賭け
病院へ向かう途中、先生が尋ねた。
「なぜ付き添いを断ったんです?」
女は処置されたこめかみにそっと触れた。
「当事者同士だけで話すより、こういうことは必要なら専門家を入れた方がいいと思って」
先生は少し考え、頷いた。
それでいい。
本当の理由まで説明する必要はない。
翌日。
電話が鳴った。
昨日交換した番号。
画面を見た瞬間、女の胸が跳ねる。
思わず口元が緩みそうになった。
来た。
賭けには勝った。
電話に出る。
声だけは、いつも通りにした。
男は昨日のことを何度も詫び、
怪我の状態を尋ねる。
「足は捻挫で済みました。ただ、こめかみの傷は残るそうです」
電話の向こうが、わずかに静かになった。
男は再び謝罪する。
女はそこで話題を変えた。
「ところで、昨日のお仕事は大丈夫でしたか?」
少し戸惑ったような間。
どうしても穴を空けられない仕事があったのだという。
その言葉で十分だった。
声。
話し方。
訛り。
風貌。
そして仕事の話。
ばらばらだったものが、静かにつながった。
間違いない。
あの配信者だ。
それでも女は何も言わない。
「大切なお仕事だったんですね。間に合ったなら良かったです」
事故を気にし続ける男を、むしろ気遣うように笑う。
「先生とぶつかっていたら、もっと大変でしたよ。私で良かったんです」
それ以上は踏み込まない。
捻挫が治ったら改めて連絡すると約束し、電話を切る。
画面が暗くなってからも、
女はしばらくスマートフォンを手にしていた。




