうですか? ヒガナ様」
「いいんじゃない。もう少しあってもいいと思うけど、あとで付け足せばいいしね」
「後から変更ってできるんですか?」
「両方の合意があればね」
なんか、結構緩いのかもしれない。神との契約っていうくらいなので、もっと厳粛なものを想像していた。
「じゃあ、契約成立ね。…………ん」
ヒガナは立ち上がって、唇を突き出した。
「何してるんだ?」
「…………馬鹿」
ヒガナは乱暴に優吾の手を掴んだ。




