孝来と親父
今日はなんだか早く起きた。
昨日早く寝たからだとも捉えられるがそれだけではなんだか腑に落ちなかった。
遠足の日は早く起きてしまうとはきっとこんな感じなのだろうか。
もっとも、遠足を楽しいと思ったことはないが。
まあなににせよ、早起きは三文の徳。
先人に従い有益な朝を過ごそう。
とは言っても、特にやることはなく朝の支度諸々終わらせ早めに家を出ることにした。
いつもより早く出てしまった1時間をどうしようか。
頭ではそんなことを考えていたが、体は正直に動いていた。
まるで心身が分離しているみたいに。
体が動く方向から察するに、公園だろう。
俺の体は一時間しかないのに何しに公園に行くのだろう。
そんなことを思いながらも、体に任せて公園へと向かう。
公園に着き、辺りを見渡す。
もちろん、朝6:30の郊外の公園に人がいるわけがなかった。
誰もいないことにほっと安心した自分に、なぜだか腹が立ち、学校へと向かう。
先人の言うことは当てにならないな。
三文の徳どころか、朝からのウォーキングで足は疲れ、気持ちはどんよりとしている。
塀の上をトコトコと歩いている野良猫は「ニャー」と呑気に鳴き、さらに俺をいらだたせる。
「すぅーすー」
敏感になっている自分を落ち着かせるために深呼吸をし、足早に学校へと向かう。
教室はクーラーが効いていて涼しく気持ちがいい。
朝のルーティーンを終わらせ、一時間目の授業が始まり、そのまま四時間目の授業が終わりお昼の時間となった。
俺は授業が終わり次第屋上へと向かう。
朝のウォーキングのせいなのか、足取りが重くいつもよりも少し時間がかかった。
ドアを開け屋上へと足を踏み入れると、もうそこには黒川の姿があり、床に体育座りをしている。
「ごめん待った?」
「まあ少し?昨日とは真逆だね。」
「そうだな。」
「ささ、早く食べよ。」
こっちへと来いよと急かすように手を上下と振り、お弁当を広げ始めていた。
俺はそれを見てすかさず黒川の隣へと行き座る。
「「いただきます。」」
「うわぁ。おいしそう。」
「今日は昨日よりも頑張ってみたんだ。」
小さな細い腕にまるで筋肉がたくさんついているぞと言わんばかりに得意げに腕を曲げる。
「この卵焼きってどうやって作ってんの?」
昨日聞きそびれたことを思い出し、作り方を聞く。
「作り方って言われてもね。口頭で伝えるのは難しいよ。」
「まあそりゃそうか。」
「動画撮ろうか?」
「うーん。」
急な提案に足踏みしていると、
「家来る?両親いないし目の前で教えられるよ!」
ご飯を食べながら平然と提案してくる。
これが黒川にとっての普通なのだろうか。
息が詰まる。
「いや、そのー、変な意味じゃないからね。」
「わ、分かってるよ。」
黒川の変な気の使いまわしに、純粋無垢な考えをしていた俺まで恥ずかしくなってきた。
「二日後から夏休みだしね。丁度いいと思ったけど。あ、でも連絡取れないや。やっぱ難しいかも?」
この空間を気まずく感じているのか饒舌になる。
「行くよ家に。丁度二日後の5時はバイトが入ってないしね。あ、もちろん黒川の都合が合うならだけど。」
なぜだか俺も饒舌になっている気がする。
「分かった!二日後の5時ね。楽しみー!」
黒川の満面の笑みを不意にくらい、夏の暑さとも相まって少し頭がクラクラする。
「じゃあ決まりだね。」
夜9時. 今日もバイトに行った後に帰宅する。
玄関前で体育で汚れた靴を叩き、リビングへと向かう。
リビングに着くと、テーブルの上に一人前の外で買ってきたであろうお弁当と、不器用にも小綺麗に整えられた卵焼きが置いてあった。
台所のシンクには水につけっぱなしのフライパンが見える。
お皿に盛られた卵焼きを一欠片、手で摘み口に放り込みながらシンクへと向かい、フライパンを素早く、乱暴に洗いそのまま家を出る。
口のしょっぱさが邪魔をし、自然と歩みが遅くなる。
あの夜とは違う。また別の感情。
今日の月は顔を隠し、少しばかり町も暗い。
そのせいなのか人通りが少ない。
突き当りを右に曲がり直進する。
公園に着き周囲を見渡す。
黒川がいない。
慌てて公園内にある時計台で時間を確認する。
10:10。いつもなら来ているはずなのに。
ここに来れば全てが解決すると思っていたので、ひどく落胆して、いつも黒川が座っているベンチの席に座る。
ここからだと、木の葉が邪魔して月が見えない。
黒川はこの席のどこを気に入っているのだろうか。
「ん!?」
黒川とこの席がリンクして、なんだか恥ずかしくなって思いっきりベンチから立ち上がり、家へと走る。
。
公園から家まで無我夢中で走っていったので、たった15分で帰ることができた。
信号運がよかったのが大きかったが、俺も足が速くなったのかもしれない。
「ずっずぅずぅ」
リビングから鼻のすする音が聞こえる。
今日は早く家に帰ったから親父はまだ起きているのだろう。
親父の機嫌を一目確認するためにリビングへとそっと近づく。
すると、そこにはティッシュで顔を覆っている親父の姿があった。
周りに濡れているティッシュが何枚もあることから泣いていたのだろう。
俺はその光景を見た瞬間、怒りと、寂しさと、情けなさが混ざった感情が沸々と湧いてきて、足音を立てずにひっそりと自分の部屋へと駆け込んだ
。
そしてベットに飛び込み布団を被る。
涙で滲んだ布団が体に染みつき、ジメジメする。
俺は必死に我慢して地獄みたいな日々を送っているというのに。
なんで親父が泣いているんだよ。
泣きたいのは俺のほうだよ。
なんだよ精神病って。
何が父親だよ。
歯を食いしばり必死に声を凝らし、涙を引っ込める。
そんな抵抗とは裏腹に、涙は引っ込むことを知らず際限なく溢れだした。
服が体にじっとりとくっつく気持ち悪さを感じたが、どうにもこの部屋から出る気力も勇気も湧かずそのまま体を小さく丸め込んで寝た。




