ストーキングしてるのバレてしまったんやけど
サアアア。
草と風が戯れる。昼下がりの少し暖かい風が吹いていた。
ここは町外れの墓地だった。柵の外に見える丘にはちょっとした草原が広がっている。
遠くに半壊した教会のようなものも、見えた。
俺は近くの小屋らしき建物の裏に隠れて、ゼファードを見張っていたが、思わず小声でミナに話しかけてしまった。
(ミナ、ここ…めっちゃ綺麗だな。)
(そうだね、私もそう思った。さっきの町からは考えられない…。)
ゼファードは、ミナが予想した通り、墓地で馬を降りた。
馬を近くの建物に止めたゼファードは、墓地に入っていく。
そのまま、一つの墓へ向かって歩いていった。
「カリーナ。」
ゼファードは銀の肩章がついたマントの下の鞄から、黄色い花を数本、取り出した。
その花をしばらく見つめてから、墓の上に置く。
(ミナ、カリーナって誰だ?)
(え?待って、今見る。)
ミナはえーっと、と言いながら空中をいじってみたが、何もわからない様子で肩をすくめて言った。
(あー、《《書いてない》》な…。でも、たぶん戦友とか何じゃない?)
戦友…か。の割にはなんか空気が生ぬるいんだけど?
っていうか、今《《書いてない》》って言ってよな?
やっぱミナ何か見てるだろ、絶対。
(て言うかミナ、ずっと思ってたけど、何見て言ってるの?)
ミナは苦笑いして言った。
(あのね、これも《《あれ》》なんだけど…。)
――あれ?
あっ、言うとまずい系か。
(なるほど。そういうことか。)
(うん、察して?)
つまり、幽霊になった時の特典みたいな感じか。へー。
俺たちが小声で話している間も、ゼファードは墓の前で感傷的な様子だった。
「今日の巡回中に、南通りの例の子供たちから貰ったんだ。お前に渡してくれって。
お前が死んでから何年も経ってるのに、あの子たちはまだ『綺麗で強かったカリーナ姉ちゃん』を覚えているらしい。……ははっ。俺の嫉妬を煽るのが本当に上手いな、お前は。」
(ねえミナ、カリーナって人さ、ゼファードの恋人とかだったんじゃない?)
(うん。)
ゼファードがあまりにも寂しそうなので、俺たちまで悲しくなってきた。
ミナがふざけてるみたいにして言った。
(しくしく。)
ふん、泣きそうなのを隠すつもりなのかな?恥ずかしいからぁ?
俺はニヤっとしながらミナを見る。
さっきの、串の件で笑われたことへの、仕返しだ!
ゼファードは墓石に手を当てて温度を確かめるようにしていった。
「…これから防壁の予算案について話さなきゃいけないから、そろそろ行くよ。あの狸親父め、また防壁の維持費を削ろうとか言ってくるだろう。
はあ…頭が痛いよ。お前が横で睨みを利かせてくれたら…。
そしたらあいつも一発で首を縦に振るんだろうが……な。」
(ぐすっ)
聞いていたミナが本当に泣き出してしまった。さっきは何とか耐えたみたいだけど、今度は無理だったようだ。
(うっ、ぐすっ、切ないよっ…。)
また冗談のつもりか?って半笑いでミナの方を見たら、本当に泣いてて驚いてしまった。
おえ?!おお、落ち着け!
いや、声は聞こえないだろうけど、対応に困るわっ!
(え? いや、泣くなよ…?)
(だってぇ…。)
俺はしばらく黙ってしまったが、何とか言葉を出した。
(えーっと、大丈夫か?)
(うん…。)
ゼファードは続けて墓に向かって言った。
「……あぁ、分かっている。弱音はここまでだ。
じゃあ、また明日。夜は冷えるから、風に吹かれるなよ」
そう言ってスッと立ち上がった。
(うわっ!やばい!)
(ぐすっ!悠馬、!)
