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晴れやかな午後

 週末の午後。

 真白は久しぶりに、目的のない買い物のために街へ出かけた。


 これまでは、買い物といえば「何かの役に立つもの」か「古くなった生活必需品の買い替え」だけだった。それ以外のウィンドウショッピングは、彼女にとって「無駄な欲望を刺激されるだけの、避けるべき行為」でしかなかったのだ。


 セレクトショップの並ぶ通りを歩いていると、ふと、ある小さなお店の前で足が止まった。

 ガラス張りの店内から、ハーブと柑橘が混ざり合った、どこか懐かしく温かい香りが優しく漂ってきたのだ。


 吸い寄せられるように中に入ると、そこは色とりどりのお茶の葉や、世界中から集められたアロマキャンドルが並ぶ、小さなお店だった。


 棚の上で、真白の目を引くものがあった。

 それは、ぽってりとした丸みのある、淡いブルーのガラス瓶に入ったキャンドルだった。灯されているわけでもないのに、光を浴びたガラスが、咲子の部屋のランプのようにきれいにきらめいている。


(可愛い……)


 胸がときめいた。しかし、次の瞬間、頭の中でいつもの冷たい声が響く。


『そんなもの買ってどうするの? 埃が被るだけでしょう』

『火をつけたら形が崩れて終わりじゃない。一体何の役に立つの?』


 かつて母親に植え付けられ、自分を縛り続けてきた言葉。

 真白の差し伸べかけた手が、一瞬、空中でこわばる。


(ううん、違う)


 真白は小さく首を振った。咲子の、あの深い皺の刻まれた温かい笑顔を思い出す。

『ただそこにあって、自分が「あぁ、素敵だな」って思えたら、それだけで大正解よ』


「……役割なんて、なくてもいいんだから」


 自分の心に言い聞かせるように呟き、真白はそのブルーのキャンドルをそっと両手で包み込んだ。実用的かどうかじゃない。今、私の心がこの色を、この香りを「素敵だ」と求めている。その事実だけで、購入する理由は十分だった。


 レジへ向かおうとした時、隣の棚にあった、レトロな缶に入ったスパイスティーの茶葉が目に留まった。シナモンやジンジャー、カルダモンがブレンドされた、チャイ用のお茶だ。


(あ、……)


 あのごちゃごちゃとした温かい部屋で、咲子が淹れてくれたチャイの香りが鼻腔をくすぐる。

 いつも貰ってばかりだった。泣き崩れた自分を、何も聞かずに抱きしめてくれたお礼に、このお茶をプレゼントしたい。


「これと、これもお願いします」


 店員に商品を差し出す真白の顔には、これまでの張り詰めた完璧主義者の表情はなかった。自分自身のために選んだ「無駄で愛おしいもの」と、大好きな人のために選んだ「お土産」を抱え、彼女は心からの満ち足りた微笑みを浮かべていた。


 マンションへ続く帰り道、紙袋を腕に下げた真白の足取りは、驚くほど軽かった。

 彼女の真っ白だった世界に、お気に入りのブルーと、咲子から貰ったオレンジ、そして温かいスパイスの色が、少しずつ、けれど確かに鮮やかに滲み始めていた。

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