38 ただ祝福を
涙雨のような水が流れ落ちると空はゆっくりと雲を晴らしていく。蒼い炎は全てを焼き尽くし燃えかすが残っている。天心教の信者たちは多くが負傷し救急車を待ちわびていた。その中にいた男は慌てて逃げ出そうとしたが、突如足元から蒼い炎に巻かれて燃え尽きた。
雨が止んだことで人々は歓喜し外へ現れる。日常がまた戻ってきたのだ。
その頃、道の外れで神、そして鬼が合流した。まだ腕のないミズナギを見て真っ青になったレイモンドは鳶丸から奪い取ると優しく抱き寄せる。ミズナギの顔が優しくほころんだので、三号は鳶丸に囁いた。
「仲がよろしいことで」
「まあ、仕方ない」
鳶丸は笑うと、「あれ」と前方を指差した。空高くかかった虹の橋が見える。
「さあて、帰ろう。俺はもう疲れたよ」
「はい。って、子鬼さんのお土産買ってないです。先にそっちですよ」
三号は思い出したように手を打つ。それに鳶丸は頷いた。
「ああ」
二人はくるりと振り返り、神と使徒を見る。
「お二人様、俺達は寄るところがあるので先にいきます。お気をつけてお帰りください」
腕に抱かれたミズナギは頷き、レイモンドが笑った。
「はい、お二人もお気をつけて。また」
スウッと影に消えた鬼を見送って二人は帰路をついた。
天海の上、ゆっくりと船が進んでいる。オールを漕ぐレイモンドは目の前のミズナギに見惚れていた。柔らかな髪が風に遊んでいる。美しい顔に美しい体。けれどレイモンドは手を止めると溜息をつく。
「なんじゃ」
「ミズナギ様、どうして女性にお戻りにならないんですか?」
ミズナギは天海に指を浸して、ククっと笑う。
「ガワはナツキにやったからの」
「ミズナギ様!こちらでは違います。お戻りになれるじゃないですか!」
焦って船を揺らしたレイモンドは両手で船を押さえ込む。
「申し訳ありません、揺らしました」
ミズナギはゆらっと立ち上がるとレイモンドの体に寄り添う。
「お前はナツキを死ぬほど愛したからな……その報いじゃ。我は千年ほどこの姿でおる。我慢せい」
「千年も!……お許しください……どうか、このとおり」
頭を下げるとミズナギは指でレイモンドの顎を引き上げた。
「のう……レイ。まだ聞いておらんかった」
真面目な声にレイモンドは姿勢を正す。
「……はい」
「ナツキとイツカの最後はどのようだった?」
少し間を置いてレイモンドは優しい声で言った。
「二人は抱き合っていました。愛せないことを許しあい、お互いを慈しみあって……」
「ふむ」
「……私は、ナツキを愛していました。ミズナギ様のガワの力もありますが、けれどあの寂しさに惹かれたのかも知れません」
「そうじゃな」
元の位置に戻るとミズナギは顎をしゃくった。
「戻ろう。風が出てきた」
地獄の崖。棒で突っついている子鬼がふうと一息つくと誰かに名前を呼ばれて振り返った。ここの主人、三号だ。
「すいません!遅くなりましたが帰りました」
子鬼は大きく頷くとにっこりと笑う。
「それでこれ、お土産です。ネズミ屋の羊羹。下界ではとっても有名なんですよ」
子鬼は嬉しそうにそれを受け取ると頭を下げて行ってしまった。静かになって三号は子鬼から受け取った棒を持つと崖の下を見る。まだ当分上がってきそうにないので棒の上に顎を乗せた。ふうと一息ついた時、向こうに鳶丸を見つけて手を上げる。
「鳶丸様!」
「ああ、こんにちは」
鳶丸は土産にと笹でくるんだ寿司を手渡す。涎を拭いて三号が笑うと、鳶丸は辺りの岩に腰かけた。
「調子はどうだ?」
「どうだもなにも、始末書三昧でしたよ~。随分と沢山書かされました」
地獄に戻ってから人間への干渉に関する報告と、牛丸のとばっちりで長く拘束されていたのだ。減給はなかったのが救いだったろうか。
「鳶丸様は?」
「……俺は神様の所で聴取だ。事情が事情だけに調査が必要だったらしい」
「と言いますと?」
鳶丸は息を吐くと懐から煙草を取り出した。火をつけて一服する。
「あの天心教だ。帳簿に名前があるのに魂が送られて来ないことでおかしいと話が上がっていたようだ。それで俺が術を使ったことで幾つか魂が回収できたようでな」
「……それって……魂を留め置いたということですね?」
「ああ。しかも子供ばかりでな……神様たちはお怒りだったよ」
そう、と三号は屍人形となった赤ん坊を思い出す。それに気付き鳶丸は笑う。
「あの赤ん坊は大丈夫だ。癒しの方向で対応すると言っていた。それと、人柱にされていた子供たちの多くもそのようになると、もう苦しむことはない」
そうですか、と三号は安堵する。
「ちなみに生者への干渉が多く、その中でも罰として水の使徒の消滅が上げられていた。水の神も同等であったが、神自らが千年男神として過ごすこと、力の半分を封印されることを宣言されて、使徒への罰は免除されたようだ」
「では……ミズナギ様は男神として」
「当分の間だそうだ……千年など神からしたら短いものだ」
「レイモンド様はご存知なんですか?使徒様は聴取されていなかったのでは?」
「ああ、だからレイモンド様には秘密だ」
ハハと笑い合うと鳶丸は人差し指を立てた。
「もう一つ、ナツキ様のことだ」
「へ?」
「ナツキ様はミズナギ様の女のガワを持っていただろう?随分と長く協議されていたんだがな。ナツキ様の中でレイモンド様の力が混じりあっていたようで、それが命の玉になっていたんだそうだ」
「……それって」
三号が両手で赤くなった顔を隠した。
「ああ、神の使徒と混じりあい愛し合ったことで天海に上げるかどうかという話が出たらしい。ただ、人としての生をほんの少ししか味わっていないからと輪廻の輪を早くすることに決定したそうだ」
「では、生まれ変わりですね!」
「そうなる」
「……神様たちも粋ですね」
三号が笑うと鳶丸は煙草の煙をふうと吐き出した。
「いいや、全てはミズナギ様が望んだことだ」
おわり