思ったより急に立ち上がったのと、ミナが泣いてたのとで、予想外が重なったこともあって、対応が少し遅れた。
元々ヤバかったら亀裂を使って逃げるつもりだったのに、一瞬で戻ってきたので、全く亀裂の用意をしていなかった。
だから俺は走って逃げようとした。
(逃げて!)
「うおおお!やばい!」
が、その瞬間。
「君は、ここで何をしている?」
ゼファードに呼び止められた。
こんなことになるなんて予想もしていなかった俺は、思わず立ち尽くした。
(悠馬!どうする…?!)
ど、どうしたらいいんだ?!
くそっ!俺は何も見てない。俺は何も見てない。何も知らないから!
そう思いながら、俺は知らないふりをしてやり過ごそうとしたけど無駄だった。
足を踏み出そうとしたら。
「待て。」
呼び止められた。
…終わった…。
そう思いながら恐る恐る振り返る。
「なぜ私を見ていた?」
「…えっ、と。」
あー、やばい。何も思いつかねえ…。
俺が口ごもるのを見て、ゼファードは、言った。
「では、質問を変えよう。何が目的だ?」
ミナが、焦った声で言ってくる。
(悠馬、何か言って!)
(いきなり、そんな事言われても…!)
俺は小声で返事した。
俺の口がわずかに動いたのを見たのか、ゼファードが言った。
「何だ?」
「あ、いや…、」
…。やばいぞ、本当に何も思いつかない!
もう適当に言ってしまえ!
「尾行したわけじゃないんだ!」
一瞬の沈黙。
(悠馬?!何言ってるの!!)
あ、やべ。
(言い直して!!)
「貴様!」
だめだ、緊張しすぎて間違えた!!
ゼファードは腰にささっている剣の柄に手を当てた。
俺は慌てて言った。
「これは、誤解です!」
「ほう……ならばどういうことだ? 黒いマントを着た怪しい男が、墓地に潜んでいた。そして、そいつは俺を尾行していたという。
これが、誤解だと言うのか?」
ゼファードの目が、すっと細くなる。兵長としての顔だった。さっきまでの、墓前でみせた、寂しそうにしていた男の気迫とは全く別人のような気迫が、こちらに向けられている。
(悠馬、まずいよ……!)
分かってる!分かってるけど、でも、何も思いつかないんだよ……!
俺は何とか言葉を絞り出した。
「えっと、その、あっ、墓参りです!」
「墓参り?」
ゼファードの片眉が、わずかに上がった。
「私はあの日から、この墓地に毎日通い続けている。だがお前の姿を見たことなど、一度もない。
それでもおまえは、自分が墓参りしに来た者だ、と言うのか?」
ぐっ……。
そう来るか。そりゃ当然だ、こんな格好の怪しい奴が、いきなり「墓参り」って言ったって誰も信じないだろう。俺でも信じないわ。
くそぉ…。
「説明しろ。今すぐに。」
ゼファードの足が、一歩、こちらに踏み出す。だが幸いなことに、その手はまだ剣の柄を掴んでいた。
ミナ!頼む、助けてくれよ!
何か……何か理由になりそうなもの……!!
俺は内心で叫びながらも、表向きは何とか落ち着いた顔を保とうとしていた。だが、汗が背中を伝う感覚だけは止められない。
斬られたら……いや、それは大丈夫か。
俺のステータス高いっぽいし。
でもその前に、あれが発動してしまう。
「《《処刑します。》》」、という文字が浮かび上がり、ゼファードがまるで紙のように貫かれる様子が、脳裏をかすめた。
絶対に攻撃を受けちゃだめだ。
いくら世界が滅ぶくらい重大なことであっても、そんなポンポン人を殺す気はない。もしやるとしても、気絶させるくらいで、何とか抑え込むしかない…。
俺は右手で、亀裂を起こす準備を始めていた。最悪、躱しながら昏倒させる。
それしかない。
ゼファードがさらに一歩、距離を詰めてくる。
「最後の警告だ。答えろ。」
その時だった。
(悠馬、待って――!)
ミナは俺の前に飛んできた。
(見つけた……!! これだよ! 6年前に…ダンジョン災害があった!この街も含めてものすごい被害があったっんだって!ここはそのための墓なんだ! これは世間的に非公開な情報だから! これを使えば!!)
