青年期 3
卒業式の日からというもの、殿下は本当に私の側を片時も離れようとはしなかった。
妄執的にも見えるその態度をやんわりと誰かに指摘されても、「これは私と王太子妃のために必要なことだ」という発言で全てを押し切った。
私が私の部屋に残してきた遺書はすぐに殿下の手の者が回収して、私の目の前で殿下が斬り捨てた。
「エルレシア、これで君は死ねなくなった」
「何を、仰せですか」
「君は気配りのできる人だ。この手紙で全部を丁寧に説明しておけば、君が僕に刃を向けても誰にも迷惑がかからない、と考えたのだろう……つまり、説明することが叶わない限りは、君は動けない。なぜなら誰かに迷惑をかけてしまうから」
否定の余地もない、完璧な推察だった。
殿下は私の側を離れず、また私の側に何者をも近づけない。それは、私の意思が誰か他者に伝わってしまえば、私に死ぬ理由が生まれてしまうと怖れていたからだった。
やることもない私は、ただひたすらにトールが現れてくれるのを待った。
牢屋とは状況が違っていても、私はほとんど王宮に幽閉されているようなものだ。
もしかすると囚われの私をトールは助け出してくれるかもしれない。
そう僅かな期待を持って眠り、失望の中に目を覚まし続けた。
その失望はすぐに殿下に察知され、殿下は酷く辛そうな顔でまた私を側に置く。
そんな日々がどれだけ続いたのか分からなくなってきた頃合いに、私はふっと自分の中から何かが抜け落ちて行くのを感じ取った。
何の前触れもなく私から失われたそれは、きっと私の根幹を成していたものだった。
「エルレシア?」
当然殿下は私の顔を見て、異変が起こっていることに気づいた。
「どうしたんだ、エルレシア」
「……ディラン様、もう、十分です」
「十分とは、何だ」
「トールは」
わたしの所には来てくれません。
わたしが犯した罪は、わたしの身体を痛めつけて、わたしの命を奪って、そして最後に、こうして希望を持たせた後の心に切なさと辛さを焼き付けて、ようやく償われるのです。
わたしはもう何も望みません。
わたしはもう、トールを捜しません。
わたしは、
「もういい、何も言うな」
殿下の逞しい腕が私の身体を、その意識ごと現世に繋ぎ止めた。
「君の言葉は、君の心を痛めつける。だから言葉は好きじゃない。代わりに、好きなだけ泣いてくれ。泣いて、一度全部真っ白にしよう」
言葉を奪われた私は、殿下の胸の中でわんわん泣いた。
泣いて、泣き疲れて、私は気を失うように眠りに落ちた。
目を覚ますと、夕日の差し込む部屋の中で、殿下が座って考え込んでいる様子があった。
しばらくその姿をぼんやりながめてから、私は身を起こした。
殿下は即座に私を支え、そして私の目をのぞき込んだ。執着の色が残っていないことを確かめているのだろう。
やがて満足したのか、殿下は私の背中から手を離して、そして私の腰掛ける寝台の前にかがみ込み、私と視線の高さを合わせた。
「提案がある」
殿下は静かな声で語りはじめた。
「君はそのトールという人物に、恩を返さなければならないのだろう」
こくり、と頷く。
本当は「どうして愛してくれていたの」と訊きたかったけれど、一番大切なのは恩を返すことだ。
「しかし、そのトールが本当にトールなのかもわからない、そうだったな」
また頷く。
殿下は私のトール捜しに付き合ってくれたから、大体の事情を知っている。
トールがトールとして生まれ変わったのか、それとも全く別の人間に生まれ変わったのか、私を救ってくれたという記憶を持っているのか、いないのか。
何も分からないままでの手探りの人捜しは、殿下の手を大いに焼かせたはずだ。
殿下の凜々しい眉が優しく傾けられる。
「僕はこれからこの国の王になる。少なくとも、この国の人々のことについてなら、僕は隅々まで気を配ってやることができる。僕と二人で恩を返そう、エルレシア。どこにいるとも知れないトールのために、ありとあらゆる人に恩を返すんだ」
その私にだけ麗しく響く”提案”を聞いて、私は思わず尋ねていた。
「どうして、こんなわたしのためにそこまでしてくれるのですか」
「決まっているだろう」
かつてトールが微笑むばかりで答えてくれなかった問いに、殿下はしっかりと答えてくれた。
「僕が君を愛しているからだ、エルレシア」




