黒川との帰り道
今日の7時間目は文化祭の出し物の最終決定を考える時間らしい。
文化委員が指揮をとり話し合いが進み出し物はメイド喫茶に決まった。
クラスの男子が騒ぎ始める。
「黒川さんのメイド服が見れるぞー!」
と小声で話しているのを微かに聞き、頬杖を突きながら窓の奥を眺める。
夜9時、バイトが終わり家に帰る。
いつも通りリビングに行き夜のご飯の支度を開始する。
包丁の切れ味は今日は悪く、2、3回指を切ってしまった。
そのせいで水を使う時にジンジンと痛み出すので絆創膏をつけようと思い玄関前の棚にしまっている救急ボックスを取りに行った。
棚の奥のほうに救急ボックスがあり、約10年間使っていなかったのでひどく埃をかぶっていた。
救急ボックスを取り出し埃を払い中を開けると、そこにはかわいいデザインをした子供向け用の絆創膏があった。
それを見た瞬間心が温まると同時に胸が締め付けられる。
この絆創膏は親父が言うには、母親が俺に小さい頃にあげたものらしい。
当然俺はその絆創膏になんの記憶も思い入れもないが、親父が悲しそうに話すので徐々に大切なものへと変わっていった。
俺はその絆創膏が入った救急ボックスをリビングへと持ち込むことにした。
リビングへと向かう途中に一つだけ電気が着いた部屋があり、その部屋からカタカタと音が聞こえるので興味本位でその部屋へと向かった。
ドアは開けっ放しだったので、そろりと壁にくっつきながら部屋をのぞく。
すると、そこには求人募集のサイトを開いている親父の姿があった。
親父は真剣なまなざしで画面を見て、マウスでスクロールをしている。
俺はそんな親父を不気味に思いながらも邪魔してはいけないと思い、そそくさとリビングへと戻った。
そしてリビングの棚の上に救急ボックスを置く。
その隣には俺と親父と母親の三人が写った写真があった。
夜ごはんの諸々の準備が終わると、この家に居場所がない様な気がして玄関の扉を開けて外に出る。
特に用事があるわけではないが、なんだか公園に行きたい気分になったのだ。
今日は一気に色々起こりすぎだ。さすがに少し疲れた。
一人の時間が欲しい。
今日はいつもより公園が近い気がする。
公園ゲートをくぐるともちろん黒川も公園のベンチにいたが、俺はそのことをなるべく気にしないようにベンチの端に座った。
「無言とは寂しいものね。」
学校の屋上で話した時よりも、少し声が低い気がする。
「そうだな。」
「そうだなって。なにそれ。」
返答がよほど意外なものだったのかおどおどしている。
「私達ってさ案外似た者同士なのかもね。」
「似た者同士?」
「うん。だってさ、この公園だって、お母さんだって。」
環境がたまたま似ているだけだろう。
クラスの中心と端じゃ、どう似ても似つかない。
ぼーっと地面を眺め、無言になる。
そんな俺を見かけて、黒川が話しかける。
「今日元気ない?もしかしてお昼のこと気にしてる?」
「別に」
「絶対嘘」
目を細めこちらを覗き込んでくる。
「ちょっとだけ気にしているかも。」
「それなら気にしなくていいよ。お互い様だしね。」
手をパタンと合わせ、にこっと笑みをこぼす。
「じゃあ私は帰るね。」
今日家でもたもたしていたせいで、公園に来るのが遅れてもう黒川の帰る時間となっていた。
まだ聞きたいことがあるのに。
「く、黒川。一緒に帰ってもいいか。多分方面一緒だろ?」
足に瞬発的に力を入れて立ち上がる。
「まあ多分?分かった。いいよ。」
照れているのか、迷惑と思っているのか、俺には識別できない表情を浮かべている。
横並びに約一メートル間隔をあけながら家へと帰る。
車もこの辺りは通らず、昼間のセミもどこにいったのか、鳴いていないのでとても静かだ。
一緒に帰ろうと誘った物はいいものの話すことがなく会話に困る。
静寂な中の無言ほど扱いに困るものはない。