えっ?何を言ってるんだ?
急に大量の情報を言われて、思考が追いつかない。
困惑する俺に対して、ゼファードは今にも攻撃してきそうな様子だった。
ミナが頭を抱えて言った。
(ああ、もうっ!
今は口で言ってもわからないか!
くそ、こうなったら…!
これ使うと数日の間、私のインベントリが《《使えなくなっちゃう》》から、できるだけ使いたくなかったけど、仕方ない!!
おりゃぁっ!転送っ!)
ミナはそう言うと、俺の体に右手をめり込ませた。
「へっ?」
何してんだミナ?!
待て!、転送って?!―――
その途端、俺の頭の中に電撃が走った。
ミナが、幽霊になった特典の例のあれで見つけたであろう情報が、一瞬で流れ込んできた。
「ぎゃぁぁぁぁあ!!?うおおおおっ!?」
「は?!」
突然に意味のわからない叫びを上げ始めた俺を見て、ゼファードは動揺して手を止めた。
俺は、ゼファードを、動揺させているとも知らずに、溢れてくる情報を必死に整理していた。
――そうか、この情報が本当なら……今こそ、演劇部部長の実力を見せる時!!
そう思って俺は、ゼファードの目をまっすぐに見た。
あ、ちなみに俺は現世で演劇部の部長だったんだよ。
「ふう…。」
心を落ち着かせる。
ゼファードが困惑したまま聞いてくる。
この兵長さん、割と優しいようだ。
「だ、大丈夫か…?」
「ええ。ありがとうございます。」
俺は、そう答えると、かつてなく悲哀な雰囲気が漂う様子を醸し出した。
右手を少し前に出す。
「実は……父を…失ったんです。」
「なっ…?」
ゼファードの抜きかけた剣が、止まった。
「ずっと探し続けても、見つからなかった。
だから…今日初めて、この墓地に来ました…。」
「…。」
ゼファードは黙ったまま聞いていた。
「なぜなのかは、分からない。でも、確かに呼ばれた気がしたんです。
ここはどんな人が眠っている墓なのかは、俺にはまだわからない。
……そう。区切りをつけたかったんです。
ここに来て――いないのは分かっていても―父がいると思えば……なんだか、少しは心が落ち着く気がして。
……ははっ、おかしいですよね、過去の幻影に今もすがり続けているなんて…。」
俺は、まるで自分が世界で一番悲しい存在だ!みたいな顔をしながら心の中で笑った。
はははっ!噓に決まってるだろっ!!
全部、今この場で組み立てた噓にすぎない。だが、噓には、ミナが見つけた、隠された真実の重みが乗っている。
ゼファード、恋人を失ったおまえは、信じざるを得ないんだ!
俺の卑劣な予想通り、ゼファードの表情がわずかに揺れた。
「……お前も、なのか。」
その声には、さっきまでの鋭さがなくなっていた。
「…いつだ。お前の父上が亡くなったのは。」
「……六年前です。母の病気の治療費のために…行ってくる、とだけ言い残して。」
どんどん嘘を盛っていく。これで流石に信じるだろ。
俺がそんなセコい事を考えてるとは、少しも知らないゼファードは、しばらく黙ったまま、俺を見つめていた。
その目には、敵意ではない、別の何かが浮かんでいるのが分かった。
「……そうか。」
ゼファードは、剣の柄から手を離した。
「すまない。早合点した。本来、そのことは非公開よ情報だ。それを知っているということは、君は嘘をついていなかったと言えるだろう。」
よかった。ちゃんと信じ込んでくれた。
「そう。君の《《感》》の通りだ。……この墓地は、そういう者のために作られたんだ。あの時、何人もの兵が死んだ。お前の父もその一人だったのだろう?」
「……はい。」
ナイス勝手に解釈。
俺は小声で言った。
(乗り切ったな。)
(はは…悠馬…。ホントに。あなた、記憶を失う前からそうだったけど、やっぱり演技となると天才的だね。)
ミナは呆れたように笑った。




