幼少期 2
侍女たちを虐めることが、私の計画の第一歩だった。
当然、「前世と全く同じように行動する」ためには、私は醜悪な私をなぞらねばならない。
前世の私は、いくらでも替えの効き、かつ発言力のない侍女たちを標的として、少しずつ人を虐めるときのスマートなやり方を覚えていった。
昔のやり口を思い出しつつ、いつも私のために服を着せてくれる侍女の前で、これ見よがしにため息をつく。
「はぁ。どうしていつもこうなのかしら」
鏡越しに侍女に視線を向け、侍女が私の目を見返した瞬間くらいに目を背ける。
そうすれば、侍女は嫌でも私に何か思うところがあると気づくことになる。
「お嬢様……その、何か至らぬところがございましたでしょうか」
屋敷にいる侍女たちの中でも年若く、また気弱な方である彼女は、期待通りにおどおどして訊いてきた。
経験のある侍女ならこうはならないだろう。今の彼女のように不安を覚えるのではなく、単に主人が不機嫌であることを自分の仕事と切り分けて考えられるはずだ。
「いいえ、別に? 分からないのならそれで構わないわ、この」
間抜け。
音を出さずに口だけ動かす。
私は何も言っていない。だから、仮に彼女が誰かに助けを求めたとしても、私は素知らぬ顔でいわれのない言いがかりに憤慨することができる。
それに、そもそも彼女程度の存在に、公爵令嬢に対して歯向かう権利はない。
若い侍女は私の誘導通りに、口の動きをしっかりと凝視して、読み取るべきものを読み取ったようだった。
顔色が青くなり、手が震え出す。
ひとまずはこれくらいで良いだろうか。
次の一手は他の侍女たちを使うことになる。主人たる私に嫌われたことで怯える彼女を仕事仲間たちから孤立させ、さらに追い込むのだ。
侍女は着付けを終え、私の側から離れていった。
部屋を出る前に一礼する。
縮こまって小さな後ろ姿を見送る中で、私は彼女に申し訳なく思っていた。
トールを見つけるためとはいえ、こうして暴言をぶつけ、傷を負わせてしまうのは忍びなかった。
そこまでを自覚して、私は雷に撃たれたような気分になった。
「申し訳なく思ってる?」
心の中を隅から隅まで探してみても、私は侍女を虐めることを全く楽しんではいなかった。
かわりに見つかったのは、つきんと胸を刺す痛みだけ。
それは、他者の苦痛を愉悦としてきたはずの私にしてみれば、有り得ないことだった。
「前世の自分をなぞる」という計画は、全く上手く行かなかった。
虐めようとしていたはずの侍女は、初めて暴言を吐き捨ててやったあの日から一年経って、もう何もかもを忘れたかのように元気に仕事を続けている。
コルク用の焼きごてを押し当てられた下働きの料理人は、「こいつぁお嬢様があっしにくださった勲章でさぁ」と炊事場で吹聴して回っている。
無理難題をふっかけられ困り果てたはずの執事は、懇切丁寧に私に「公爵家の力を以てして叶わないことも、この世の中にはごまんとあるのです」と説いて、教育係と仲を深めてしまった。
誰かを傷つけようとしてもかえって私自身の心がへたってしまう有様で、どうして悪女で居続けられるだろう。
暴言を吐いたことも、焼きごてを押しつけたことも、無理難題をふっかけたことも、私は結局しっかりと謝罪して回った。
そうしないと、罪悪感に押し潰されて眠れなかった。
ついには、「街歩きできなくなったお転婆娘が、ストレスでいろいろ粗相をして回った」という理解だけで、私のささやかな嫌がらせは全て説明されてしまった。
私はひたすら考えた。
どうしたらトールを見つけられるのか。
私は既に、前世の私とは大きく違ってきている。
学園に通い始めてから学友を虐めることも、この調子だときっと難しいだろう。
そんな状態でも、前世と同じくトールは私の御者になっていてくれるのだろうか。
分からない。
分からないが、可能性は下がってしまったと言って良いだろう。
なら、どうすればいいのだろう。
答えは出ない。
そうやって私が思い悩み続けていた頃、お母様が男子を産んだ。
彼は前世の記憶に違わず、地の精霊にあやかり「ヴィクター」という名前を授かった。
公爵家の跡継ぎが生まれたということで、家の者たちは皆大いに喜んだ。娘である私しか子供が生まれず、婿入りしてもらうか、養子をとるか、真剣に悩みはじめていた頃合いでもあった。
当然私もその輪の中に加わった。知っていたから大してはしゃげなかったけれど、喜ぶお父様の姿を見るのは別に嫌いではなかった。
そして、お父様は酒の入って赤らんだ顔で私にこう言った。
「エル、やっとお前の嫁ぎ先を決められるぞ! 無論、お前を欲しがる不遜な男どもは皆私が斬り飛ばしてくれるがなっ!」
支離滅裂な発言をするお父様に向けて、私は咄嗟に思いついた言葉を投げかけた。
「でしたら、お父様。わたし、ディラン王太子殿下に選ばれたく思います」
少しでも前世との矛盾を減らすためには、私は一度ディラン殿下と婚約を結ばねばならない。
例えそれが破棄される物だと分かっていても。
「そうか、ディラン殿下か! 殿下! ……本気か?」
お父様は一瞬で纏う気配を一変させ、ワインの入ったグラスを机に置いた。
「はい、本気です。ディラン王太子殿下はわたしと同い年だと伺っています。十分、わたしにはその権利があるはずです」
「……情勢的にはウォーロウ家が最善だろうと見なされているが、確かにあの家には適齢の女子がいない……我らメンツィロムも格は十分、年齢も悪くない……なるほど」
お父様は顎に手を当て何かブツブツと呟いてから、膝をついて私と視線を合わせた。
「これは、お前一人の都合で決められる話にはならない。だが、お前は昔からこうと決めたことはやり通す、そんな子だったな。一つ訊こう。お前の決意は揺るがないな?」
私は頷いた。
「はい。わたしはディラン王太子殿下と婚約を結びます。必ず」
王妃になります、とは言えなかった。
私の心に宿る炎は、ディラン殿下が点してくれたものではなく、トールという不死鳥が託してくれたものなのだ。
それを偽ることなど、私には絶対にできない。
「分かった。私に任せなさい」
頼もしい笑みとともに、お父様は私にそう告げた。
お父様は私の決意の強さは読み取れても、心の炎の色味までは読み取れないようだった。