無言のまま歩き続けていると信号に引っ掛かり、幅が狭いので二人の距離が近づく。
話しかけるなら今しかないと思い、つばを飲み込み信号機を見つめたまま声を出す。
「黒川が公園に来る理由って。」
話しかけたが答えは返ってこず、無言のまま時が過ぎ車道側の信号が青から黄色へと変わった。
黒川は体をゆさゆさと揺らし、靴の先端で道路を突いている。
公園にいたときはなんでこんなことがこんなにも気になっていたのかが分からない。
きっと今の自分がそのままあの公園にいたのなら、迷わず一人で帰る選択をとったのだろう。
そして、歩道の信号が青色へと変わり、足を踏み出したときに黒川が口を開く。
「あの公園はね、小さい頃にお母さんとよく遊んだ場所なんだ。だから私にとっては大事な場所。」
時間を空けてからは話始めるわりには、自分の中で区切りがついているようで
屋上の時のような気まずさはもうない。
黒川は俺とは違って、もう母親のことを引きずってはいないのだろうか。
俺が一番不幸だなんて決めつけてたけど、自分自身が弱いだけなのだろうか。
「で、桑田くんは?」
信号を渡り切った時、無言のまま下を向き歩き続ける俺に痺れを切らしたのか黒川が話しかけてくる。
その声で俺は顔を上げて隣を見るがそこには黒川はいなく、少し後ろに立ち止まっていた。
ミドルスカートの裾を手のひらと指で擦りながら下を向いている。
俺は申し訳ない気持ちも確かにあったが、あの黒川も拗ねることがあるんだなと思い面白くなってしまった。
「なに笑ってのよ」
微かに漏れた俺の笑い声を耳で察知したのか、顔を上げ俺のことを睨みながら問い詰める。
「いやーごめんごめん。」
「不謹慎。」
わざとらしく頬を膨らます。
「さあ、歩こう。」
黒川のとこまで行き、横に並びまた二人で歩き始める。
「俺がね、あの公園に行っている理由は時間を潰すため。」
正直に早く言ってもいいが、なぜだか意地悪したくなった。
「そっか。」
深く聞いてこず、相槌だけだった。
この子は優しい。俺ならこんな答えで満足できるわけがない。
なんだか自分のことが情けなく思い必死に言葉を紡ごうとする。
「えーと、お、俺も.......俺もお母さん、いないんだ。声も知らない。」
「なにそれ。ふふ」
手で口を押さえながら笑う。
少し腹が立ったが、いいことを思い付き仕返しを試みる。
「不謹慎。」
「ふっふっふっふっ。」
今回は手で口ではなくお腹を押さえながら笑っている。
「やられた。頭の回転早いね。」
「仕返し。」
「こんなこと話したの桑田くんが初めて。」
「俺もだ。」
「ふふ。じゃお互い様だね」
「そうだね。」
学校の立場も今は関係ない。直感的に親近感がわいた。ただそれだけだ。
これ以降の会話が二人から出ることはなく、無言のまま、微かな呼吸音すらも耳に入る。
公園を出た時の無言とは違い、一つ一つの音が明確な存在意義を持って生きている。
そんな気がした。
二人の距離は自然と近くなっており、手と手が触れ合いそうになっている。
「このまま時間が止まれば良いのに」
黒川の口からそっとこぼれた。
その言葉はすっと俺の体に浸透し、馴染んでいった。
そうこうするうちに、黒川の家に着き帰りを告げる。
「バイバイまた明日。」
「また明日。」
黒川がドアを閉め終わるところまで見届けて家へと向かう。
いるはずがないのに隣に黒川がいるような、そんな不思議な感覚を覚えながらさらに歩みを遅める。
心臓の鼓動を全身で感じ、月が照らす道を進む。
そうして家に着きドアを開ける。
夏特有のジメジメする感覚に陥っていた自分には、クーラーの効いた家はとても居心地のいい場所だったがどことなく寂しさも覚えた。
そんな寂しさを歯磨きで磨き落そうと思ったが、そんなことできるはずもなく断念し早めに寝ることにした。




