二度目
数日後。
指定された弁護士事務所の扉を開ける。
事故以来、男と直接顔を合わせるのは初めてだった。
部屋へ入った瞬間。
男の視線が、女のこめかみで止まった。
ほんの一瞬。
だが女は見逃さない。
――思っていたより、大きかったでしょう。
電話では「少し」としか言っていない。
化粧でだいぶ隠れるとも伝えた。
けれど実際には、隠し切れない傷が残っている。
男は何も言わない。
女も何も言わない。
弁護士を交え、話は淡々と進んだ。
女は無理な要求をしなかった。
必要な補償を受け、書類を確認する。
やがて示談は成立した。
「それでは、これで本件については終了となります」
弁護士が告げる。
「ありがとうございました」
女は静かに頭を下げた。
これで終わり。
本当に、そのつもりだった。
男が誰なのか知っていることも言わない。
自分から食事に誘うこともしない。
連絡を続けたいとも言わない。
ここで「では」と別れれば、女もそのまま帰る。
それで構わない。
席を立とうとした。
「あの」
男が呼び止める。
女は振り返った。
「先日は、赤坂でのお食事を楽しみにされていたと聞いていました」
男は少し言葉を選ぶ。
「私のせいで行けなくなってしまいましたし……もしこのあとお時間があるようでしたら、お食事でもいかがですか」
女は一瞬だけ驚いた顔をする。
それから微笑む。
「よろしいんですか?」
胸の内では、別の言葉が浮かんでいた。
二度目の賭けにも、勝った。




